〝魔法のランタン〟
フリカッセ家の屋敷、2階。
その西棟最深部に位置する
フリカッセ・ドゥ・ヴォーと呼ばれた
主人の部屋──
その部屋の床の一部がガタゴトと動き
少し持ち上がったかと思うと、
中からミザリーとロインが顔を出した。
「……よし、誰もいないようだ」
床板をわきにずらして部屋の中へと体を持ち上げると、
ミザリーは床をすぐには戻さず
外したままで置いておく。
これで万が一すぐに攻め込まれても、
下の階に逃げることができる。
「ふう……
あいつが見張りを置いておくような
ちャんとした奴じャなくて助かッたね姉ちゃん」
「ああ、それは言いえて妙だな……
もしここで見つかっていたなら
余らは細切れにされていた可能性もあった……」
ミザリーはゼクルヴィッスから
逃げきれなかった可能性を考えて
背筋に冷たいものが走った。
ロインの言う通り、
見張りを置くような几帳面な奴でなくて
本当に良かったと心の底から思う。
「それにしても驚いた……
まさか隠し部屋の中にさらに隠し階段が
あるなんて!
よく気付いたね姉ちゃん?」
不思議そうな顔でこちらを眺めるロインに、
ミザリーは警戒を怠らないようにしながらも
少し自慢げに説明する。
「うむ、
ここの主人は夜ごと書庫の工房で
研究をしていたようだったが、
ゼクルヴィッス殿はそれを最近知ったような
口ぶりだっただろう?」
「うん、確かにそうだね。
……うん?でも廊下の隠し階段を使うと
使用人の部屋の前を通らなきャならないんだよね?」
ロインも気が付いたらしく、
ミザリーは頷いて見せた。
「そうだ。
そして使用人の部屋の戸は
廊下を歩く音が聞こえるくらいに薄いようだ。
現に余らが隠れていた時も、
扉を開ける前に靴の音が聞こえたからな」
「それでも誰も書庫にいるとは
気づかなかッた……」
「うむ、その通り。
だからこの主人の部屋からあの隠し部屋に
直接行ける階段か何かがあると踏んだわけだ」
「なんてこッた……
さすがは姉──」
声を上げようとしたロインの口を手で塞ぎ、
ミザリーは指を口元に添えた。
「しっ。
静かにしろ……
何か聞こえないか?」
「もごもご?」
主人の部屋を離れて玄関口に向かうと、
そこにはゼクルヴィッスがランシエーヌと
メイド長を連れて正面玄関から外へ
出ていくところが見える。
「どこを探しても中にはいなかった……
もしかしたら庭に出て
何かしようとしてるかもしれない……
探せ……」
メイド長が走り去っていき、
ゼクルヴィッスが扉を閉めて
その姿は見えなくなった。
「……どうやら外を探しに行ったらしい。
今のうちならこの屋敷の中を探索できそうだな」
「なら絶好の好機だね!
サッサと調べちャおうか!」
ミザリーはロインと連れ立ち
主人の部屋へと戻ると、
先ほど見た椅子に座らされている主人の亡骸と
倒れたままのメイドの姿があった。
「そうだった……!
あの時襲ってきた女中は2人だったな。
うむむ、何かで縛っておくことはできないか……?」
ミザリーが体の自由が利かないように
何かないかと探っていると、
ロインがメイドに近寄り、
目つきを鋭くさせた。
「……姉ちゃん、
縛る必要はないみたいだよ」
「……なに?
なぜそう言い切れる?」
「これ見て」
ロインがわきにより、
メイドの首筋を見せるように
髪の毛を掻き上げる。
──その首元には深々とナイフが突き立っていた。
「なっ……!?」
「オレがあの悪魔野郎に冷気かなんか食らったあと、
ゼクルヴィッスが先に起きてたから
その時かも。
多分だけどさ、
ゼクルヴィッスこの屋敷の中のやつは
全員殺るつもりなんじャないかな?
ほら、さッきの冊子にはどれだけ命をささげるかッて
書いてなかッたし」
そうなるとこの屋敷の主人も
ゼクルヴィッスが殺したのかもしれない。
殺害したのが悪魔であり、
他人の自分たちを生贄に捧げようとしているのなら
まだ説得の余地はぎりぎりあったかもしれないが、
親すら殺すことに躊躇がなくなっているとすれば
ゼクルヴィッスを説得することは
もう不可能に近いだろう。
……だが、
主人ドゥ・ヴォーの亡骸には争った跡がなく、
椅子は正面を向いているのに書斎机の上はきれいなままだ。
つまり殺した後でわざわざ正面に椅子を戻し、
まるで生きているように見せかけたということになる。
これには意味があるのだろうか?
書斎机を調べても引き出しには何も入っておらず、
一切なにもでてこない。
出てこないと言えば罠の入り切りを管理するような
からくりもなかった。
どうするべきか。
どん詰まりに陥ったとミザリーが思った
その時、ふとひらめいた気がした
〝人を操る方法〟と目の前の状況。
一見して関係なさそうなこの2つが
なぜか結びつくような、
不思議な感覚があった。
「……お前、
いきなりでなんだが先ほど持ってきた
本を調べて人を操る方法を調べよう。
〝悪魔召喚学〟はおそらくいらないぞ。
読んだ限りではそんなものはなかったからな」
「いきなり!?
でも姉ちゃんがそう言うなら!!」
ロインが腰の袋から〝催眠道具一覧〟と
〝秘宝・財宝について〟の本を引っ張り出すと、
書斎机の上に並べてミザリーと共に
調べ始めた。
部屋の中は薄暗く
ランプの1つも欲しいところだが、
今は時間も惜しいために外から入る
月明りを頼りに読み進める。
「姉ちゃんこれは?
〝相手を意のままに操るコイン〟、
見せるだけで相手が自分の思うままに
操れるようになるッて!」
「おお、確かにそれっぽいな……
だがなんだかな、余は違う気がする……」
「確かにそうなんだよね。
相手が悪魔だッたとはいえ
なんだか完全に催眠かけきれてない
感じがしたし」
それにこの暗がりで
コインを見てわかるものだろうか?
という疑問もある。
そう考えながら頁をめくっていた
ミザリーの手が止まった。
「なぁ……これじゃないか?」
「どれどれ?」
それは〝秘宝・財宝について〟の本に載っていた
ある宝物についての記述だった。
──それは火を入れた者の心を灯し、
その火を見れば相手を自らの心と同じに染め上げる
魔法のようなランタン。
だが心が灯るこのランタンは、
時に己も知らない本心を
口走り、行動させることがある。
このランタンは悪魔が作り出した品と
言われており、
もしも悪魔をこのランタンでいいなりにしようとすれば
完全には操りきれず、
いつか手ひどい反撃を受けるだろう。
そして一度この火を灯したならば
決してその火を消されることのないように
しなければならない。
もしも消されてしまうと──
この先は擦り切れているらしく、
文字が読めなくなっている。
しかしこれでこの屋敷が暗くなっている理由も、
悪魔のアバティが変な行動をした理由も
ついた気がする。
「なるほどな……
屋敷を暗くすれば当然明かりが欲しくなる。
そこにランプなりランタンなりがあれば
近寄って手にしようとするだろうな」
「ってことはもしかして……──」
「初めに主人の部屋に置いてあった
あのランプが怪しい。
そしてメイド長がどこからか持ってきた
あのランプと、
今ここからランプが消えていることを考えると……」
ミザリーとロインは顔を突き合わせ、
同時に言った。
『メイド長の持ってるランプが、
〝魔法のランタン〟!』
「そうとなりャ話は早い!
あのランプの灯を消しちまえばいいんだ!!」
「さて、そううまくいくか──」
ミザリーはそこまで口にして、
ロインが書庫でやったことを思い出した。
確かあの時、
ロインは手近にあったランプに火をつけて──
「待てっ!!!」
ミザリーは慌てて
ロインの肩を掴んで揺さぶった。
「お前そういえば書庫でランプに火をつけて
投げ飛ばしたな!?
消されてしまったわけだが
お前は何ともないのか!?
あれも〝魔法のランタン〟
だったりしなかっただろうか!?」
「うォォッ!?
お、俺?
べ別に何ともないけどど……」
がくがくと揺らされながらロインが答えると、
ミザリーは脱力しながらよかったと漏らした。
「……俺のこと心配してくれたの?」
「む……まぁ、ここまで一緒に
やってきた仲だからな。
……それだけだぞ?」
ミザリーが照れ臭そうに答えると
ロインは鼻の頭をかきながら
つられたように笑った。
「へへッ!わかッた!」
ミザリーは本を閉じてロインに渡し、
それではどうするかと考え始める。
「原因が分かった、
操りの種も割れた。
あとはどうやってゼクルヴィッス殿を
誘導するかだが……」
「ねえ姉ちゃん。
この屋敷に最初にやッてきたとき、
俺たち一番に目指した場所があッたよね?」
そう言われてみると、
確かに行こうとして結局たどり着けなかった
場所がある。
「ゼクルヴィッス殿の部屋か」
「うん。
おまけにあの娘はあいつのお付きだッたらしいし、
何か手掛かりないかなッて思ッて!!」
「いいぞ、
調子が戻ってきたな?
では向かう先はゼクルヴィッス殿の部屋だ!」
ミザリーたちは勢いよく駆けだした。
屋敷の外へと目を配りつつ、
一路ゼクルヴィッスの部屋を目指す。
月が大きく顔を出し、
その行く先を照らし出していた。
ミザリー「そういえば罠はどうするか……」
ロイン「……引ッかからないことを祈るしかないかな」