ブルーベリーカスタードパイ
パイを作ろうという話に決定し
まずは厨房に向かう。
ロインが壁がまだ張り出していると思い
玄関口を抜けて1階の廊下を迂回した時、
幸いにも厨房の場所を把握していたおかげで
すぐに到着することができた。
「パイを作るッて話だけど……
姉ちゃん、パイの生地ッて
どうやッて作るの?」
「なんだお前、
料理が得意かと思っていたのだが
知らないのか?
時間があればじっくり教えてやれるが
今はな……
仕方ない、生地は余が作ろう。
おまえにはカスタードクリームを
作ってもらおうか!」
ミザリーは腕まくりをしながら
厨房へと入っていく。
パイ生地とカスタードクリームが
同時並行で作れれば、
かなり時間は短縮されるはず。
時間が惜しい今は特に
目指すべき目標だった──
「えッ……
俺カスタードクリームなんて、
作ッたことないよ?」
「何ぃ!?」
ミザリーは衝撃を受けた。
魚を捌いていたロインなのだから
料理も詳しいだろうと思っていたのだが、
まさかここにきて
当てが外れることになるとは……
「……お菓子づくりの経験は?」
「全然ない」
「……小麦粉をふるうと言って
何をするかわかるか?」
「網にかけて細かい粉にすることだよね?
うん、それならわかるよ!」
どうやら菓子類を作った経験がないだけで
基本のことはわかっているらしい。
となればやることはひとつ。
「……うむむ、
こうなればすべて余が作るしかないな!
お前は砂糖と小麦粉をふるいにかけて
混ぜておけ!
量はそうだな……
小さな鉢一杯分だ!
それと牛乳を探せ、
卵と牛酪もだ!」
「う、うんわかッた!
すぐに始めるね!!」
ミザリーとロインは手分けして
干されている調理器具から網と鉢を持ち出し、
小麦粉と砂糖を戸棚の中から見つけた。
卵と牛乳、バターはどこかと探していると厨房の床、
その一部が扉になっていることに気付き開いてみる。
中はひんやりとした空気が満ちていて
野菜や果物に卵、牛乳の缶などが詰め込まれていた。
「うォッ、ひんやりしてる!
これもあの悪魔の力かな?」
「うーむ、
すでに死んでいる者では
それはできないのではないか?
この屋敷は普通ではないようだから、
何か特別な造りになっているのだろう」
「そういえばそッか。
俺たちの世界では
完全に魔法だよりだッたけど
……うーん、
これがどんなとこにでもあったら
すごく便利そうなんだけどな……」
「ないものねだりはそこまでだ。
さっさと必要なものを取り出して
作業を進めるぞ!」
ロインと共に牛乳の缶を引っ張り上げ
卵と陶器に入ったバターを取り出して扉を閉じる。
「小麦粉と砂糖をふるったら
教えてくれ。
その間に余は火が付くか試す、
ランシエーヌ殿がなんだか嫌なことを
言っていた気がするのだが……」
ミザリーが不安を胸に焜炉をつけようとすると、
いやな予感は的中してしまった。
「……点かない。
蒸気がどうのこうのと言っていたから
それが原因なのだろうな。
となるとどうするか……」
カスタードクリームを
作るために一番失敗しない方法は
湯煎することだ。
多少時間はかかっても一回で成功した方が
その分時間は浮くはず。
──ふと、
ミザリーの頭の中をよぎる情報があった。
湯、何か思い出しそうなのだが……
「姉ちゃん粉ふるったよ!
次はどう──」
ロインはそう言いかけて
口をつぐむ。
ミザリーは思い出していた。
あれは誰が話していたのだったか──
──シャワーはほかの蒸気機器と比べて
作られた年代が古いもんですから、
別系統になっている可能性が
高いんでやす──
──なんとこの〝しゃわあ〟、
沸いたお湯が出てくるんだよッ!!──
「そうだ〝しゃわあ〟だ!!」
「おおッ!?
なんか知らないけど姉ちゃんが
ひらめいたッぽい!!
それで何!?」
ロインが勢い込んで聞いてくるのに対し、
ミザリーも声を弾ませて答える。
「沸いたお湯だ!
やけどするほどの熱い湯ならば
おそらく湯煎ができる!
お前が〝しゃわあ〟のことを教えてくれたおかげだ!
よくやったぞ!!」
「なんか知らないけど
褒められちャッたよ!」
振るい終わった小麦粉と砂糖を
2つの鉢に分け、
片方にカップで測った牛乳を少しずつ加えていく。
「姉ちゃん、俺何してればいい?」
やるべきことがわからないらしく
おろおろするロインに、
ミザリーは陶器に入ったバターを指さして言った。
「よし、
その牛酪を瓶か何かに入れて
しばらく抱きしめておけ!!」
「抱きしめるんだね!?
すぐやるよ!!」
牛乳を加えながら
小麦粉が〝だま〟にならないようにかき混ぜ、
全て溶けたことを確認すると
すべての牛乳を入れる。
牛乳を入れ終わると
今度は卵を溶きほぐし、
卵の中に今しがた作った
牛乳で溶いた小麦粉を入れていく。
「姉ちゃん、
これいつまで抱いてればいいんだッけ?」
「余がいいと言うまでだ」
「わかッた!!」
すべて入れ終わると、
ミザリーはもう片方の粉が入った鉢を手に取った。
「よし、その牛酪を貸してくれ」
「うん、これでいいのかな?」
ロインが抱きしめて温めたバターは
人肌で柔らかくなり、
すぐに使えそうだった。
「よしいいぞ!
あとは……そうだな、
窯を探してくれ。
パイを焼くなら
窯は必要不可欠だ」
「窯か……
多分そこの壁に作りつけに
なッてるやつがそうだよね!」
「む?」
ミザリーがそちらを向くと、
ここからは見えないが
ロインの立っているところに
窯の扉があるようだった。
「ふむ、そこにあったのか。
……なんとかその窯を
温めておいてくれないか?
すぐに焼くなら加熱していなきゃならない」
「うーん……
よし任せといて!!
なんとかして温めとくよ!!」
ロインが温めたバターを
粉に投入し、
木べらで混ぜ合わせる。
今回は生地にも砂糖を練りこんでしまったが
ロインが慣れていない以上分けてやれと言えば
もっと時間がかかっていたかもしれない、
ゼクルヴィッスが甘党であることを願うしかない。
よく混ざり合ったことを確認すると
手で適度な大きさに丸め、
平らにつぶしておく。
適当な大きさの皿を見つけると、
それを先ほどの氷室のような場所に
放り込んでおいた。
「では余はカスタードクリームの
仕上げに入る!
そちらは任せたぞ!」
「えッ!?
姉ちゃんどこか行ッちャうの!!?」
不安そうな声を上げるロインに
ミザリーは困ったような笑顔を向けた。
「町で離れた時も
ちゃんと合流できただろうが。
それに今度はあれよりも短い、
すぐに戻るから任せたぞ!」
「うェ、えェと……
わかッた……
すぐ戻ッてきてね!!」
ロインに手を振って中身の入った鉢と
からの大きな鉢を持つと、
ミザリーは厨房を飛び出した。
「さてと、しゃわあの使える場所を探さなければ。
ここからだと一番近いのは……
ゼクルヴィッス殿の部屋か?」
2階へと上がり中に入ると、
先ほどと何ら変わらない部屋の中で
小さな扉が目についた。
ロインが探していた
棚のすぐ横にあり、
開いてみると案の定
そこは〝しゃわあ室〟だった。
「この湯のはんどるをひねって、と」
左のハンドルをひねると、
湯気を上げて熱い湯が流れ出す。
ミザリーはその湯を鉢に溜めて
その上で小麦粉の鉢をかき回し始める。
「うまくいってくれよ……」
何度か鉢の湯を代えながら
かき回し続けると、
熱い湯で固まってきたらしく
鉢の中がクリーム特有の
もったり感を持ってきた。
「やったぞ、うまくいった!!」
かき回し続け十分にもっちりすると、
鉢を湯の張った鉢から下ろし
湯を捨てて持って帰ろうとする。
「あちっ!?
……鉢の方は熱くて
持てないな……
仕方がない、
こっちは冷めるまで置いて戻ろう!」
ミザリーが階段を駆け下りて
厨房に戻ると、
ロインが窯に何かを投げ込んでいるのが見えた。
「何をしているのだお前?」
ミザリーが好奇心から聞いてみると、
ロインはこともなげに答える。
「加熱してるんだよ!
どうやッても動かなかッたから、
その辺の燃えそうなものを突ッ込んで
燐寸で火を点けた!」
ミザリーは聞かない方がよかったかもしれないと
頭を抱えた。
「……燃えたか?」
「燃えたよ!
その辺の椅子とか
バラバラにして突ッ込んだら
結構勢いよく燃えた!
……これくらい命狙われたんだし
迷惑料ッてことでよくない?」
ロインの一言にどう返したものか
悩んだミザリーは──
肩を落として頷くことにした。
「そうだな……
もうそれでいいだろう……」
カスタードクリームを台の上に置くと、
先ほどの氷室の中に酒が入っていたことを
思い出したミザリーは
扉を開けて瓶を取り出し、
少し手にかけてなめてみた。
……わずかだが甘みがあり、
いい香りがする。
ウィスキーか何かだろうかと思い
少しだけカスタードクリームに
混ぜておく。
瓶を戻したミザリーは
そのまま先ほど入れたパイの生地を取り出し、
調理台において麺棒を探し出して伸ばしていく。
広げ終わったら生地を折り返して再び伸ばす、
これを5、6回繰り返して
生地を作り上げると、
さっそくパイの形成に入った。
生地で器の形を作りカスタードクリームを
流しいれると、
氷室の中にあったブルーベリーを取り出し
パイの上に飾っていく。
「……よし、
ようやく形になった。
あとは焼き上げておしまいだ!」
「窯の準備はできてるよ姉ちゃん!!」
カスタードパイを持って窯の前に行き、
火加減を見る。
方法は別として
いい火加減になっているらしく、
窯の準備も万全の様だ。
「では焼いていこう」
「いよいよかァ……
どんな出来になるかな?」
窯にパイを入れて扉を閉じ、
しっかりと焼き上げる。
あとはこのパイにゼクルヴィッスが
どう反応するかだけだった。
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屋敷の外を探し回るゼクルヴィッスの鼻を
嗅いだ覚えのある匂いがくすぐった。
なぜだ、
この匂いはもう二度と嗅ぐことはできないと
思っていたのに。
屋敷の方へと目を向けると、
厨房の煙突から煙が上がっているのが
月明りに照らし出される。
懐かしい香りに導かれるように
ゼクルヴィッスはふらふらと
屋敷に向かう。
そのあとをランプを持ったメイド長と
ランシエーヌが静かについていく。
ランシエーヌは煙突から登る
煙に目を向けると、
光のない瞳に一瞬何かが灯ったように見え──
すぐにまた虚無の目へと戻った。
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ミザリー「突貫作業だったがなんとかここまでこぎつけたぞ……」
ロイン「うわ、すごいいいにおいがしてきたよ姉ちゃん……」