〝悪魔への供え物〟
屋敷の中に通されたミザリーたちは
主人の部屋へと通される。
主人とメイドの亡骸は
さすがに部屋の中にはなかった。
「主人と女中の亡骸は
すでに弔われたのか?」
「はい。
ご主人様のご遺体は
奥様のお墓の隣に埋葬されました。
ですが……」
ランシエーヌは一度言葉を切ると、
声を潜めてつづけた。
「問題は亡くなっていたもう1人の
メイドに関してなのです。
そのせいでかなり事態はこんがらがっていると
私は感じます」
「ふむ、
この部屋で亡くなっていた女中のことだな?」
ミザリーが確認すると、
ランシエーヌは不思議そうな顔をした。
「えっ?
いいえ、メイドが亡くなっていたのは
〝一階の書庫〟です」
「……むぅ?」
ミザリーは自分の記憶力は
そこまで悪いものだったろうかと思った。
──実際いくつか忘れてはいたが、
だがしかしこの部屋で1人のメイドが
ナイフを首に突き立てられて死んでいたはずだ。
「いやちョッと待てよ!
俺と姉ちゃんは確かにここで
女中が1人死んでたのを
確実に確認してる!
首元にナイフが突き刺さッてただろ?」
ランシエーヌはそれを聞いて
さらに困惑した顔になる。
「それが……
書庫で見つかったメイドの亡骸は
〝四肢がバラバラに〟切られていたんです。
坊ちゃんもひどく驚いていましたから
犯人は坊ちゃんではないことは
間違いないようなんです……」
「な、なんだそれは……?」
自分たちの知っている状況とまるで違う内容に、
ミザリーたちもひどく困惑した。
いったい何が起きているというのか。
ミザリーは頭がぐちゃぐちゃになり始め、
どういうことかと悩み始める。
するとロインがミザリーの肩をつつく。
「なんだ、どうした?」
「姉ちゃん、確かに変な謎が増えてるけどさ。
まずはここに来た目的を済ませた方が
いいんじャないかな?
そうすれば頭がこんがらがることも
なくなると思うよ」
ロインの指摘にミザリーは己を顧みる。
確かにここに来た目的は全く別の
ものだった。
まずはそれを済ませてから
改めて今起きている問題に
相対すればいい、
ロインの一言で気づかされた。
何も問題すべてにいきなり
ぶつかる必要はない、
1つ1つ解決していけばいいのだ。
「うむ、助かったぞ……
ランシエーヌ殿、
すまないがまずはゼクルヴィッス殿に
話をつけたい。
メイドの怪事件のことに関しては
ひとまず置いておこう」
「そ、そうですか……
坊ちゃんが討伐隊の
指揮を執ることになったり
ご主人様の蛮行を止めようとされた、
と言うことに関係すると思ったのですが……」
ランシエーヌのしょんぼりとした顔を
見たミザリーは、
言いようの無い罪悪感に包まれた。
ゼクルヴィッスに操られて、
それでも彼を支えると決心したであろう彼女。
そのゼクルヴィッスが心底困っている時に
情報をかき集めて自分たちが
来てくれたことを喜び、
託そうとしてくれたのだろう。
自分は何と愚かな返事をしてしまったのか──
「わかった、ランシエーヌ殿!
余らに知りえる限りの情報を
もらえるか?
必ずゼクルヴィッス殿の力に
なって見せよう!」
「姉ちゃんの意見があッという間に変わッた!?
でも俺はどこまでもついていくよ!」
ミザリーの言葉にランシエーヌは
ぱぁっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!
えっと、
どうしましょうか……
お客様を通せる部屋が
ここだけだったので、
改めて書庫に向かってから
話をした方がいいですか?」
「うむ、そうだな。
実際に倒れていたところを見れば
何か気づくこともあるかもしれない」
ランシエーヌと共に
一階の書庫へと向かう廊下で、
ロインは床を見ながら顔をゆがめた。
「まさかとは思うがよ……
罠の方、まだ起動したままッて
ことはないよな……?」
「ああはい、
罠でしたらさすがに解除されています。
エントランスのシャンデリアがありますよね?
あの蝋燭のひとつが
罠の起動スイッチになっていますので!」
ミザリーは驚愕した。
ではゼクルヴィッスと話している時、
自分たちは罠の解除をする装置の
真下で話し込んでいたことになる。
つくづくゼクルヴィッスの演技力と
豪胆さに感心するが、
同時に全く気付けなかった
自分にやるせなさを感じた。
「そういえば一番最初に会ったとき、
ゼクルヴィッスの野郎
玄関口にやッてきてたんだよね。
もしかして罠を起動するために
来てたのかな?」
「ああ、なるほどな……
余らとランシエーヌ殿が反対側の
廊下にあがったのを確認して
動かしたのだろう。
そしてそれをおくびにも出さずに
装置の真下で余らと話していたわけだな。
全く……大した役者だ」
「私は覚えていませんが……
坊ちゃんがご迷惑をおかけし
全く持って申し訳ございません……」
頭を下げたランシエーヌに、
ロインは笑いながら答える。
「でも俺は姉ちゃんのためだけに
あそこまでできるやつは
ちョッとばかり感心するぜ。
確かに犠牲も出したが、
それだけ姉ちゃんが好きだッたッて
ことなんだから」
「その結末が親殺しでは
後味が悪過ぎる気がするが……
まぁ、余も同情はする」
「ありがとうございます、
坊ちゃんを許してくださって……」
先を歩くランシエーヌは
小さく体を震わせたが、
すぐに背筋を伸ばすと
書庫の前で立ち止まった。
「では入りましょう。
メイドの亡骸があったのは
書庫の中央になります」
ランシエーヌが扉を開いて
ミザリーたちが中に入ると、
中では何人かの使用人たちが
散らばった本や紙を集めて棚に戻している。
「おや、ランシエーヌさん。
どうされました?
ゼクルヴィッス様のもとに
行くとばかり思っていたのですが」
メイドの1人がランシエーヌに
話しかけてくる、
幾分か歳を召したメイドで、
話しているだけで安心感が
あふれてくる。
ランシエーヌはそのメイドに礼をすると
ミザリーたちを紹介した。
「こんにちは。
こちらは坊ちゃんの知人である
ミザリー様、ロイン様です。
この度坊ちゃんにお話があると
お越しいただいたのですが、
私がお伝えしたいことがありましたので
先に書庫に来ていただきました」
「おやおやまあ、
ゼクルヴィッス様にご用が?
でしたらここでのご用は早めに
終わらせた方がいいですよ。
じきに〝線路上の化け物〟の討伐隊が
出立すると聞きましたからね」
「その、ここに来てからよく聞く
〝せんろ〟とは、
いったい何なのだ?
恥ずかしい話、
余らはここには疎くてな……」
〝せんろ〟について、
ミザリーはここでも聞いてみることにする。
多少でもわかれば儲けものと思っていたが──
「おやまあ、
線路をご存じないのですか?
どこか遠くから
いらっしゃったようですね。
線路とは木材と2本の金属の棒を
組み合わせて作られている、
機関車を走らせるための道のようなものですよ。
まるで橋のようにあちらこちらに
かかっているでしょう、
あれがすべて線路です」
「あれが、せんろ……」
ミザリーはかみしめるように
言葉をつぶやいた。
屋台の少年に聞いても
生活の中でありふれたものなので
説明が難しいと言われてしまったが、
まさかここにきてその謎がわかるとは。
「うむ、大変助かったぞ!
紙に書いてあったことも
ようやくすべて理解できた!
余らがここにきて初めに
降り立ったのは〝線路〟であり、
キカンシャと呼ばれる化け物が
走っている道こそがそれだったわけだな!」
「そうだね姉ちゃん!
ようやくわかッてすッきりしたよ!」
ロインと2人で喜び合っていると、
ランシエーヌがどうしたものかという顔で
こちらを見ていることに
ミザリーはようやく気が付いた。
「あっ……
おほん!すまなかった。
女中の倒れていたところを教えてくれ」
咳払いでごまかしながら話を続けると、
ランシエーヌが書庫の中央を指さした。
「先ほどもお伝えしましたが
メイドが倒れていたのはここです。
四肢は切り取られ、
辺りは血の海になっていました」
「うへ、それまたずいぶんと猟奇的だな」
「ふむ……
女中長の手当てを済ませた後、
すぐに余らはこの屋敷を発っている。
そして余らが女中の亡骸を初めに
見つけた時は、
主人の部屋で首を短刀で刺されていたはずだ……」
「それで?
その女中の死体と
あの坊ちャん野郎の罪がどうかかわッてくるんだ」
ロインが首をひねりながら尋ねると
ランシエーヌは頷いた。
「はい。
私と坊ちゃんがこの屋敷に戻ってきたあと
まもなく自警団の方達が来てくださったのですが、
ご主人様の亡骸を検分された後に
書庫も一緒に調べられたのです。
その時にメイドの亡骸を見つけて
私たちは背筋が凍りました……
そして隠し部屋で〝悪魔召喚〟に関する本の
記述を見つけられた自警団の方々(かたがた)は
こう推察されたようなのです、
〝ドゥ・ヴォー氏は悪魔なるものを崇拝する
危険人物だったのではないか〟と」
「悪魔崇拝と取られてしまったのか……
確かにそうなれば危険人物の札を張られても
仕方がないかもしれないな……」
「悪魔か……確かにヤバい奴だッたからね。
ゼクルヴィッスのやつよりかは正気だッたけど」
「そしてメイドの亡骸を見て、
自警団の方は『これは悪魔への生贄とされたのだろう』と
さらに確信を強くされてしまったようなんです。
私たちが屋敷を空けている間に
ご主人様と同じ悪魔崇拝者が侵入して、
ここで何か儀式をしたのだろうと」
ロインはなるほどと頷いた。
「それを止めたとあれば、
確かにゼクルヴィッスのやつは
悪党を止めた英雄様の1人ッてわけだ」
「坊ちゃんは自分の意志で
ご主人様を殺めたことを後悔なさっています、
それがまるで英雄的な扱いを受けてしまって
ひどく落ち込まれているのです……
どうか坊ちゃんを
助けてあげてはもらえませんか?」
つまりこの場合は
自警団に主人は悪魔崇拝者ではなく、
ゼクルヴィッスとの仲違いで亡くなった、
ということを納得させられればいいらしい。
「なるほどな……
わかった、
余らでどこまでできるかわからないが
手を尽くしてみよう」
ランシエーヌは泣き出しそうな笑顔になり、
何度も頭を下げる。
そして先ほど聞いた話が事実なら、
もうじきゼクルヴィッスは討伐隊の
指揮官として出発してしまう。
急がなければならないと集合場所を聞き、
ミザリーたちは一路目的地に向かって
走り始めたのだった。
ミザリー「また、走ることになるとはな……っ!」
ロイン「頑張ッて姉ちゃん!すぐそこのはずだから!」