この罪への罰
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ランシエーヌは泣きながら
抱き着いてきたゼクルヴィッスを
なだめながら、
優し気にその頭をなでる。
「どうしたのですか坊ちゃん?
子供のように泣かれて。
もしよければ、
このランシエーヌに
お話していただくことはできませんか?」
ランシエーヌに撫でられることで
落ち着いたらしく
ゼクルヴィッスはその言葉に静かに
首を縦に振り、
ことの顛末をランシエーヌに語った。
ランシエーヌは時々相槌を打ちながら
静かに話を聞き続ける。
そしてゼクルヴィッスがすべて話し終えると
ゆっくりと頷いた。
「……そうですか。
そんなことが……」
「うん……
どう言いつくろっても
許されないことをした……
でも……」
「坊ちゃん」
ランシエーヌの発した声は
どこか鋭いものであり、
ゼクルヴィッスはびくりと体を震わせる。
「確かに坊ちゃんは許されない
罪を犯したのでしょう。
であれば、
相応の罰を受けなければなりません」
「……っ
そう、だよね……
罪は償わなきゃ……」
ゼクルヴィッスは落ちている槍に歩み寄ると、
それを手に取った。
「この命を持って俺は──」
「何を言っているんですか?
そんなものは置いて、
私のそばにおいでください」
「……えっ?」
ゼクルヴィッスが訳が分からず
目をしばたたかせると、
ランシエーヌが少し怖い顔で
手招きをしている。
「危ないものは置いてください
坊ちゃん。
そしてこちらに座りなさい!」
「は、はいっ!姉さん!」
その言葉に従い槍を手放して
ランシエーヌのそばに座ると、
ランシエーヌは自身の膝の上を
手でたたいた。
「さあ、
ここにうつ伏せになってくださいませ」
「えっ……
はい……?」
言われるがままに体を横たえて
ランシエーヌの足の上にうつ伏せになると、
頭の上から声がかかる。
「私は今から、
涙を飲んで坊ちゃんに手を上げます」
「うん……
でもこの格好は一体──」
そこまで口にした時だった。
ゼクルヴィッスのパンツに手がかかり、
そのまま勢いよくずり下げられる。
「ちょっ!!?
姉さん、何して……!!?」
「ですからお折檻です。
そのまま受け入れてください!」
振り返ったゼクルヴィッスの目に
高々と振り上げられたランシエーヌの手が映り──
直後、尻に強い衝撃が走った。
「うわっ……!!?
姉さんこれってまさか……」
「私にできる最大限の折檻──
〝お尻ぺんぺん〟です」
「……でも、
命を奪っておきながら
これだけで……」
「ただ叩かれるだけならば
確かにそうかもしれません。
ですがそれを、
見られながらとなったら
どうなるでしょうか」
え?とゼクルヴィッスが聞き返す前に
ランシエーヌが目の前の2人に声をかけた。
「申し訳ありません。
そこのお2人は坊ちゃんの
お知り合いとお見受けします、
なのでどうか、
坊ちゃんの〝前〟と〝後ろ〟に
それぞれ立って見届けていただけませんか?」
『えっ!?』
2人とゼクルヴィッスが同時に声を上げた。
それはつまり、
〝そうなっているさまをまじまじと見られる〟という
ことであるわけで──
「ちょ、ちょっと姉さん!!
それはさすがに、
ほかの罰なら何でも──!!」
「本人が一番嫌がることでなければ
罰にはなりません。
どうかよろしくお願いいたします」
お願いされた2人はしばらくの間
どうするかと話し合っていたが、
やがて意見が一致したらしく
こちらを向いた。
「……ランシエーヌ殿、
それはまさに尊厳を傷つけるものだな」
「そうなるでしょう」
「なら、やるしかないなァ?
姉ちゃんを傷つけようとして
それくらいの罰で済むのは
どうかとも思うけどよォ」
承諾した2人がそれぞれ
女の方がゼクルヴィッスの顔の方へ、
男の方が尻の方へと向かった。
「では続けます。
お覚悟してください、
坊ちゃん!」
「あ、あ……」
その後はただひたすら尻を叩かれ続けた。
尻の痛みそのものは実はそこまでではない、
しかしそれを〝見つめられ続ける〟というのは
すさまじく堪えるものだった。
女は時々心配そうに「……大丈夫か?」
と声をかけてくるし、
男の方は「こんな様見つめられ続けるとか
俺なら死にたくなるな……」と
同情するような声を言ってくる。
この辱めはとてつもなく精神的につらいものだった、
いっそ殺してくれたらいいのにとすら
何度も思ったゼクルヴィッスは、
しかし確かに死ぬにも匹敵する刑罰だと
どことなく安心感すら感じ、
さすがは姉さんだなと思ってもいたのだった。
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〝ゼクルヴィッスの尻たたき公開〟という
刑罰への参加をさせられたミザリーは、
それが終わりゼクルヴィッスが立ち上がると、
大きくため息を吐いた。
初めはただの尻たたきとは軽い罰だと思っていたが、
衆人環視の中で行われるというのは
とてつもない恥をかかされることだと気付き
ミザリーはゼクルヴィッスに若干同情してしまい
思わず気遣ってしまった。
「……大丈夫か?」
それに対してゼクルヴィッスは
静かに首を横に振る。
そして、
ミザリーは気にかけて声をかけたこと自体が
また1つの罰になっていることにも気が付いた。
殺そうとした相手に情けをかけられて
哀れに思われるなど、
恥辱以外の何物でもないだろう。
「こんな様見つめられ続けるとか
俺なら死にたくなるな……」
どうやらロインもそれに気付いたらしく
その声には一遍も嘲りの色は感じられなかった。
「……今言うのは駄目なのかもしれないが、
その、なんだ……
動けるか……?」
「……はい、動けます……」
ゼクルヴィッスは絞り出すような声で答え、
胸を押さえながらランシエーヌに
もたれかかっている。
「お前よく頑張ッたよ……
なんだかんだたくさんあッたが、
お前の姉ちゃんへの愛と
今の罰でさ、許すぜ……」
「だそうですよ坊ちゃん。
許していただけたようで何よりです!」
ランシエーヌのことはどこかふんわりした
性格のメイドだと思っていたのだが、
絶対に怒らせてはいけない性格だな、と
ミザリーはよく理解した。
「ご主人様のご遺体は
今も自室でおひとりだと思いますので、
弔いのためにもそちらに行きましょう」
「そうだね……
父さんをずっとあそこに
一人で座らせてるのはかわいそうだね……」
ランシエーヌの申し出にゼクルヴィッスも
素直にうなずき、
全員で厨房を出て主人の部屋を目指す。
「そういえば姉ちゃんさ、
あのおッさんの亡骸っていうのかな、
それをずいぶん気にしてたみたいだけど
なんだッたの?」
ロインが気になるといった様子で
話しかけてきて
ほかの2人もミザリーの答えを気にする
顔を向けてきている。
「ああ、あれか……
ここの主人の亡骸が椅子に深く
腰掛けておかれていたろう?
それがなぜか気になっていたのだが、
魔法のランタンとゼクルヴィッス殿の
日記らしきものを見つけて
考えたことがあってな。
……そなたの部屋に入って
日記を見てしまったことを詫びよう」
「いえ、大丈夫です……
それで、何がわかったんですか?」
許しの言葉をくれたゼクルヴィッスに
頭を下げながら、
ミザリーは考えていたことを口にした。
「主人のことを許せない、
といった旨を書いていたが、
同時にランシエーヌ殿のことを
考えていたのではという記述も見つけた。
主人の亡骸が椅子にきちんと座らせてあったのは
相手をだますためではなく、
そなたの心の中にあった尊敬の念が
せめて主人としての体面を崩さないように
無意識で座らせたのではないかと
余は思っているのだ」
「……父さんへの……
尊敬の念……?」
なぜその語句が、
といった顔をしているゼクルヴィッスに
ロインが「なるほどなァ」と代わりに答えた。
「ホントにどうでもいいなら
わざわざ書斎机の正面に向けないし、
それこそその辺に転がしてても
いいわけだもんね!」
「そういうことだ。
そなたにはまだ
父上に対する
尊敬があったのだろう。
だが今回は、
ランシエーヌ殿への思いが
それを上回ってしまった、
というわけだな」
ゼクルヴィッスはその言葉にうつむき、
声を震わせながらつぶやいた。
「そっか……
ごめん父さん……
俺は駄目な息子だったよ……」
二階へと上がり
そのまま主人の部屋へと向かう途中で、
ロインが「そういえばさ」とつぶやいた。
「一緒にいたはずの女中長、
どこ行ッたんだ?」
『えっ?』
ミザリーたちは立ち止まってあたりを見回す。
……そういえば魔法のランタンを受け取ってから
姿を見ていない。
てっきりランシエーヌたちのやり取りの
邪魔にならないように姿を消しているのかと
思っていたのだが……
こつん
廊下に靴の音が鳴り響く。
その音は使用人の部屋に隠れていた時にも聞いた、
あの靴の音──
全員で振り返ると
階段のところにメイド長が立っている。
その手には、
大きなナイフが握られていた。
「主さまの成されるように……」
まるで何かに取り憑かれているかのように
ふらふらとした足取りでこちらに歩み寄ってきた
メイド長は、
ランシエーヌの姿を見ると──
「主さまの成されるようにぃっ!!!」
そう叫び、
襲い掛かってきたのだった。
ミザリー「あの短刀、なかなか切れ味がよさそうだぞ!」
ロイン「どうしよう、こッちはケツ腫らしたやつがいるのに!!」
ゼクルヴィッス「それは関係あります!?」