『玉座の間、謁見』
『「姉ちゃん…どこ……?」
「勇者様のお姉さん……何か特徴などはありませんか?
わたしたちも探せます!」
「ああ確かに! 20人程とはいえ全員を見て回るのは骨が折れる」
ジョミノとシャトが姉探しに名乗りを上げますが、
鼻をすすりながらなんとか立ち上がったロスが
首を横に振りました。
「ロインとこの姉ちゃん、ミザリーさんは
珍しい赤味がかった茶髪なんだ。
でもここにいるみんなにそんな髪色はいない。
みんな黒髪か金髪だ」
ふらふらと亡霊のようにさまようロインは、
ひたすら姉に呼びかけつづけます。
「姉ちゃん……どこ……?
俺、助けに来たよ。
一緒に帰ろう……?」
その姿は痛ましく、早く見つけねばと
ジョミノが歩みだそうとした、
その時でした。
「ようこそおいでなさいました、お客人」
空間に若い男の声が響き、一行に緊張が走りました。
今まで女性たちに気を取られて気づきませんでしたが
ここは広間になっているらしく、
暗がりで見えなかった奥に向かって明かりが灯り、
全体が見渡せるようになりました。
「何者だっ!!」
ロスが油断なく問いかけると、
広間の奥に豪華に飾られた椅子──
玉座と思しき場所に座る人物と
傍らに仕えるように立つ、
若い男らしき人影が見えました。
「これは名乗りもせず失礼を。
ですがわたくしめはこの玉座の間にて
魔王様の側近を仰せつかる
ものにございます。
名など知らなくても結構ですよ」
丁寧に、しかし厚かましさを感じさせる言い方で
仰々しく礼をしながら男は答えました。
その側で玉座に座る人物はローブを着てフードを下げており、
その容姿はうかがい知ることはできません。
「お前らか…お前らが姉ちゃんをさらったのか。
言え、姉ちゃんはどこにいるんだ。返答次第で
楽にコロしてやるよ」
ロインが玉座へと向かい歩み始めたのを見て、
まずいと思ったロスとジョミノはそちらに駆けだそうとしました──
しかし。
「うおっ!?」
「うわっ……なんだ!?」
ロインのもとへ向かおうとする2人の服を、
なぜか女性たちがつかみ離さないのです。
「ちょっと、お嬢さん!
今は離していただくことはできませんか!?」
「ミニョ、すまんが今だけは、
今だけは離れることを許してくれ!!」
それでもなお離そうとしない女性たちに説得の言葉を重ねていると、
シャトがもしやと思いました。
「彼女たちは、傀儡の魔術をかけられているのでは!?」
『なにっ!?』
そうすると女性たちの行動にも合点がいきました。
そしてそれに引っかからなかった人物を
誘い出すための罠であることにも3人は気づきます。
「ロインっ!! 待て、奴の狙いはお前だ!!」
「勇者殿、どうか落ち着いてくだされ!!」
「勇者様、お願いです! どうか立ち止まってください!!」
その声は届いたらしく、ロインは立ち止まって振り返り、
笑顔を見せました。
「…クソッ、こんな罠に引っかかるなん──」
「あなたの姉君でしたら、
存じ上げております」
3人への返事の途中でロインの顔は凍り付き、
ぎりぎりと音を立てて玉座の方向へと
顔を向けました。
「……今、なんて言った?」
もはや3人の声は届いておらず、冷たい声でロインは聞き返しました。
「姉君を、存じて、おります。
そう申し上げました」
男は再び仰々しく礼をすると、こう付け加えました。
「正しくはこちらにおはす御方が、でございますが。
わたくしはただ、このお話を賜っただけにすぎません」
側近はゆるりと手を動かし、
玉座の人物を示しました。
「魔王様より」
その言葉を待っていたように玉座の人物は
ゆらりと立ち上がりました。
その瞬間一行は背筋にすさまじい悪寒が走るのを感じます。
「もしやと思ったが、あれが魔王…
ただ立ち上がっただけなのにすごい威圧感だ……!!」
「この状況はいけない! 今ここにいる娘たちを盾にでもされたら、手が出せない!」
「勝てない…力の差が歴然過ぎますっ…無理です!」
3人がほんの僅か思考を巡らせて、
目を離した瞬間でした。
「なら姉ちゃんの居所が
てめェらの遺言だッ!!!」
ロインははじかれた様に、
玉座に向かって駆けだしていました。
『しまった!!』
「勇者様!!」
ロスとジョミノも動こうとしますが、
すでにロインは玉座の目の前まで迫っていました。
「まずはいけ好かねェてめェからだ
側近野郎ッ!!!」
大きく跳び上がったロインは頭上に剣を振りかざし、
力の限り振り下ろそうとします。
すると側近の男は笑いながら言いました。
「おお怖い怖い。
しかし“あなた”はわたくしをコロすことはできません。
何故なら──」
側近の男は懐に手を伸ばし、
短刀を手に取ると─
「これでわたくしは用済みですので」
ずぶり、と自らの心臓に深々と突き立てました。
『はっ!?』
ロインたちは思わず全員が声を上げました。
目の前の事態についていけず、
玉座の前に着地したロインは3人を振り返りますが、
全員何が起きたのか呑み込めておらず、
ただ唖然とするばかりでした。
「ふ、ははは……」
すると足元から弱弱しくもおぞましい笑い声が聞こえて、
思わずロインは目を向けます。
「あなたの、姉、君は……ここにいる、
行きなさい、そこで、あなた方の“運命”が……」
切れ切れの言葉で語る男の手には
いつの間にか青い水晶玉が握られており、
まばゆい光を放ったと思うと───
──ロインはその場から忽然と姿を消していました。
すべて見えていたはずなのに何が起きたのかわからず
顔を見合わせる3人と側近の男の亡骸、
割れた水晶玉がただその場に残り。
──魔王の姿も消えていることに3人が気付くには、
もうしばらくの時間が必要でした』