起動させられた罠
ミザリーを先頭に屋敷の中を
探索しようとしていた一行は、
想定外の事態に見舞われていた。
「あっ、そこの床は踏まないようにして──」
「えぇっ!?ここもか!?」
「おいちョッと待ちやがれ!
どんだけあるんだよ罠ッ!!」
「こちらの棟だけでも300個近く……」
屋敷の中は侵入者対策として
罠が仕掛けられていると
ランシエーヌが言っていたが、
その密度が半端なものではなかった。
勢い込んで歩き出したはいいものの、
一歩踏み出した瞬間に見事に罠を踏み抜き、
あやうく串刺しになりそうになったのが
つい先刻。
ミザリーたちは玄関口から
およそ10歩も進むことができては
いなかったのだった。
「てめェん家は要塞でも作る気だッたのかよ!?
明らかにただの屋敷じャねェ!!」
「いやぁ、
父さんが遊び心で作ったらしいんですが、
まさかこんな避けにくい配置になってるなんて
思わなくて……」
ゼクルヴィッスは面目ないという顔で
頭を下げる。
これだけの罠を設置しておきながら
ただの遊び心とは、
この屋敷の主はいろんな意味で
やんちゃな人だったのだろうと
ミザリーはぼんやり考えていた。
「お屋敷の中の構造を覚えるだけで
音を上げるメイド見習いの方は、
毎年多くいらっしゃいましたねぇ」
「その言い方からすると
まさかとは思うが、
この罠の位置をすべて
暗記させられていたのか……?」
恐る恐るミザリーが尋ねると、
ランシエーヌはこともなげに
「はい」と答えた。
先ほどからどこを触ってはいけないのか
ランシエーヌが教えてくれるおかげで
最初の1つ以外には引っかかることは
なかったが、
まさかすべて覚えているとは……
「お屋敷の罠が発動したのは、
試験運転した日を除けば
おそらく今日が初めてだと思います。
誰が起動したのかまではわかりませんが、
お屋敷に勤める方は皆さん
知っているので、
その中の誰かとは思います」
「ふむ……
罠の場所はゼクルヴィッス殿も
知っているのか?」
ミザリーが聞いてみると、
「そうですね」という返事があった。
「何かの拍子で起動して
住んでいる者が引っかかるなんて、
笑い話にもなりませんから」
「……違いない」
ミザリーが乾いた笑いを返すが、
実際問題どうしたものか考える
必要がある。
この屋敷の中に
フリカッセ家に災いを招いた
張本人がいるのだとして、
このままでは探すことすらままならない。
「それにしても、
場所を知っていても実際に避けるとなると
すごく大変ですね……」
「なァ、もしかしてその変な奴さァ、
この罠にかかッてくたばッてないか?」
ロインが一言ぼそりと漏らすと、
ミザリーもその可能性もないことはないが、と
考えていた。
ゼクルヴィッスが屋敷の中で見知らぬ男を
見かけたというのが今朝のこと、
もしもその男が今日初めてここに
来たというのなら
所狭しと仕掛けられている罠をかいくぐるのは
容易ではないだろう。
だが、問題なのは〝屋敷の人間を操っている〟
という点にある。
例えば事前に屋敷の者に接触して罠のことを聞き、
場所を把握していれば避けることは
可能かもしれない。
現にメイドであるランシエーヌが回避方法を
知っているのだから、
操っている時点でその可能性はあるだろう。
「うーむ……
人を操れるなら、
罠の場所を知っている可能性が高い。
残念だが罠にかかっているというのは
望み薄かもしれないな」
「そッかァ……」
たしかにそれなら話は早いだろうが、と
ミザリーは笑った。
「しかし何にしても
こんなに罠が敷き詰められていては
余らでは身動きが──」
そこまで話したときに、
ふとミザリーは気付いたことがあった。
「2人に聞きたいのだが、
ゼクルヴィッス殿の部屋に向かうときには
罠は少なかったように思うのだが、
なぜこの廊下には多いのだ?」
その問いにランシエーヌもゼクルヴィッスも
不思議そうに首を傾げていた。
「……そういえばどうしてでしょうか?
ご主人様のお部屋はこの上の階ですし……」
「この先にあるのは使用人の部屋と、
あとは書庫ぐらいのものですが……」
「ふむ……?」
ミザリーはその答えから何かしら
わからないだろうかと考えてみたが、
それ以上ひらめくことは特にはなかった。
「うーむ、
わからないな……」
「そうですか……
俺たちも考えたほうがいいかな、
姉さん」
「そうですね、
何もかも頼りきりというのも
悪いでしょうし」
頭をひねりながら腕組みをした3人に、
ロインは「そういえばよ」と手を上げる。
「この罠ッて蒸気で動かしてるッて
言ッてたよな?」
「はい、その通りです。
ダニエル様の言う通りならば、
シャワーなどの古い蒸気管から
蒸気をとっているのだろうと……」
「それは確か、
止めることができないとも言っていたな」
しかしそれがどうかしたのだろうか。
ロインはその返答に少しばかり考え込むと、
「じャあよ、
設置した奴は一度起動した罠を
どうやッて止めるつもりなんだ?
いつまでも動かしッぱなしにしてたら
危ねェし」
と、心底わからないといった顔で尋ねた。
「おそらくですけど、
ご主人様のお部屋にでも
一括で制御するための何かが──」
ランシエーヌがそこまで答えた瞬間に、
全員がハッと顔を見合わせた。
「ゼクルヴィッス殿!!
罠はそなたが起動させたものか!?」
「いいえ違います!!
俺が屋敷の中を見て回っている時に
起動させられたものだと思います!!」
「罠を制御するのならば
お屋敷の主が行ったほうが確実、
となれば謎の男は……」
「罠を起動させるために、
主人の部屋に行ッたんだな!!」
そして屋敷を探し回っていたゼクルヴィッスが
男を見つけられていない。
となれば居所は一ヶ所だけだろう──
「部屋から逃げた男は元の場所へと
戻ったのだな!
そこでおそらくここのからくりに
気付いて、
罠を起動させておいたのだろう」
「でも、
私たちは場所を知っているのになぜ?」
ランシエーヌの疑問にミザリーは思うところがあった。
「確かそなたが言っていたな、
『罠が起動しているなら
利用してはめてやる』と。
そなたらがかかる必要はない、
余らのような部外者が引っかかって
足止めなり時間稼ぎなりすれば──」
「男は対策を立てる時間ができる!!」
それはつまり
罠を避けようとして時間をとっている現状は、
男の思う通りに事が運んでしまっていることになる。
「急ぎましょう!!
ご主人様のお部屋は2階の西棟、
一番奥になります!!」
「これ以上時間は
掛けられない!!」
4人は玄関口に戻って2階へと駆け上がり、
左へ曲がると薄暗い廊下をひた走る。
この屋敷の主人の部屋、
聞く限り何もかもの始まりの場所が
決戦の場所になるだろうことを予期して、
満ちる冷気にミザリーは体を震わせた。
ミザリー「どんな奴が出てくるのか……」
ロイン「強いのか情けないのかわかんないね……!」