浮かんだ疑惑
「では、さっそく始めていきましょうか!」
メイド長はアバティから何歩か離れたところに立ち、
両の手を合わせて笑顔で宣言する。
これから起こるだろうことに
合掌しながら、
ミザリーはぼんやりとその光景を見る。
「それではお聞きします。
ご主人様のお部屋で何が起きたのでしょうか?」
「あっ、はい……俺はあそこで召喚の儀式をうけて
この屋敷へやってきました……」
「召喚か……
確かに悪魔なら召喚されても
おかしくはねェな」
ロインが納得した様子で頷き、
メイド長もそこから動くことはない。
それを見つめながら
ミザリーは主人の部屋のことを思い出す。
それらしい魔円陣などもなかったが、
何か特殊な召喚の仕方をしたのだろうか。
「次の質問です。
その、召喚されてからは
何をしていましたか?」
「えっとすね……
なんか人がいっぱい集まってたんで
こう、
オレに従えーっみたいな……」
「あれ?
先ほどあんな人数は洗脳できないと
おっしゃっていませんでしたか?」
「あれ、
そんなこと言ったっけ?
……言ったかな……言った、かも……?」
なぜか煮え切らない態度をとるアバティに
メイド長が一歩、近づいた。
ミザリーは考え込んでいた。
あの部屋でこの屋敷の主人の亡骸が
椅子に座らせてあったが、
それには何か意味があったのだろうか。
ひとまず危機が去ったからか、
疑問がとめどなく湧いてくる。
おかしいと言えばさきほどロインが呪文を唱えると
アバティの体から靄が出ていったと聞いた。
しかし洗脳を解除することでそんな現象が起こるなど
聞いたことがない、
さらには呪文を唱えたということは
それはおそらく魔法の一種なのだろう。
基本魔力はどんな生物にもあると聞くが
魔法への適性がなければ宝の持ち腐れであり、
魔法を使えないものが呪文を唱えたとしても
発動することはないはずなのだ。
ロインは宿屋で、
魔法の類は一切使えないと言っていなかっただろうか?
「なあ、お前……
ちょっといいか?」
ロインに耳元でこっそりささやくと、
周りに気づかれないように
ミザリーの声に耳を傾けてきた。
「どうしたの姉ちゃん……?」
「うむ。少し聞くが──」
ロインに魔法の適性を聞き
ほかに魔力を使う方法を知っているかと尋ねると、
ロインは声を出さずに口だけで
「全然知らない」と答えた。
ミザリーはさらに考え込んだ。
改めて考えてみるとここでの出来事には
不自然なことが多いことに今更ながら気付く。
なぜか消えている屋敷の明かり、
1人でも無事だったゼクルヴィッス、
これだけ騒いでおきながらやってこない外の黒服、
どことなくちぐはぐな答えをするアバティ、
この書庫に納められている
呪文の記された本──
そしてミザリーは、
明らかにおかしいことがあると気付いた。
「……すまないが、少しいいだろうか?」
「次はこの書庫で──はい?
なんでしょうか?」
メイド長が質問を中断してこちらを見る。
ミザリーはその目は見ないようにして
ロインの剣を手でつついた。
「こやつの剣が、
そちらのアバティの体に
突き刺さったと聞いているが、
その傷は今はどうなっている?」
「あぁ、あの傷?
それならほら、この通り
ばっちり残ってるぞ」
アバティは来ている服をめくり、
肌を露出させる。
そこには生々しい剣の刺し傷がしっかりとあった。
「痛さはともかくとして
傷とかはばっちり残っちまうんだよな。
おかげで召喚されたとき用の一張羅が
血でべっとりだ!」
こちらを恨みがましそうに見つめてくるアバティに
ミザリーは疑念を強める。
「……つまり、
何かしら傷ついたならば
普通の人間のようになるということだな?」
「ああ、そうだ」
ぶすりとした顔で答えるアバティに、
ミザリーは疑念が確信に変わった。
「お前、今から戦えるか?」
こっそりロインに耳打ちすると、
ロインは小さく頷いた。
「それがどうしたのですか?
剣で刺されても死なないという点には
驚きますが、
それ以外は傷もありますし……」
ランシエーヌの問いかけに
ミザリーは痛む手を気にしながらも
戦闘態勢をとった。
「……ならばゼクルヴィッス殿が
貴様を顔が変形するほどに殴った跡がないのは
どういうことだろうか。
貴様の治癒能力が高いのならば
違うとも思ったが、
そうでないなら──」
ミザリーは慎重に背後を確認する。
「〝そなたが嘘をついている〟ということになるな、
ゼクルヴィッス殿」
──目の前にいる皆の顔から、
感情が消えた。
その様はまさに人形の様としか表現できず、
見る者の心をかき乱す。
ミザリーが振り返ると、
のそりと起き上がったゼクルヴィッスは
にたりと笑って見せた。
「やっぱり演技が下手な奴が
こんなことやっちゃいけませんね……
悪魔野郎の言い分も
どんどんしっちゃかめっちゃかになった」
「へッ、どうだかな。
しッかり騙されちまッたぜ名優さん」
ロインが顔に汗を伝わらせながら
強がるように言うと、
ゼクルヴィッスはおかしそうに笑った。
「そう言ってもらえるなんて光栄です。
でもそれなら最後まで騙されてくれれば
よかったのに……」
そう言って槍を振り上げたゼクルヴィッスの目には、
狂気の光が宿っていた。
「そうすりゃ痛い思いもせずに
死ねたのにっ!!!」
2人が振り下ろされた槍を
ぎりぎりなんとか回避すると、
書庫の床が大きく裂ける。
もしも食らえばひとたまりもないだろう。
「あいにくと明日にャ俺たち帰るんでな!!
こんなところでくたばる気はないぜ!!」
「あっうっ……言いたいこと全部言われた……
とにかくそういうことだっ!!」
「えッマジで!?
ごめん姉ちゃん、全部言ッちャッた!!」
頭を下げるロインの頭を小突きながら
ミザリーはゼクルヴィッスの側面へと
移動する。
「そんなことは後でいい!!
今は何とかしてゼクルヴィッス殿を
止めるのだ、
そうしなければ余らは間違いなく
ここで死ぬぞ!!」
その声にロインが「任せて!!」と叫び、
ミザリーとは反対側へと飛んだ。
勝てる可能性は正直とても少ないが、
すさまじい強敵を前にミザリーは
膝が震えるのをこらえながら、
なぜゼクルヴィッスがこんなことをしたのか
知りたくなる。
〝橋〟の上で化け物に遭遇した時にも感じた
この思いは、
おそらく不純なものなのだろう。
しかし心の底から湧いてきた衝動には
どうしても勝つことはできず……
そのためにも絶対に
死ぬわけにはいかなかった。
「行くぞ!!」
「来いやぁぁぁぁっっ!!」
助けに来たはずの坊ちゃん、
ゼクルヴィッスとのまさかの3回戦が始まった。
ミザリー「おのれっ、手の痛みをどうにかしなければ……」
ロイン「姉ちゃんさッき悲鳴上げてたからな……
どのみちこいつは半殺し以上は確定だ……」