その時背後では
床に伸びたゼクルヴィッスと
背後のロインとアバティの2人を交互に見ながら、
ミザリーは信じられないという顔で立ち上がった。
「いったい何が起きたのだ……?
実は余は死んでいて、
夢か何かを見ているのでは……」
「姉ちゃんが死ぬ!?
そんなこと絶対にさせねェ!!
何としても俺が阻止して──」
「ああよし、
いつも通りのお前で現実だと分かった。
うむ、改めて聞くぞ、
いったい何が起きたのだ?」
いつものロインの暴走にくぎを刺しつつ
説明を求めると、
ロインは「その前にひとつだけ」と
前置きすると、
となりでぼけっとしていたアバティの首に組み付いた。
「てめェよくも攻撃してくれやがッたな!!
あと少しで姉ちゃんに当たるとこだッたじャねェか!!」
「ぐおぁぁぁーっ!!
し、しまった!!
ぼんやりしちまうとかアホか俺はぁっ!!」
「お、おい何してる!?
そんな近くにいたら
また攻撃を受けて……!!」
ロインの行動にミザリーは仰天して制止しようとするが、
アバティは抵抗はするものの攻撃のそぶりを見せない。
ミザリーは先ほど頭上を飛んで行ったすさまじい光を
またぶつけられるのではと警戒するが、
それをする気配もない。
どういうことかと不思議そうに眺めていると、
アバティは暴れることをやめて
ぐったりと身を横たえた。
「……チクショーっ!
見栄張って魔力全部使い切るとか
するんじゃなかった……っ!!
あまつさえ避けられちまうとかっ……
恥ずかしさで死ねるぅ……!!」
「……だってさ。
つまりこいつはもう
冷気の類は出せないはず!」
「な、なるほど……?
それで、
いったいどうしてそうなった?」
「わたくしも気になります!!」
その声に振り向くと、
倒れたゼクルヴィッスの介抱をしながら
こちらを興味津々の顔で見る
ランシエーヌの姿があった。
ロインはそれに頷くと、
遠い目をしながら語り始める。
「さッき姉ちゃんが大立ち回りしてた時の
ことなんだ……。
俺がせめて姉ちゃんの援護をしようと
周りを見てた時だった──」
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──ロインはゼクルヴィッスから受けた一撃で
腹を強打しており、
すぐには立ち上がることができずにいた。
しかし目の前でミザリーが果敢に
立ち向かっている姿を見て、
何もしなければそれこそ死人と同じ、と
這いつくばりながら何かできないかと
周囲に目を向けた。
ここは書庫である、
あるのは山積みにされた本ばかり。
武器になりそうなランプも先ほど投げてしまったために
何も使えそうなものがない。
こんな時に自分が魔術でも使えたなら
あの坊ちゃんの後ろに回り込んで
不意打ちを食らわせることもできるのに。
初めは死に体でも飛び出して
坊ちゃんの気を引こうとも考えたが、
万が一にも姉ちゃんが
ロインを守ろうと身を挺し飛び出してきたとしたら、
今の自分には止められないという結論に至り
足を引っ張るどころでは済まないと
その方法はあきらめることにした。
ともあれロインは魔術や魔法の才能のなかった自分に歯噛みしつつ、
せめてなにか手助けできるものはないかと
あたりを探す。
すると、
本の山の中に見覚えのある横顔が見えた。
本を片っ端から読み漁り、
放り投げては次の本を手に取る、という
行動をとるくそったれの背後に
静かに忍び寄る。
「これか!あれこれじゃない……
くそっこれでもない……
わ、我の探しているものはこれでは……
ああちょっとマジでやべぇって!!」
何か独り言をぶつくさと言いながら
男はポイポイと本をそこらに投げ捨てる。
ロインは男の死角に這いより、
そっと腰の剣を抜いた。
「えっと……あった!!
〝メルセブルクの呪文写本〟!!
……え?あってるよな?」
男が首を傾げた瞬間、
ロインはその背中に剣を突き立てた。
男はウッと声を上げ、
背後をゆっくりと振り返る。
「なんだ……?」
「姉ちゃんを傷つけやがッたな……
死んで償いやがれッ……!!」
そのまま剣を深く差し込み、
確実に絶命させたとロインは確信した──
「お前マジで今はやめてくれ!!
そんなことしてる場合じゃねえんだって!!」
男はけろりとした様子で剣とロインを交互に見やり、
本へと視線を戻す。
「……な!?
てめェ、なぜ死なねェ……!?」
「だから、オレ悪魔だって言ってんじゃねぇか。
その程度でくたばるかよ、
すんごく異物感はあるけどな」
そのまま本の頁をめくった男は、
あるものを見つけたらしく声を上げる。
「見つけたぜ、
〝束縛解放の呪文〟!
……なんかいっぱい載ってんな?
どれが我の探すべきこの世界の……
くそっ!浸食がいよいよやべぇ!!」
男は振り返り、
ロインに向かって頭を下げた。
「頼む、
ここに載ってる呪文唱えてくれ!
俺が唱えても成功するかわかんねぇ、
人が作った呪文だから人のほうが成功しやすいはず!」
「……何言ってやがる、
誰がてめェの言うことなん──」
ロインが突っぱねようとすると、
男はさらに深く頭を下げた。
「頼むって!
このままじゃそこにいる
おねいちゃんも危険なんだぞ!?」
ロインは硬直した。
剣で刺しても死なない化け物の言うこと、
聞くべきではないのだろう。
しかし、
姉ちゃんに危機が迫っていると聞いては
ロインはそれに耳を傾けないわけにはいかなかった。
「……それが終わったら姉ちゃんには
危険なことはしねェか?」
「するとしたら俺自身じゃなくて
今進んでる洗脳の浸食だから、
それが終わりゃオレは何もしねぇ!!」
ロインは逡巡していたが、
ここで姉ちゃんならどいう言うかと考え──
「……ッッ!
これだけだからな!!」
と言って本をひったくった。
男は「マジ感謝!!」と叫んで
その場に立つ。
「行くぞ!
〝ちちんぷいぷ──〟!!」
呪文を唱えている最中だった。
背後から姉ちゃんの悲鳴が聞こえ、
ロインはとっさに振り返る。
結果、呪文は不完全なものになったらしく──
「──……」
「あれ、どうした?
……固まっちまってるわ」
ロインは凍り付いたように身動きが取れなくなった。
声を上げようにも喉は音を発することなく、
駆けだそうにも指の一本も動かない。
ロインはしばらくそのままだったが、
それでも周りの音は聞こえていた。
男の方向から何かぶつぶつとつぶやく声が聞こえる。
「……まもなくだ。
我らが〝神〟への供物がそろう、
そこの赤髪の女も捧げるべきか……
そうしよう、
〝神〟もお喜びになるだろう力を感じる……
ああっマジでやべぇって!
おい急いでくれぇっ!!」
叫ぶ男の声に焦りが募り、
なんとか体を動かそうとロインは
身をよじる。
その時体が何かから解放されたように一気に動き、
ロインは男に向かって本をかざし、
目に入った呪文を読み上げた。
「〝いましめを脱し、敵を逃れよ〟ッ!!」
刹那、
男の体から黒い靄が発生し
人の顔をかたどったかと思うと、
そのまま空中へと霧散していった。
「……やった、
やったぜおい!!
大成功だヒャッホウ!!」
「……はァッ!!
終わッたぜ!姉ちゃん大丈夫──」
ロインが姉ちゃんへと振り返ろうとした
その瞬間だった。
「さてと、自由の身になったし
さっき刺されたお返しはしねぇとだな?」
とげのある言葉にロインがそちらに目を向けると、
男は腰を深く落とし
手のひらに青白い光を集めていた。
「ありったけの魔力込めてお返しするぜ……
〝凍り付きやがれ〟!!」
「ッッ!!」
ロインは避ければ背後の姉ちゃんに
当たりかねないことに気付き、
そのまま体で受けようとする──
そして光が放たれたその時、
床に転がった本の一冊に足を取られ
盛大にずっこけることになった。
「危ねッ!!」
転んだことで光はロインの真上を通過していき、
そのまま背後へと向かう。
血の気が引きながらそちらを向くと、
なぜかミザリーも転んでおり、
光は坊ちゃんの顔に直撃した。
「あ……やべ……」
そしてことは現在に至るのである。
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ミザリー「……」
ロイン「あと少し動いたらどうにかしてコロす」
アバティ「うげ……首しまって苦しい……」