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今日にお疲れ様を


  町の中で一番大きいという 

 ブールダル―記念病院を離れながら、

 ミザリーたちは再度フリカッセ家への道を

 歩いていた。



  「き、緊張した……!!

   みず、水が欲しい……

   のどかわいて仕方しかたがない……」

  「水はッ、

   ごめん姉ちゃん水はないんだ!!

   ちョッとだけ我慢してくれない!?」

  


 あたふたするロインに

 ミザリーはあればいいと思っただけだと言って、

 ゼクルヴィッスを振り返ると

 ミザリーは笑った。



  「それにしても随分ずいぶんと堂に入った

   演技だったではないか!

   名優めいゆうもかくやというさまだったぞ!」

  「そうですねぼっちゃん!

   本当に何か賞をいただいてもおかしくないほどに

   すごい演技でした!」

  「屋敷やしきで俺たちだまくらかしてただけのことはあるよなァ」



 ロインの一言には幾分いくぶんかの嫌味いやみ

 混ざっているかもしれないが、

 本当にゼクルヴィッスの演技には

 おどろかされた。


 屋敷やしきで自分たちをあざむいていた

 ことと言い、

 さらに今しがたの病院でのやり取りを見て

 演技力は本当に本物だと思える。


 命を奪ってしまったという

 がなければ、

 果ては大物役者おおものやくしゃとして

 名を残せたのではないだろうか。



  「いやぁ……

   バレるわけにはいかないという思いで

   いっぱいだっただけですよ。

   今でも心臓がすごい音立ててるんですから」



 ゼクルヴィッスは眉を下げて笑う。

 謙遜けんそんしているのか

 はたまた罪の重さに

 素直に喜べないのか。

 しかし彼のおかげで

 ミザリーたちは何の罪にもとがめられることなく

 事情を聴かれるだけで済んだのだ。



  「どうあれ本当に助かった。

   そなたには感謝しなければな」

  「何を言ってるんです。

   もしもお2人ふたりがいなかったら、

   俺は更に罪を重ねていたんです……

   父さんは俺のことをうらんで

   死んでいったでしょうけど、

   お2人ふたりのことも殺していたら

   おそらく姉さんにも

   見放されていたはずです。

   そうなったら俺は、

   間違いなく自死を選んで

   何もかもが無意味になっていたと

   思うんです……」



 ミザリーとロインは

 メイド長の処置を待っている時に、

 悪魔のアバティを

 殺してしまった時点で

 この魔法は完全に失敗してしまっていたことは

 言わないでおこうと決めていた。

 もしそれを知ってしまったら、

 ゼクルヴィッスは今からでも

 命を絶とうとするだろう。



  「だからこれからは

   つぐないのためだけに生きていきます。

   死ぬのは簡単だろうけど、

   それは逃げているだけだろうから……」



 ゼクルヴィッスはうつむき

 後悔こうかいをにじませた、

 しぼり出すような声で決意を口にする。


 その道は、

 1人ひとりでは恐ろしくつらい道になるだろう──



  「ぼっちゃん。

   わたくしがおそばにおります、

   わたくしが、ぼっちゃんが道を踏み外す原因に

   なってしまったようなものなのでしたら、

   わたくしもその道におともいたします」

  


 ランシエーヌの発言に

 ゼクルヴィッスは顔を上げて 

 目を見開みひらいた。


 否定しようと口をひらこうとしたようだが、

 ランシエーヌはその口に

 指をあて、優しく続けた。



  「断ることなんてさせませんよ?

   私は坊ちゃんの〝姉さんかぞく〟なのですから……」



 ゼクルヴィッスはその言葉に

 しばらく唖然あぜんとすると、

 やがて顔をせ、

 声を押し殺して泣き始めた。



  「またぼっちゃんは泣いてしまって……

   意外と泣き虫さんなのですね」

  「ぅん……

   ごめんね姉さん……

   これから……直していくからね……」



 ミザリーはにこりと笑った。

 この者には共に歩む〝家族〟がいる、

 ならば大丈夫に違いないと思い

 罪を犯したゼクルヴィッスが

 いつか許される時を祈ることにした。









  「では、

   わたくしたちはこれからお屋敷やしきへ戻ります。

   お2人ふたりはどうなさいますか?」

   


 ゼクルヴィッスが泣き止むのを

 見届けると、

 ランシエーヌがそうたずねてくる。


 ミザリーは空に浮かぶ月を見上げた。


 

  「そうだな。

   月もそれなりに高くなり始めた、

   余らは宿やどに戻ると──」



 そこまで言ってから、

 ミザリーは重大なことに気付いて

 青くなった。



  「あぁっ!!?

   亭主殿ていしゅどのに遅くなることを何も言っていない!!

   ご飯の時間、とうに過ぎてしまっていないか!!?」

  「えッ?

   ……あッ、そういえばそうだね!!?」

  「まぁ大変です!?

   宿やどの場所はどこになりますか?」

 


 ミザリーはロインから受け取っていた

 パンフレットをひらき、

 赤い線で示されたある点を指さした。


  

  「確かここだっ!!

   名前は……何だったかな……

   乳酪チーズという名前が

   入っていた気がするが……!」 

  「チーズ……

   もしかして〝サラのチーズ亭〟では

   ないでしょうか?

   チーズと名の付く宿やど

   ほかには思いつきませんし!」

  「あー、なんかそんな名前だッた

   気がするなァ!

   飯がやたら美味うま宿屋やどやなんだよ」



 その話を聞くと、

 ランシエーヌはうなずいた。


  

  「では間違いありませんね!

   町の服屋さんがいらっしゃったときに

   とても美味おいしい食事を出す宿屋やどやさんが

   あると紹介していただいたことがあるんです!」

  


 その話を聞いたゼクルヴィッスは

 どことなくげんなりした顔をした。



  「ああ……

   あの青い服しかすすめてこない服屋か……

   物がいいだけに青色一色でなければなぁ……」



 ミザリーたちはそれがどこの服屋か

 すぐに想像がついた。

 それゆえにその情報は間違まちがいないと

 確信できたことに、

 不思議ふしぎな巡りあわせもあるものだと

 思わずにはいられなかった。

 


  「そういえばこの屋敷に

   服を売りに来ていると言っていたか……

   とにかく、宿やどまでの道はわかるか!?」

  「そうですね……

   この地図で言えば

   今いるのはお屋敷やしきから

   東、ここにいます」


 

 ランシエーヌはパンフレットの地図の

 右側を指で示し、

 そのまま指を左へとすべらせる。



  「今いる道を西へ、

   大通りに出ますと

   近くに自警団じけいだん詰所つめしょがあります。

   そこから南に向かっていけば

   〝サラのチーズ亭〟はすぐですよ!」

  「おお、詰所つめしょは知っているぞ!

   そこまでいけば余らでも

   戻れそうだ!!」

  「じャあ早く行こう姉ちゃん!

   まだ間に合うかも!」

  「そ、そうだろうか……!?

   よし、急ぐか!

   ランシエーヌ殿どの、感謝するぞ!

   ゼクルヴィッス殿どの

   達者たっしゃでやれよ!」



 ミザリーたちはランシエーヌに礼を言って

 走りだそうとすると、

 「ちょっと待ってください!!」と

 ゼクルヴィッスに呼び止められた。



  「もしよければ明日でいいです、

   もう一度屋敷やしきに来てはいただけませんか!?

   できたらで構いませんので!!」

  「よしわかった!

   明日だな、必ず行こう!!」



 ミザリーは振り向きながらで答えると

 まっすぐ道をけだす。



  「ここから大通りだと

   そこまで距離きょりはないみたいだよ姉ちゃん!

   急げば大丈夫かも!!」

  「本当に……!

   今日は走り回ってばかりだな……!」



 大通りに出てからは道のりは早かった。

 まだ大通りには人のにぎわいが多く、

 人の波を抜けながらけ抜けていくと

 横手よこて自警団じけいだん詰所つめしょが見えてくる。


 そこを抜けて屋台がひしめいていた

 通りを抜けて、路地ろじへと飛び込む。


 そのまま足を止めずに

 走り抜け──

 

 ようやく宿屋やどや

 〝サラのチーズ亭〟へとたどり着いたのだった。



  「ぜぇ……はぁ……

   よ、ようやくついた……

   屋敷やしきで逃げている時にも

   ここまで速くは走っていなかった

   かもしれない……」

  「ふぅ……

   すごい早さで着いたね姉ちゃん、

   これなら間に合ッてるッて絶対!!」



 ミザリーとロインが宿やどのの扉をひらくと、

 見慣みなれた亭主ていしゅ不愛想ぶあいそうな顔が

 2人ふたり出迎でむかえた。



  「……おう、戻ったか」

  「ぜぇ……ぜぇ……

   も、戻……戻った、ぞ……」

  「飯の時間には間に合ッたか?」



 ロインが詰め寄るようにたずねると、 

 亭主ていしゅは顔を少し柔らかくして答えた。


  

  「……なんだ、

   メシの時間に間に合わないと思って

   急いで帰ってきたのか?

   まだ夕飯ゆうメシには十分間に合う時間だぞ」



 ミザリーはその答えを聞き──


 安堵あんどと脱力感でその場にくずれ落ちた。



  「よ、よかったぁ……」

  「姉ちゃん大丈夫!?」

  「……全く、

   いつもせわしねぇ嬢ちゃんだな」



 ロインはミザリーに肩を貸して

 食堂へと連れていき、

 椅子いすへと座らせる。


 

  「……また世話になってしまったな……

   ありがとうな……」

  「なんだか辞世じせいみたいに聞こえるから

   そんなこと言わないで姉ちゃん!

   ご飯食べたら元気になるよ!!」

  「ああ……そうだな……

   お腹がすいた……」



 そうして待っていれば、 

 亭主ていしゅが料理を持ってきてくれる。

 朝昼晩と味わった美味おいしさにまたおぼれようと

 ミザリーは挨拶あいさつもそこそこに

 料理に食らいつく。


 ロインと今日はとんでもない日だったと

 笑いあい、

 腹を満たし、

 いつものように亭主ていしゅへの礼を済ませて

 2かい部屋へやへと上がる。


 部屋へやへと戻ってからは

 しゃわあを浴びて体を清め、

 そのままベッドに体を投げ出して目をつむる。


 今日はあまりにも疲れることが続いた。

 心地ここちよい労働の疲れと

 命の危機を感じたまとわりつくような疲れ、

 本当に心の底から、

 体のしんから疲れ切った。


 ミザリーはまた何も身にまとわずベッドに

 横になったことも気にせず、

 重くなったまぶたに従って──


 深い眠りについたのだった。







ロイン「俺も疲れたなァ……

    しゃわあ浴び……て……zzz……」


ミザリー「むにゃ……もっとご飯を……」

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