突入〝ブルゴーニュ・アレゲニー〟
〝ブルゴーニュ・アレゲニー〟の
機関車部分に乗り込んだミザリーたちは、
すさまじい勢いで疾走する機関車の横っ腹に
へばりつくようにしながら
後部を目指していた。
「き、キカンシャの上を移動するときは
こんなにも危ないことをいつもするのか!?」
「もしそうだとしたらよォ!
俺はもう二度とキカンシャには
乗らねェ!!」
危険極まりないとミザリーとロインが
風の音に負けないように大声で苦言を呈していると、
ゼクルヴィッスが大声で返答した。
「いえ!
さすがに機関車の先頭に飛び移るなんてこと、
普通は誰もしませんよ!!
普段は後ろに引いている〝客車〟っていう
ところに乗るんです!!
さっき乗ってた剥き出しの
台みたいなところじゃない、
椅子も屋根もあるところに!!」
「そうなのか!?
なぜ今回はそのキャクシャとやらを
使わなかった!?」
ミザリーの疑問に、
ゼクルヴィッスは再び叫んだ。
「その方が動きやすいって
トルションさんが手配したみたいです!!」
「あのおやじ!!
姉ちゃんが危ない目に合ッてるじャねえか!!
追突されて落ちるかと思ッたんだぞ!!」
「なるほどなぁ!!
だがよく考えたらそのおかげで
相手に飛び乗るなんて強硬策が
できたのだから、
ありがたいと思うべきだろう!!」
「それもそうだね!
姉ちゃんの言うとおりだ!!」
あっという間に手のひらを返したロインに
ミザリーがあきれながら歩を進める。
そうこうしているうちに
機関車の外側に張られた
細い足掛かりが途切れ、
それなりに広い空間にたどり着いた。
「はぁ……!
広い場所にたどり着いたぞ──
熱い!!?
なぜこんなに熱いのだ!?」
入ったところは妙なからくりが
所狭しと配置されており、
そして異様なまでに熱い。
続いて入ってきた
ロインとゼクルヴィッス、
そして反対側から入り込んできた
トルションとほかの自警団員も、
噴き出してきた汗をぬぐった。
「熱い理由ですか?
ここに小さな扉がありますけど、
この中で石炭が燃やされて蒸気を作ってるんです。
その蒸気でこの機関車は走っているんですが
そのせいでどうしても熱くなるんですよ」
「そうなのか……っ
このままでは丸焼きにされそうだ……」
ミザリーの言葉に笑うと、
トルションは機械を見回した。
「ここは運転室か。
だがおかしい、
なぜ誰もここにいないんだ?」
「確かにおかしいです。
火室は火が入っているから
間違いなく誰か
いるはずなんですが──」
トルションが不思議そうに言った
その時、頭上に影が被った。
「うおっ!!
しまった!!!」
自警団の1人が落ちてきた影にぶつかり、
そのまま押し倒される。
その手にはギラリとナイフが光っている、
絶体絶命──
「さぁ、くたば──」
「てめぇがくたばれ!!」
自警団員は上に乗ったローブの人物を
簡単にはねのけると、
そのまま顔面に拳をお見舞いした。
「あぶぁっ!!?」
ローブの人物はその一撃を食らい
情けない悲鳴を上げたかと思うと、
その場にばったりと倒れこみ、
動かなくなった。
「はぁ……なんだこいつ?
くたばれとか言ってた割には
随分と弱っちいが……」
「ローブの連中は
それなりの手練れだって聞いたんですがね、
まぁこいつは下っ端なんでしょう」
トルションと自警団員が首をひねる。
ミザリーがローブを剥いで顔を確認するが、
全く見たこともない相手だった。
「確かに余らが見た相手とは違う。
こやつは確かに下っ端なのだろう」
「となると、
本当に強い奴は
おそらく後ろか……」
ゼクルヴィッスが〝ブルゴーニュ・アレゲニー〟の
後ろ側へと苦い顔を向けた。
「そうでしょうな……
とにかくローブの連中がかかわってることは
これで確実、
そしてそいつはこっちに危害を加える気
満々ってことがわかりました」
「それがわかっただけでも大収穫ですよ。
安心してここにいる連中はぶちのめせる」
自警団員は張り切って、
すでに剣を抜き放っている。
「あまり逸るなよ。
こういう時にこそ気を引き締めるんだ」
ゼクルヴィッスがたしなめると
自警団員は「はい!」と答えて姿勢を正す。
「……それにしても、
なぜここには誰もいないのだ?
人が操っているというのなら
ここには少なくとも
人がいなければならないのでは……?」
ミザリーが周りを見回しながら疑問を呈すると
トルションがそれに同意した。
「確かに妙ですなぁ。
最新鋭の機関車とはいえ
人がいないなんてことは
考えづらい……
少なくとも運転士がここには
居るはずなんですが」
その言葉にミザリーは嫌な予感がした。
それはつまり……
「なあ、俺の勘違いだッたらあれだけどよ。
このキカンシャッてやつ、
もしかして暴走してねェか?」
ロインの一言に一同は沈黙し──
直後に動揺が広がった。
「ちょっと待て!?
まずいぞ、この先には何がある!?」
「この先ですと──
ああ、大変だ!
アーヴ・ラーゲィの町を見下ろす場所を
通る線路がありますが、そこを通ります!!
この速度のままで走ったら間違いなく脱線して
町に被害が出ますよ!!」
トルションの返答にゼクルヴィッスは顔を青くする。
ミザリーもその意味が分かった。
もし町に被害が出るとして
その被害はどこまで行くのだろうか、
そして〝町を見下ろす場所を通る線路〟があると
言っていたのだから、
──フリカッセの屋敷が巻き込まれる可能性は
高いだろう。
「──姉さんが、危ないっ!!」
「まずいですよ、
何とかしてこの機関車を止めないと!!?」
「何とかしてといってもな!
新開発の機関車でどれがどれだか
おれたちにはまったくわからん!!」
全員が激しく動揺する中、
ミザリーはロインに耳打ちをした。
「なぁ、お前はこのキカンシャとやらを
壊せと言ったら、
壊すことはできるか?」
「えッ!?
……たぶんできる!!」
「よし、
ならばやるしかないな」
ミザリーは決断し、
ゼクルヴィッスに声をかけようとする。
「なぁ、少しいいか──」
「こうなったらこの機関車をぶっ壊しましょう!
それしか方法はないです!!」
「待て、
その前にこの機関車にいる者たちを
確認してからだ!!」
「わかりました、
確認が終わり次第
この機関車を町に着く前に脱線させるなり
壊して動かなくさせるなりしましょう!」
『了解しました!!』
ゼクルヴィッスたちはそれぞれに
役割を決めると、
それぞれの武器を点検し
機関車の後部へと向かう。
「さあ、お2人もお願いいたします!
期待していますよ!!」
ゼクルヴィッスに促されて
ミザリーたちも後部へと足を向ける。
その中で、ミザリーはロインに
聞かずにはいられないことがあった。
「なぁ、お前。ちょっといいか」
「どうしたの姉ちゃん?」
「余らは結局、
ゼクルヴィッス殿には力では
勝てなかったのだよな?」
「うーん……
そう、なるのかな……?
でも姉ちゃんの料理の腕がなかッたら──」
「このキカンシャの上の戦いで、
料理の腕を振るう機会はあるだろうか?」
どこか虚無を映したミザリーの目に
ロインは言葉に詰まった。
「……!!
大丈夫だよ、多分……!
なにかあるッて!!」
「なぁ、余はこの戦いに
必要だったのだろうか……?
力ではゼクルヴィッス殿に負け、
何か特別な力があるわけでもないのに……」
「ね、姉ちゃァァァァァん!!!」
「ど、どうしました!?
敵襲ですか!?」
ロインの悲しげな声だけが響き、
ゼクルヴィッスが不安げに辺りを
見回す中で、
ミザリーは無気力に
何でもないと返すのが精いっぱいだった。
ミザリー「余にできることはあるのか……?」
ロイン「あるッてあるッて必ず!!さッきだッてね──」