客車~一両目~
後ろの〝客車〟へ移動しようとすると、
今度は〝石炭〟とやらが山積みされた
大きな車両が行く手をふさぎ、
機関車部分と同じように
狭い足場を通りぬけたころには
ミザリーは足の震えが止まらなかった。
「はぁ……はぁ……!
また狭い足場だった……
怖かったぁ……!」
「姉ちゃん大丈夫!?
やッぱキカンシャッてのは
危険が多いな、
今後はもう乗らねェ!!」
その様子をゼクルヴィッスたちが
「ここから先は大丈夫ですから」と
なだめていると、
自警団員の1人が機関車の後ろにつながる
扉の前に立った。
「……実はオレ、
さっきから思ってたけど
皆さんに行ってないことがあるんス」
「なんだいきなり。
朝飯に悪いもんでも食ったか?」
唐突に自警団員の1人が
暗い顔をしてミザリーの方を見る。
「そこのお姉さん……」
「な、なんだ!?」
いきなり意識を向けられて
声が上ずってしまったミザリーに、
視線が集まる。
「なんだてめェら……
まさかさっきのローブのやつの顔見て
判断できたから、
姉ちゃんが連中の仲間だとでも
言いたいのか?」
空気がピリピリしてくる中で
ミザリーは努めて冷静に声を上げた。
「待ってくれ。
……彼の話を最後まで聞いてみよう」
「ありがとうございます、
別にお姉さんを疑うとかの話ではないんス。
それよりももしかしたら大事なことです」
「それよりも大事なこと……?」
全員が固唾を飲んで
続く言葉を待つ。
そして自警団員はある推測を口にした。
「さっき、
のしちまったあのローブのやつ……
運転席の上にいたってことは、
あいつが運転手だったってことはないスか……?」
『……』
ミザリーとロインはその話を聞き──
『??』
ただ首をかしげていた。
「なんで今そんなおっそろしいことに
気が付いた!?」
「あいつまともに拳食らって
起きるかどうかもわかんねぇぞ!?」
「そういわれても、
オレも今気が付いたんスよ!!」
トルションやゼクルヴィッスたちは
ひどい混乱状態に陥っており、
ミザリーは何が原因なのかわからずに
トルションに声をかける。
「その……どうしたのだ?
なぜそんなに慌てている?」
「何言ってるんですか!?
運転手がいなくなった可能性が
高いんですよ!?」
その横からゼクルヴィッスが顔を出すと、
体を震わせながら説明してくれた。
「昔話風に言えば、
この機関車は御者がいなくなった
馬車みたいなものです……!
おまけに馬はすごいじゃじゃ馬、
扱い方がさっぱりわからないんです……!」
ミザリーはその説明のわかりやすさに
なるほどと頷いた後、
その事態のまずさ加減に気付いて
顔から血の気が引いた。
「大変な事態ではないか!?」
「そうなんです、大変なんですよ!!」
ゼクルヴィッスとミザリーが
一緒になって慌てていると、
ロインが冷静に指摘した。
「だがまァぶッ壊すことはもう決めたんだろ?
なら下手に考え方を変えるより
このまま突ッ走ちまッた方が
いいような気もするけどな」
「う、う~む……確かにそうかもしれませんね」
トルションは「言われてみれば」という顔で頷き、
ゼクルヴィッスに問いかけた。
「初めに決めた通りに
行くというのもありですが、
運転ができるやつがいたら
とっ捕まえて止めさせるのも
ありですね」
「なるほどな……
では臨機応変に行こう、
運転に詳しい奴がいたら
捕縛後に止めさせる。
いなかったら当初の予定通り
破壊と停止だ」
「わかりました!」
自警団員は即座に対応を決めると、
客車の扉に手をかける。
「なぁ、お前……」
「何?姉ちゃん」
「余は本当にここにいる──」
「意味はあるよ姉ちゃん」
暗い声でつぶやくミザリーを
ロインはすぐに否定した。
「ここに姉ちゃんがいなかったら
そもそも飛び移るなんて考えに
誰もたどり着かなかったことだって
あるんだから」
「……そうだろうか?
余以外のだれかが思いつくことも
あったかもしれない……」
「多分だけどね。
その時には全部
手遅れになッてたんじャないかな。
姉ちゃんがあの瞬間
決断してくれたから
俺たちは今ここにいるんだよ。
姉ちゃんらしくないよ、
そんなに落ち込むなんて」
ミザリーはそうだろうかとつぶやきながら
顔を上げる。
その目にはどこかうつろで、
心ここにあらずというように見えた。
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ゼクルヴィッスたちが客車の扉を開くと、
中は豪勢な革張りの椅子が並び
この客車が一等席ではないかと思わせた。
「はぁ~、
帝国さんは儲かってるようですなぁ。
こんな豪勢な客室見たことありません」
トルションがおちゃらけた様子で客室を見回すと、
ゼクルヴィッスは体を硬直させた。
「……トルションさん、
構えてください。
どうやらお出迎えがいるようです」
その言葉に全員が体をこわばらせる。
見ると客車の奥の方、
ちょうど自分たちとは反対側に
誰かが座っているようだった。
人数はおよそ6人、
こちらと頭数はほぼ同じだった。
「お出ましか、
やってやろうじゃないスか!」
自警団の1人である
カビネーが血気盛んに雄たけびを上げると、
その集団へ剣を向ける。
「馬鹿止せ!
ゼクルヴィッス指揮官の
言うことに従ってだな──」
トルションがたしなめて
ゼクルヴィッスの方を見ると、
彼は座っている人物たちを見ながら
硬直している。
「……どうしました?
何かあったんですか」
トルションが話しかけると、
ゼクルヴィッスは背中に背負っている槍を
一本手に取った。
「……あの制服、
俺の屋敷のメイドたちです」
「なんですって……?」
「あれは、
俺がやらなきゃ
ならない気がします」
するとその言葉にこたえるかのように
座っていたメイドたちは立ち上がり、
ゼクルヴィッスたちの方へと
向かってきた。
『捧げる……
捧げる……
町の女、多く……』
「なんですあの連中、
不気味なんてものじゃない……」
トルションの言うことに「全くだ」と頷いた
ゼクルヴィッスは、槍を振りかざして
突進しようとする。
──その時だった、
背後から焦る声が聞こえてきたのは。
「姉ちゃん!!!
どうしちャッたの、姉ちゃん!!?」
とっさのことに振り返ると、
屋敷で戦い
自分を正気に戻してくれた2人が
何やらもめている様子が見えた。
「姉ちゃん、しッかりして!!
どうしたのさ!!?」
「ああ……
お前、を倒さなけ、れば……
余は、帰れ、ない……!」
ミザリーさんだったか、
彼女の目には何か妙な光が宿っており
明らかに正気ではない。
その目はまるで何かに──
「ど、どうしたんスか!?
何か様子がおかしいのはわかるんスけど!」
カビネーが慌ててミザリーさんに駆け寄ると、
ミザリーさんは何かに憑りつかれたように
暴れ始めて手が付けられなくなる。
「姉ちゃんどうしちャッたのさ!?
俺のことがわからないの!?」
涙ぐんだ声で叫ぶ青年、
──たしかロインさんだった
──が何を言っても、
ミザリーさんは聞く耳を持たないように見える。
「いったい何が起きてるんです!?
突然何が起きたんです!?」
混乱するトルションに対し、
ゼクルヴィッスはこの状況に
ふとひらめくものがあった。
「ロインさん!
彼女はもしかしたら〝催眠〟の魔法を
使われているのかもしれません!!」
『ま、魔法!?』
「マジか!?
……もしかしてローブのやつの
顔を見たときか!?くそッ!!!」
ロインが対応に乗り出したのを確認した
ゼクルヴィッスは再び前に視線を戻す。
メイドたちは目前まで迫ってきていた。
「トルションさん、
俺は前にいるメイドたちを何とかします!!
あなたはあちらのフォローに回ってあげてください!!」
「ええっ!?
わ、わかりましたっ!!
なんとかやってみますよ!!
ゼクルヴィッス指揮官も
気を付けてくださいよ!?」
「わかってます!!」
ゼクルヴィッスは槍を振り回しながら
メイドたちに突進していく。
〝ブルゴーニュ・アレゲニー〟に
乗り込んでからの、
本格的な戦闘が始まったのだった。
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ゼクルヴィッス「なんてこった、
まさかしょっぱなから挟み撃ちだなんて!」