第一話 夢見る少女の悪夢
助けて!
誰か助けて!
怖い! 助けて!
プリメラの悲鳴は、声にはならなかった。恐怖で声が出せない。
周囲を囲むサウスウェスト軍の兵士達は、下劣な顔で笑っている。
彼等の笑い声が、プリメラの恐怖をさらに増長させていた。村の人達に「可愛い」と言われる顔は、涙と鼻水でグシャグシャになっている。十四歳。まだあどけなさの残る表情は、絶望の色に染まっていた。
プリメラから十メートルほど離れた場所で、サウスウェスト軍の部隊長が一騎打ちをしている。相手は、プリメラの幼馴染みであるトーダ。
トーダは、わずか十五歳にして村一番の戦士だ。たゆまぬ努力で剣の腕を磨き、その強さは、村に常駐している兵士達に勝るとも劣らない。
だが。
部隊長との一騎打ちで、トーダは明らかに劣勢だった。
プリメラは、剣については素人だ。そんなプリメラにも、トーダが押されているのは明確に分かる。
城塞都市フロンティアから三キロメートルほど離れた位置にある、イニシオ村。その村長宅付近。
プリメラの目の前には、地獄のような光景が広がっていた。
サウスウェスト軍に殺された、村に常駐している兵士達。首から上がない者や、頭を割られて脳漿を吹き出した者もいる。
遊び半分で惨殺された村の男達。胴体を両断された者や、体中を串刺しにされた者。好き勝手に殴られて絶命した者。
犯され、ボロボロになった村の女達。何人もの兵士の相手をさせられ、行為中に絶命したと思われる者。生きてはいるが正気を失っている者もいた。
昼間の太陽に照らされる、大地に広がった赤黒い血。
トーダは、幼馴染みであるプリメラだけでも助けようとした。サウスウェスト軍に攻め込まれたこの村から、逃がそうとしてくれた。
しかし、逃げ切れなかった。逃亡しようとしたトーダとプリメラを、敵国の軍が取り囲んだ。
トーダとプリメラを取り囲んだところで、敵国の部隊長が、嘲るように提案してきた。
「俺との一騎打で勝てたら見逃してやる」
サウスウェストの軍は、三〇〇人ほどの兵を連れてこの村に攻め込んできている。トーダ一人で戦って勝てる数ではない。
トーダとプリメラに残された選択肢は、一つしかなかった。たとえ、部隊長の提案を信じられなくても。
もっとも、部隊長は、言葉通りに正々堂々と一騎打を始めた。他の兵士達が助太刀できないよう、十メートル以上離れるように指示した。魔術での妨害もするなと命じていた。
部隊長の武器は斧。凶悪な形をした、重量感のある戦斧。
戦いが始まると、トーダはすぐに劣勢に立たされた。部隊長が振る戦斧を剣で防ぐことはできない。そんなことをしたら、一撃で剣は折れる。だから回避するしかない。
部隊長は大柄だ。身長は二メートル近くあり、体重も一〇〇キログラムはあるだろう。引き締まった筋肉質な体は、彼が十分な訓練を積んでいることを物語っている。
対して、トーダはそれほど大柄ではない。身長は一七〇もない。体重だって、六〇キログラムそこそこだろう。
素人のプリメラにも分かる。トーダは、軽量故の機動力と運動量、技術で勝負するしかない、と。
けれど、部隊長の強さは、プリメラの素人考えなど簡単に打ち砕いた。部隊長は大柄なのに、速度も機動力もトーダより上だった。
部隊長が戦斧を振るたびに、トーダの体に傷かつく。浅い傷。致命傷ではないものの、流れ落ちる血は、確実にトーダの体力を削ってゆく。
二人の戦いが始まってしばらくすると、プリメラは気付いた。部隊長は遊んでいるのだ、と。彼の顔には、嫌な笑顔が浮かんでいた。弱い者を弄ぶ、サディスティックな笑顔。
どう考えても、トーダに勝ち目はない。彼の剣は部隊長にかすりもしない。
部隊長の戦斧は、確実にトーダの体を傷付けてゆく。その気になれば一撃で致命傷を与えられるだろう。それなのに、皮を一枚一枚剥ぐように、徐々に痛めつけてゆく。
もしこのまま、トーダがやられたら。
これから自分は、どうなってしまうのか。考えるまでもない疑問が頭に浮かんで、プリメラの体はガクガクと震えた。
周辺に倒れている、犯され尽くした村の女性達。彼女たちは一様に服を剥ぎ取られ、股間から血を流していた。
自分も、もう少しであんな目に合うんだ。
プリメラの目から、自然と涙が零れた。逃げ出したいのに、足がすくんで立ち上がることもできない。仮に立ち上がれたとしても、逃げることなど不可能だろう。プリメラの周囲には、両手両足の指では足りないくらいの敵兵がいる。
――助けて!
声が出ない。唇が震えている。歯がカチカチと音を鳴らしている。
怖い。怖い。怖い。怖い。
どうしてこんなことになったのか。
この大陸の三国は、もう二百年ほども戦争を続けている。
でも、ここ五十年ほどは、小競り合い以上の争いはなかったはずだ。
それなのに、どうして。
あまりの恐怖で、プリメラは現実逃避を始めた。これは夢だと思わなければ、正気を保てなかった。
こんなのは夢。
だって、生まれてからずっと、平和に生きてきたんだから。
召喚者様と結ばれるという夢があるんだから。




