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調理場を求めて


  ミザリーはぼぅっとした意識いしきの中で

 耳に聞こえてくる声に従っていた。



  ──目の前の邪魔者じゃまものを倒せ、

    さもなければお前は

    帰ることができない──



 なぜこの言葉に従わなければならないのか、

 全くわからない。

 だがこの言葉に従わなければ

 自分にひどく不利益ふりえきなことが起きると

 直感していた。



  「お前を、倒さなければ……

   余は、帰れない……」



 帰れない?

 どこに帰るのか?

 ……魔王城に帰るのだ。

 そうだ、魔王城へ──


 ──あそこは本当に自分が帰る場所なのだろうか?

 ミザリーは心の中で何かがくすぶるのを

 感じていた。


 何かが違う気がする、

 本当にあそこは自分が帰る場所だろうか。

 いや、帰る場所のはずだ、

 でなければどこに帰るというのだろうか──



  ──ちゃん、……ゃん!!



 遠くに声が聞こえる。

 その声を発しているのは目の前の人物の

 はずなのだが、

 どうにも音が遠くて聞こえづらい。

 

 何を呼んでいるのだ。

 誰かに声をかけているのか?


 誰に? 


 誰に? 


 誰に?


 目の前の人物につかみかかり

 その首をめようと

 手をかけようとすると

 何か刺激のある香りが鼻をくすぐった。


 これは……コショウか?

 ああ……あの子に、

 お父さんに……

 料理を、作ってあげなきゃ……

 お腹を、かせて、待ってるはずだもの──



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



  「姉ちゃん……ッ!!

   お願いだから正気に戻ッてよ、

   チクショウ、〝催眠さいみん〟かけた野郎は

   どこのどいつだ……!!」



 首にかけられたミザリーの手を

 細心の注意で引きはがしながら

 ロインは叫ぶ。


 あの伸びている男がその可能性であるとも

 考えられたが、

 魔法の〝催眠さいみん〟の恐ろしさを知っていると

 ロインにはそうは考えられなかった。



  「だめだ、正気に戻る気配がないスよ!!

   催眠術さいみんじゅつか何かだっていうなら、

   一発ぶん殴っちまえば目を覚ますんじゃ!?」



 自警団員じけいだんいんの一言に

 ロインはカッと目を見開みひらいた。



  「てめェもう一度同じこと

   言ッてみやがれ!!

   姉ちゃんが元に戻ッたとしても

   てめェはぶちコロすッ!!」

  「ヒィッ、すんません!

   で、でもそうなったらいったい 

   どうしたらいいんスか!?」

  


 このままでは実際まずい、

 確かに対策は立てなけりゃならない、

 しかしそれでも姉ちゃんを傷つけるような真似は

 できるわけがない。

 八方手はっぽうてづまり、

 どうするかとひたすらに考え続けたロインの耳に

 ミザリーの声が聞こえてきた。



  「コショウの、にお、い……

   あの子に、りょうり、

   作ってあげ、なくちゃ……」



 その言葉にロインは頭に電流が走った。

 料理が好きな姉ちゃんである、

 〝催眠さいみん〟の解除は基本かけた本人に

 かせるのが一番だが、

 催眠を解くための方法の中に

 うそか本当か本人の記憶にうったえかける

 というものがあるとシャトから聞いたことがある。


 今は真偽しんぎはともかく、

 その情報に頼ってみるしかないと

 ロインは考えた。



  「おいアンタ!

   何でもいい、食材は持ってないか!?」

  「はぁっ!?

   いきなり何言ってんスか!?」

  「干し肉でも乾パンでも何でもいい!

   それがありャ姉ちゃんが正気に戻るかも

   しれねェんだ!!」

  


 ロインの言葉に自警団員じけいだんいん

 目を白黒させている。

 すると、もう1人の自警団員じけいだんいんトルションが

 こちらに合流した。



  「ゼクルヴィッス指揮官しきかんから

   こちらの助けに回るようにと……

   何が起きてんです?」

  「あっ、トルションさん!

   それが……

   この人が、

   このお姉さんを正気に戻すのに

   食べ物が必要だって

   わけのわかんないこと言って……!」

  「わけわかんねェとかてめェに何がわかる!!

   とにかく一刻いっこくも早くためす必要がある!!

   何か食いモン持ッてねェか!?」



 ロインはミザリーをおさえ込みながら

 何か持っていろよと怒鳴りつけたくなる。

 そもそも討伐とうばつ作戦なら

 長引く可能性も考えて食料ぐらい──



  「はい?

   と、とにかく干し肉くらいなら

   持ってますが……」

  「寄こせッ!!」



 トルションが差し出した干し肉を

 ふんだくるようにロインが受け取ると、

 そのままミザリーの目の前に

 干し肉を差し出した。


  

  「ほら姉ちゃん、

   干し肉がここにある。

   これで俺たち、

   食べるものには困らないよ!」



 匂いをかがせてみると、

 ミザリーの暴れ方が落ち着いてきた。

 これはいけるのではと

 思っていると、

 ミザリーはいまだうつろな目でつぶやいた。



  「ああ……

   これで、は、美味おいしく、ない……

   あの子には、もっと……」

  「何か調理するための道具

   持ッてるやついるか!?」

  「今度こそ何言ってんスか!?

   そんなもん持ち歩く人なんて

   いやしませんよ!?」



 自警団員じけいだんいんつかみかかるような勢いで

 ロインに猛抗議もうこうぎする。

 ロイン自身もさすがにそれはないかと

 思ってはいたのだが、

 どうしたものかと考えた──



  「ッ!!

   さッきの場所!

   なんだ、〝ウンテン〟する場所だとか

   言ッてたよな!?

   あそこはやたら熱かった、

   何か熱を持つところがあるはずだ!!

   そこに姉ちゃんを連れていく!!」

  「な、何言ってんですか!?

   あそこに行くまでには

   細い足掛かりを頼りに行くしかないんですよ!?

   どうやって暴れるような人を

   そこまで連れて行くんです!?」

 

 

 自警団員じけいだんいんの言葉に言い返せないロインは、

 「ぐっ」といったまま黙り込む。

 しかし、

 トルションはそれを聞いて腰に巻いていた

 ロープを外すとロインに差し出した。



  「いや、あきらめるのはまだ

   早いですよ。

   こいつを使ってください、 

   移動はかなり楽になるでしょう」

  


 ロインはトルションとベルトを

 交互こうごに見ながら言った。


  

  「いや、これでどうしろッてんだよ?」

  「このロープを輪っかにするようにして結んだあと、

   お嬢さんをこの上に座らせるようにしてください。

   そしたら輪っかの両端りょうはしをあなたの腰の前で

   結びます、

   こうすることでロープで作った椅子いすみたいな形に

   なるはずです。

   あとはお嬢さんの手を肩から前に回して、

   そうですな、ハンカチか何かで両手を結んでおけば

   背負うことができます。

   両手も自由になるので狭い足場を通るとき、

   少しとは言え楽になるでしょう」



 ロインはミザリーをおさえ込んでいるので

 トルションが輪を作り、

 そのロープにミザリーを座らせるようにする。

 暴れているミザリーに干し肉をかがせながら

 動きが止まったところで

 ロープをロインの腰の前で結ぶと、

 確かに心もとないながらも

 椅子いすのようになった。



  「……ッし、

   これならいけそうだ!!

   助かッたぜおッさん!!」

  「気を付けてくださいよ、

   おそってきた男は縛り上げてるとはいえ

   そのままなんですから」



 ロインはうなずいて見せると、

 腰の袋から手ぬぐいを取り出して

 ミザリーの手を傷つけないように縛る。



  「すぐ戻るからよ!

   行ッてくるぜ!!」



 〝客車きゃくしゃ〟の扉に手をかけたロインはそのまま飛び出し、

 目の前の〝石炭せきたん〟が積まれている場所に飛び移った。


 風を切る音が響き渡り、

 相変わらず〝機関車〟は海沿うみぞいを走っている。

 ロインは背中のミザリーが落ちたりしないように

 細心の注意を払いながら狭い足場に足をかけた。



  「くそッ!

   来るときは平気だッたのによ!

   戻るときがヤバいとか

   〝とおりゃんせ〟じャねェんだぞ!」



 そのまま足場を渡っていると

 ひときわ強い風が吹き付け、

 ロインたちを弾き飛ばそうとする。

 その時、

 背中でミザリーがもぞもぞと動くのを感じたロインは、

 さらに急いで風に逆らって

 足を前へ、前へと動かし続ける。


 やがて先ほどの場所まで戻ってきたロインは

 ミザリーを下ろし、

 その眼前がんぜんに干し肉をかざした。



  「姉ちゃん、火のある場所に着いたよ!

   味付けできるものもある、

   これで料理ができるよ!!」



 その言葉に反応し、

 ミザリーが干し肉と塩、

 コショウを受け取り

 熱くなっているところへと

 向かった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 目の前にお肉が差し出されている。

 ミザリーはその肉がなんであれ、

 料理してあの子やお父さんに

 出してあげなければと

 ぼんやりした頭で考えた。


 いつの間にか、

 手には塩とコショウもにぎられている。

 これで少しはましな食事を出せるはずだと

 ミザリーは熱さを感じる鉄板へと近づいた。


 鉄板で肉を焼き、

 ある程度油が出てきたら

 少々の塩、コショウを振り

 再び軽く焼く。

 肉が十分に焼けたのなら、

 出来上がりだ。


 食事には程遠ほどとおいが、

 おやつくらいにはなるだろう。



  ──姉ちゃん!



 後ろからいつもの声が聞こえる、

 あの子の声だ。

 振り返って見ると、

 あの子が──弟が物欲しそうな目で

 こちらを見ている。

 ミザリーは思わず微笑ほほえんで

 手に持っていたお肉を差し出した。



  ──さあ、遠慮えんりょせずにお食べ



 その一言に弟は喜んでお肉にかぶりつく。

 ミザリーはその様子に満足し、

 その瞬間しゅんかん意識いしき

 遠くなっていくことを感じる。


 その時に、一瞬いっしゅんだが自分の声が聞こえた気がした。


 

  ──あの子を、■■■■ね──



 






 ミザリーは頭を振り、

 何が起きたのか理解しようと

 辺りを見回そうとし──


 突然抱き着いてきたロインに

 心底おどろいた。



  「あびゃぁっ!!?」

  「姉ちゃん!!

   俺がわかる!?

   俺がだれかわかる!?」



 涙交なみだまじりの声に

 何かがあったことは理解し、

 ミザリーはロインの背中をたたいてやった。



  「……大丈夫だ、

   お前は、ロインだろう?

   うむ、わかっている」

  「よかッた……

   よ゛がッだァ姉ぢゃァァァん゛!!」

  「おおなんだ、

   泣くな泣くな!

   そんなに怖かったのか──」



 引き離したロインが口をもごもごさせているのを見て

 ミザリーは首をかしげる。



  「お前、何をしているのだ?

   口をもごもごさせて……」

  「……姉ちゃんが焼いてくれた

   干し肉食べてる……」



 ロインの説明に、

 ミザリーはますます首をかしげたのだった。






ミザリー「いつまで食べているのだ、お前?」


ロイン「なんか、噛み切れなくて……」

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