魔王降臨!!
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瞬く間もない、一瞬の出来事だった。
玉座の目前までたどり着き足までつけたはずの体は、
今は強風を全身に感じ、
死に際の側近の言葉を聞いた耳は、
ただ風を切る音だけを拾っている。
「……なん、だ?」
ロインは光を前にして
反射的につぶっていた目を、こわごわと開く。
辺りは白い光に包まれていた─
いや、靄か霧といったほうがいいか。
側近の男が何かを、そう水晶玉を手にして、
それが光り輝いたと思えばここにいる。
「幻覚でも見せられているのか……?」
ロインが首をかしげていると霧が急に途切れ──
眼前に大地が広がっていた。
だが見え方が変だ。
見下ろすような視線で見ているように見える──
目の前を鳥が飛んでいく。
─そこまでいってロインはようやく、
今自分は空から落ちているのだと気づいた。
ただ視界を真っ白に染め上げる霧と、強風。
しばし無言でそれを見ながら、ロインは考え、
心に浮かんだ言葉をそのまま言い放った。
「なんだッてェェェーーーッ!!?」
とっさのことに頭が働かない!
遥か高くから落とされて
平然としている人間がいたらお目にかかりたいもんだ!
「んなこと考えてる場合じゃねェだろが俺ッ!!!」
とにかくありったけ藻掻いてみようと、
泳ぐまねをしたり体中をくねらせてみるが
当然落下の速度はなにも変わらなかった。
「クソォあああッ!!
姉ちゃんも助けられずに、こんなところで……ッ!!」
悔しさに目がにじむ。
結局自分は何もできなかった、ただがむしゃらに駆けて魔王城に
乗り込み、返り討ちにあっただけだ。
無力さが思考を支配していく……
(あきらめるには早いんだろ!?)
ふと、ロスの声が頭の中にこだました。
あきらめるには早い、そうだった。
簡単にあきらめるようなら姉ちゃんを助けることも
とっくにあきらめていた。
「……くァッ!!何かないか!?」
体中をまさぐり最後まであがくことを決めたロインは
道具袋、調味料の小袋、投げナイフ、腰の剣を
使おうとどうするか考えてみたが──
「……どうしろッてんだこれで…」
手持ちではどうにもならないと早々に見切りをつけた。
では落ちる場所を水の中にすればまだ助かるかも
しれないと下を見まわし─
「茶褐色の地面に、あれは…町か?
あとは森みてェなところ、ッ川だ!!」
目の前にだんだんと迫る地面の上を、
一本の川が流れている。幅も広いが、
ただ一つ懸念があるとすれば…
「微妙に届かねェかもーーーッ!!」
万事休す、
しかし最後の望みをかけて川の場所へと移動しようと暴れるが、
もう地面は目前に迫っていた。
決死の思いでひたすらあがき……
「うおおおォォォーーーッ!!」
だが一歩足りず、ついに川には届かなかった。
ぶつかる、ロインは無意識に受け身の態勢をとる。
──その瞬間だった。
体がフワリ、と浮き上がるような感覚に包まれると、
急に落下が止まったのだ。
「……ゥ、おッ?」
ロインが目を白黒させていると体はゆっくりと
直立の態勢になり、地に足が付き──
浮遊感が消えると、そのまま
立つことができるようになった。
「は……なんで俺、助かッたんだ……?」
疑問は尽きない。
あの側近はなにをしたのか、
他3人はどうしたのか、色々と
考えることはあるが、絶対に悩むべきは2つだけだと確信し、
思い切って他を思考から外してしまうことにした。
「よし……姉ちゃんはどこにいるんだ、ここはどこなんだ?」
足元を見ると、金属と木材で組まれたやたら不格好な
橋の上に立っているようで、茶褐色の
大地を縫うようにあちこちに張り巡らしてある。
「見たことねェ橋だが、板と板の間隔広すぎんだろ。
下手すりャ落ちるぞ」
まわりを見回してもだだっ広い大地と橋が架かっている以外は、
上から見えた町も見えない。
少し歩けば森には入れそうだが、
得体のしれない場所で1人森に向かうのは
自殺行為だろう。
「八方手づまり、か……」
(あなたの、姉、君は、ここにいる…)
あの側近の言葉を信じるべきか疑問だが、
姉ちゃんの手掛かりは今はそれしかない。
まいった、と空を見上げた時─
──青空の中に、一点のシミがあることに気づいた。
「ん?」
鳥かと思ったが、まもなくシミはだんだんと大きくなり、
それが人の姿をしていることに
ロインは気づいてしまった。
「えッ、ちョッ、マジでか!?」
声を上げるや急いで落ちてくる人影のもとへと走る。
しかし出来損ないの橋のせいで
思うように走れず、焦燥感が募る。
なんとか下までたどり着いた
ロインは人影の下で待機し、
「待てよ、どうやッて受け止めりャいいんだ!?」
根本的な問題にぶち当たった。
自分と同じようにフワリと浮くかもしれない、
だがその確証がない─
いやそもそも人影を助けようとしている理由が思い浮かばず、
なぜか“あの人は助けなければならない”という
衝動に突き動かされている
ロイン自身が一番困惑していた。
見上げると人影は姿がはっきりわかる距離まで
近づいており、その姿にロインは見覚えがあった。
「……ッ、あのローブ姿、は……」
見間違うはずがない。
それは玉座に腰かけていた魔王、
その姿に違いなかったのだ。
「なんで、俺はあいつを──」
「…ぁぁぁぁ……」
ロインの葛藤する思考に─
「ん?なんか聞こえ……」
「あびゃあああああアズぅぅぅぅ!!!」
──あまりにも情けない悲鳴が割り込んできた。
「へ!?」
自分でも間抜けな声が出たと思う間に
魔王は目の前に落ちてきて。
─ロインと同じようにフワリと浮かび上がると、
ゆらりと地面に舞い降りた。
─姉をさらい、村の娘たちを穢した怪物たちの長。
そして現在、姉ちゃんの行方を知るただ一人の存在……。
緊迫した空気が流れ、
体の奥底から憎しみが湧き出てくる─
「うっ、うぇぇ…ぐすっ……」
はずなのだが─
「アズ、アズゥ…どうして死んでしまった?
ただあの者らを驚かせてやるだけではなかったのかぁ!?
そのうえあんな高いところから落とされるなど
聞いていないぞぉ、どこなんだここぉ……」
恨むべき相手がへたりこんだまま、
ぐすぐすと泣きながら側近への苦言を連ねている。
どうしても強気には出られなかったロインは、
「お、おい。
どうしたんだよ、あァおれでよけりャあ話くらい聞くぞ?
な? だからほら、もう泣くなッて……」
と優しく話しかける。すると
「ぐすっ……な、泣いてなどいないぞ、貴様っ」
というとげのある言葉が返ってきた。
虚勢を張るくらいには大丈夫らしい。
そうですか、と適当に返したロインは、
魔王は尊大な態度をしているが泣き虫、
だが話しかけて返事をしてくれるあたり
交流する余地はありそうだと判断した。
ならば一度だけ賭けてもいいかもしれない。
「まずは自己紹介しておかないか。
名前もわからなくちャ何ていうかほら、
不便だろうし」
姉ちゃんの行方を聞き出せれば御の字と踏んだロインは、
とにかく交流を試みる。
あとはいきあたりばったりでいくしかない。
「俺の名前はロイン。あんたの名前は?」
先に名乗ると、魔王は「ロイン…?」と不思議そうな声でつぶやいた。
何度か名前を反芻していたが、
やがてこちらを向いて口を開いてくれる。
「余は、余の名は─」
その時一陣の風が吹き、
魔王のかぶったフードをめくっていく。
「……えッ?」
ロインはその顔を見て、時間が止まったような
錯覚に襲われた。
抜けるような青空に真紅の髪がなびき、
幼さの残る顔つきに、目を奪われる。
髪の色こそ若干違うが、その容姿は─
「──ミザリー。魔王ミザリーである」
──ロインの姉、ミザリーと全く同じ姿だったのだった。
ミザリー「余の初顔出しにもかかわらず、情けなさすぎではないか!?」
ロイン「陰鬱とした空気が続いていたから明るくてちょうどいいんじゃないかな!」