現れた証人
ミザリーはロインの話を聞き、
拘束されているアバティに
どうにも形容しがたい感情を抱いた。
剣で刺しても死なず、
魔法を操る男が
悪魔であるという言い分には一応納得する。
そして約束を果たしたのに
不意打ちを行ってくるという
卑劣な性格だということもわかった。
……しかしどうにもこの男の行動には
何かしら引っかかるところがある。
なぜこの男は主人の部屋に踏み込んだ際に
弱いとわかっている者たちをけしかけ、
自分は隠れていたのか。
そして行動のほとんどがこちらがしたことに対する
反撃であることにもミザリーは気づいた。
主人の部屋で先に仕掛けてきたのはアバティのほうだが、
それより前にゼクルヴィッスが
彼をさんざん痛めつけていたことをミザリーは思い出す。
そんな目にあったからすぐには飛び出さず、
先に操っている者をけしかけて
様子を見ていただけだろうか?
ほんの瞬きの間に距離を詰め、
一瞬で相手を無力化する能力も持っているというのに。
そしてそもそもの理由、
この男は屋敷に何の目的でやってきたのだろうか。
「うーむ……
お前はこやつの言い分を聞いてどう思った?」
ロインに尋ねてみると、
相変わらずアバティの首に組み付きながら
考えこんだロインは顔を上げて答える。
「……正直信用ならないけど、
洗脳うんぬんッていうところは
半分信じていいかなと思う。
こいつの言うとおりに本の呪文を唱えたら、
なにかヤバそうな靄が出てきて消えたんだ」
「ふむ……
現に目撃している
お前がそこまで言うなら可能性は高いか?」
「こいつの自作自演ッて場合もあるけどね」
うーむ、とミザリーが悩んでいると、
アバティがそろそろと手を上げる。
「あのさぁ……
信じてくれるかは別として、
オレにかかった洗脳は
多分この屋敷の連中にかかったものと
同じだぜ。
オレは悪魔だからすぐには効果が出なかったけど
それでも侵食するくらいにはヤバい奴だ。
もしも洗脳されてたのが信じられないなら、
その辺のやつら引っ張ってきて
呪文で解除してみろよ……」
確かにそうすれば手っ取り早いかもしれないが、
そのためには誰かが廊下の黒服を
引っ張ってくるか
本を持って外に行かねばならず、
どうしてもここを離れる必要がある。
もしかしたら監視の目が緩んだところで
力づくで逃げ出すつもりかもしれない。
その言葉は信用に値するのかと
ロインとミザリーが疑わし気な目を向けると、
ランシエーヌがアバティに尋ねた。
「えっ?お屋敷の人たちは
みんなあなたが操っているのではないのですか?」
「あんな人数無理に決まってるっしょ……
というより今オレは魔力が完全に尽きてんすよ?
〝魅了〟は魔法だってあんたらも言ってたじゃないか、
できるわけない」
「何が言いてェんだてめェは?」
ロインがすごんでみせると、
アバティはマジかといった顔で
ミザリーとロインを見た。
「えっマジでわかんない?
これからメイドさんなり
屋敷の人間っぽい人が
操られた状態でいたら、
原因は俺じゃないって証拠になるだろ?」
「確かにそうかもしれないが……」
「でも裏を返せば、
これで全員がもとに戻ってたら
てめェの仕業だッて確定するわけだ」
なおもミザリーたちが疑う余地を見せると、
ふいに書庫の入り口からギィ、と
扉がきしむ音が聞こえ、
ミザリーはそちらに目をやった。
手に持ったランプでぼんやりと照らされているのは、
主人の部屋で襲ってきた
メイドのひとりのようだ。
メイドはランプを手にゆっくりとこちらに
歩み寄ってくる。
ミザリーたちが警戒していると、
ランシエーヌが声を上げた。
「メイド長ではありませんか!」
「そこにいるのは……
ゼクルヴィッス様とランシエーヌですか!?」
「はい、そうです!
先ほどは私、気付きませんでした……
とにかくご無事なようで何よりです!」
ランシエーヌの姿を見て
メイド長と呼ばれた人物は安心した顔を向け、
ミザリーたちへも目を向けた。
「何やら見かけない方々も
見受けられますが……──」
そしてアバティの姿を見に入れた瞬間、
その目は驚愕に見開かれた。
「あなたはっ……!!?」
「おい!
てめェを見てあんな反応してるッてことは
やッぱ元凶なんだろうが!!」
「いや待て!
あの女中の目、
恐ろしいものを見る目ではない。
あれはどちらかというと……」
ミザリーの声にランシエーヌ、ロイン、
そしてアバティがメイド長の顔を見ると、
その頬は赤らんでおり
目は熱を含んでとろんとしている。
その表情はまるで
恋する少女のようだった。
「……えッ?
いッたいどういうことだ?」
「メイド長のあんな顔、
初めて見ました……」
「すまない、
少し尋ねたいのだが
この男と知り合いか?」
本来ここで期待した答えは
〝屋敷の者たちを操っている男〟なのだが、
メイド長は「はい……」とうつむいて
恥ずかし気に口を開いた。
「その……
わたし、その方に……
熱烈に口説かれてしまいました……」
その返答にミザリーはあきれた目でアバティを見つめた。
この件の原因かもしれない男が、
こちらが四苦八苦している最中に
女性を口説き落とそうとしていたとは。
「ご主人様のお部屋で一部始終を見た私は、
恐ろしさのあまりクローゼットに隠れていました……
その時です。
外から優し気な声がかかり、
そこにいる方が手を差し伸べてくださいました……」
「へェー……」
ロインが恨めし気な目でアバティを見る。
「そしてわたしを引き寄せ、
耳元でささやかれたのです……
『貴方のような宝石がこんな屋敷に
閉じ込められているとは……
ご安心なされよ
我が今は寄り添おう。
そしていずれともに自由の身となるのだ。
このような屋敷という箱の中に
貴方を閉じ込めておくべきではない、
ふさわしき場所にあるべきなのだ』と……」
「その結果が操られて襲ってくるなんて……
こんなのになびくなんてメイド長もアレなんですね」
ランシエーヌの辛辣な言葉に
ミザリーは苦笑いをしたが、
それを聞かされていた当の本人は
冷汗を流しながら「違ぇよ!?」と否定し続けている。
「オレそんなこと言わねぇし!!
呼び方が『我』だから
洗脳されかけたオレが口説いたんだよ!
でもみんな信じてくれねぇんだろうなぁ!!」
必死の形相で叫ぶアバティを見ながら、
ミザリーはふと、
メイド長の発言で気にかかるところがあった。
「『部屋で一部始終を見ていた』と言っていたが、
ならばなぜそなたはこの男の声に
収納の戸を開けたのだ?
この男が屋敷の者たちを洗脳しているところを
見ていたのならば
敵だとわかるだろう?」
ミザリーの問いかけにメイド長は
答えるべきか迷っていたようだが、
ランシエーヌが
「この方たちは信用できる方たちですよ!」と
伝えると、
納得した様子で説明してくれた。
「それでしたら答えは単純です。
洗脳、とやらでしょうか。
それをしていたのはその方ではありませんから」
『なにぃー!!?』
ミザリーたちは叫び、
その先の言葉を紡ぐことができなくなった。
口をパクパクとさせて
今まで疑ってかかっていた男へと
恐る恐る顔を向ける。
そこには大きく鼻の穴を広げ、
勝ち誇った顔で周りを見る
アバティの姿があった。
アバティ「何か言うことは?」
3人『申し訳ありませんでした!!』