第五話③ 召喚者(後編)
残った山賊は、この短い戦いで理解したのだろう。イチヤが並の戦士ではないと。自分に勝ち目などないと。だから、火球を纏わせた手をレトに向けた。
「来るな! 少しでも近付いてみろ! あの女を狙うぞ!」
どうやらこの山賊は、レトのことを、ただのイチヤの連れだと思っているようだ。力のない、イチヤに守られている女性だと。山賊達の奇襲を防いだのは、彼女の魔術なのに。
イチヤはゆっくりと、山賊に向かって足を進めた。
「来るな! 来るな! 本当に撃つからな! いいのか!?」
一旦、イチヤは足を止めた。山賊までの距離は、約四メートル。
「撃ってもいいけど、無駄だぞ? あいつは魔術師だ。しかも、ただの魔術師じゃない。かなり腕の立つ魔術師だ。回復魔術も使えるし、攻撃の魔術も使える。間違いなくお前より強い」
「……は?」
山賊は小さく声を漏らし。すぐに顔色が変わった。この暗がりでも分かるほど青ざめている。
「嘘だ……」
「嘘だと思うなら確かめてみろよ。お前の魔術なんて、簡単に防ぐから」
「……後悔するなよ」
山賊は、手に纏った火球を撃ち出した。
赤い軌道がレトに向かってゆく。
直後、火球は、レトに届く前にジュッと音を立てて消え去った。彼女が、水の魔術で火球を消滅させたのだ。
「言った通りだろ?」
「……あ……」
青ざめたまま、山賊はガタガタと震え出した。鈴でも付けたら、さぞうるさいことだろう。
「それで、だ――」
ゆっくりと、イチヤは剣を構えた。山賊は怯え切っていて、闘争心など微塵も感じられない。しかし、レトに言われた課題がある。山賊一人に対して、最低でも一回は攻撃を防いでから倒すこと。この山賊に攻撃してもらわなければ、この課題をクリアできない。
あと数秒もしないうちに、山賊は命乞いを始めるはずだ。そうなったら、彼は、もう攻撃など絶対にしてこなくなる。泣きながら逃亡するのが関の山だ。
どうやってこいつに攻撃させるか。イチヤは、日本で読み漁った本を思い出した。漫画から小説、エッセイ、ノンフィクション。果ては経済学の本からトレーニング学の本まで、色んな本を読んできた。運動神経が悪く、身体能力も低く、おまけに小柄なイチヤにとって、本は何にも代え難い楽しみだった。五味や千里のせいで孤独になってからは、その傾向がますます強くなった。
ふと、イチヤの頭に、一冊の漫画が思い浮んだ。少年漫画。圧倒的に強い者が、弱者と対峙しているシーン。
あのシーンを再現してみよう。
「お前には、もうどうやっても勝ち目はない。それは分かるな?」
ガタガタと震えながら、山賊は頷いた。
「逃げるのも無理だし、逃がすつもりもない。もちろん、命乞いも受け付けない」
腰が抜けたのか、山賊は、その場に尻餅をついた。人の命は笑いながら奪うのに、自分が危機に陥ると、勇気を振り絞ることさえできない。薄汚く、矮小な男。
山賊に対して、少しだけ希望を与えてやる。彼が攻撃できるように。
イチヤは山賊に向って、人差し指を立てて見せた。
「一回だけチャンスをやる」
山賊の表情が、明らかに変わった。大きく目を見開き、食い入るようにイチヤを見ている。
「可能な限り全力で、俺に魔術を撃ってみろ。その魔術で俺に少しでも傷をつけることができたら、助けてやる」
パクパクと無言で口を動かした後、山賊は、縋るように大声で訊いてきた。
「本当か!?」
「本当だ。けど、もし、俺に傷一つ付けられずに防がれたら――」
男に抵抗する力を与えるため、希望を持たせながら追い詰める。
「――そのときは、お前の頭は胴体から切り離されることになる。永久にな」
漫画のセリフを、そのまま真似てみた。
効果は絶大だった。腰が抜けていたはずの山賊は、勢いよく立ち上がった。イチヤに向かって、両手を向けて構える。
「約束は守ってくれよ」
「ああ」
約束は守るつもりだ。本当に少しでも傷を付けられたら、イチヤは山賊を見逃すつもりだった。後でレトに注意されるだろうが。五味や千里、あるいは山賊達のような、卑劣な人間にはなりたくない。
山賊の両手の前で、炎が立ちこめた。魔力を集中しているのだろう。
魔術に名前はない。風や土、火や水などの属性はあるが。あるのは、それぞれの魔術の強さのみ。いかに多くの魔力を込めることができるか。いかに速く発動できるか。多くの魔力を込めた魔術を、上手くコントロールできるか。
レトに聞いた話だが、魔術は、使用する魔力が大きければ大きいほどコントロールが難しくなるという。反面、大量の魔力を込めた魔術を上手くコントロールできれは、大きな力を発揮できる。攻撃にしても防御にしても、回復にしても。
男は、火の魔術を、可能な限りの威力と速度で撃ち出そうとしている。強張った表情。手元に出した火球に、全力で集中している。彼はもう、自分の魔術とイチヤしか見ていなかった。
山賊の呼吸が、少し荒くなっている。魔術に込める魔力の大きさと、自分がコントールできる魔力の量を見定めているのだ。二分ほど待っていると、山賊の手元で、火球の大きさと熱が一定値で安定した。彼が作ることができる、最大級の火球。レトが普段使う火の魔術と、同じくらいの威力がありそうだ。
――真っ二つにしても、少しくらいは火傷を負うかもな。
山賊の火球を見ながら、イチヤは落ち着いて判断した。剣で火球を両断するのは、得策ではない。
それならば――
イチヤは体を右側に捻り、野球のスイングのような構えを取った。左足を前に出し、右足を後ろにして、山賊に対し斜に構える。
何の宣言もなく、山賊が火球を撃ち出してきた。イチヤは彼に、「魔術を放つときは宣言しろ」とは指示していない。卑怯でも何でもない。
山賊の火球の速度は、先ほどレトに撃ったものよりも遙かに速かった。加えて、威力もあるだろう。速度で言えば、おそらく時速五十キロメートルほど。四メートルほど離れたイチヤに到達するまで、概ね〇・二八八秒。
山賊が火球を撃ち出した直後に、イチヤは剣を振った。横薙ぎ。野球のバッティングのように、刀身の腹を火球に叩き付けた。火球を切るのではなく、叩き潰す。
火球は砕け散り、火の粉が花火のように散った。夜の闇に咲く、赤い花。砕けて小さくなった炎は、そのまま空気に冷やされ、その姿を消した。
山賊にとっては、最大の力を込めたであろう火球。しかし、レトならば、この程度の火球など簡単に作り出す。山賊よりもはるかに短い時間――たぶん二、三秒で。
イチヤの体には、火傷ひとつなかった。
直後、イチヤは踏み込んだ。山賊に向かって剣を振る。刃を、彼の首に突き立てた。そのまま振り抜く。
ドサリ。重い音を立てて、山賊の頭は地面に落ちた。コンマ数秒遅れて、頭を失った首から血が噴き出した。
返り血を浴びるのが嫌で、イチヤはすぐに飛び退いた。
残された山賊の体は、自分の首を追うように地面に倒れた。当然ながら、二度と動くことはない。
剣を振って血を払うと、イチヤはレトのもとに戻った。
「言われた通り、全員の攻撃を一回ずつ防いでから倒したぞ」
「うん。見てた」
「訓練期間は短かったけど、それなりに実戦経験も積んだから、結構上達してると思うけど。どうだ?」
「正直なところ、まだまだ」
レトは淡々としていた。
「前の召喚者の方が、間違いなく強かった」
「そうか」
召喚者は、各国に一人ずつしか出現しない。イチヤも詳しくは聞いていないが、それが召喚させる者の限界なのだという。
イチヤはこれから、ノース王国の召喚者として――英雄になる者として、戦争に参加する。ただ、英雄になるには、当然ながら戦争に勝つ必要がある。
「前の召喚者は、戦争で殺されたんだよな? 俺より強いのに」
「ええ。サウスウェストの召喚者に殺されたの」
「なるほどな」
正直なところ、イチヤは、英雄になることに興味などなかった。
ただ、下衆な奴等に踏み躙られる者達を助けたかった。
この世界に来て、初めてサウスウェスト軍に侵略された村を見たとき。サウスウェストの兵に蹂躙される村人達を、目の当たりにしたとき。
村人を弄ぶサウスウェスト軍から、五味や千里の姿が思い浮んだ。弄ばれる村人に、昔の自分の姿を見た。
だから、助けたかった。
今の自分には、召喚者としての力がある。昔の、弱く何もできなかった自分とは違う。自分も、自分以外の誰かも、助けられる力がある。
誰かを助ける力を、さらに磨くこともできる。
イチヤはレトとともに、夜の森を進んだ。かつての自分にはなかったモチベーションを抱えて。
※次回更新は4/4を予定しています




