強襲 フリカッセ・オー・ゼクルヴィッス
蹴り破られた床と男を見ながら
倒れ込んだ体を必死に起き上がらせて
ミザリーとロインは男から距離をとる。
あんな威力の蹴りを
まともに食らっていたらと思うと、
ミザリーは今更ながら背中に寒気が走った。
「あびゃぁぁぁ……」
「ああッ、
姉ちゃん大丈夫!?
あの野郎は俺がばッちり
ぶちコロしておくから!!」
しかし、その言葉を聞いた瞬間に
背後から風を切る音が聞こえたミザリーは、
慌ててロインの頭をひっつかんだ。
「しゃがめぇっ!!」
「うおおッ!?」
その場に伏せたミザリーたちの頭上を
何かがすさまじい速さで通り過ぎていく。
ばきゃり、という音と共に
何かの粉が降って来るのを感じたミザリーが
顔を上げてみると──
屋敷の壁に男の足がめり込んでいた。
壁からは漆喰が剥がれ落ち、
中のレンガまで完全に砕かれている。
「あ、あびゃぁぁ……」
「姉ちゃん立ッて!!
今は離れなきャ!!」
ロインに急かされて身を起こし、
前のめりになりながら
駆け出したミザリーたちの背後から、
男のどすの利いた声が聞こえてくる。
「逃がすとでも思っているのか!」
思わずミザリーが振り返ると
男が再び跳躍し、
暗がりの通路へ飛び込もうとしていた
ミザリーたちの前へと着地し、
行く手をふさいだ。
「この……バケモン野郎がッ!!」
ロインが腰のナイフを抜いて斬りかかると
男はそれを難なくかわし、
反撃にロインの腹へと拳を打ち据えていた。
「おぐァッ……!!」
一撃をもろに食らったロインの体は
後ろへと吹き飛ばされ、
ミザリーもそれに巻き込まれて
階段の上の通路をごろごろと転がる。
「ぐぁっ……!!
くっ、お前……大丈夫かっ!?」
「ぐ、おげ……
だ、大丈夫……!」
「化け物だって?
貴様らに言われたくはないな……
俺の家族を葬っておきながら
そんな言い草ができる、
貴様らこそが化け物だ……!!」
ミザリーは首を傾げた。
いったい何のことを言っているのだ?
ここにやって来たのはつい今しがた、
それもランシエーヌの先導がなければ
たどり着くことも出来たかどうかも怪しい。
何か決定的な食い違いが起きている、
それだけは今のミザリーの頭でも分かった。
「ま、待ってくれないか──」
「問答無用っ!!!」
男はそのまま追撃のかかと落としを
ロインに向けて振り下ろしてくる。
ミザリーはロインの体をつかんで
後ろ側へとでんぐり返り、
すんでのところでかわすことができた。
「ええい、待てと言っているだろうに──!!」
ロインを後ろへと下げてから
ミザリーは男へと殴り掛かる。
男の顔面を確実にとらえたはずの拳は、
しかし次の瞬間には空を切っており、
ミザリーは手首をつかまれて腕をひねりあげられていた。
「うぁっ……!!!」
うかつに身じろぎをすれば
骨を折られることは間違いない。
ミザリーは暴れることをやめて、
代わりに男の顔をにらみつけた。
「へぇ、ちょっとは格闘に詳しいらしい。
だがこのままでも貴様の腕一本
へし折ることぐらい……!!!」
男の手の力が強まり、
いよいよ腕がぎしぎしと音を立て始めた、
その時だった。
「待ってください坊ちゃん!!」
玄関口に少女の声が響き渡ると、
男の力が弱まった。
ミザリーが何とか身をよじって
階下に目をやると、
ランシエーヌが階段を駆け上ってくるところが
目に入った。
「姉さん!?」
「坊ちゃん、
手を放してはもらえませんか!?」
ランシエーヌの訴えに
男の力がどんどんと弱まり、
ミザリーの手が放されると
男はなぜという顔でランシエーヌの顔を見た。
「え、でも姉さん……?
こいつらはあの化け物の仲間で……」
「……?
何を言っているんですか?
こちらの方々は私が呼んできたのです。
いうなれば坊ちゃんの言っていた
外からの助けです!」
男はしばらくランシエーヌと
ミザリーとを交互に見ていたが、
やがて顔を青ざめさせて、
その場にうずくまって頭を床にこすりつけた。
「誠に申し訳ございませんでしたっっ!!!!
姉さんが連れてきてくれた助けとは思わず、
あまりにもひどい仕打ちをっっ……!!!」
「本当に申し訳ございませんでした!
坊ちゃんをどうか許しては
もらえませんでしょうか!?」
1階の玄関口に降りて頭を下げ続ける
男──ゼクルヴィッスとランシエーヌに
おろおろとしながらミザリーは答えた。
「いや、だからそれはだな、
もう済んだ話という事で
いいではないか。
それよりも今の状況で
ここにとどまるほうが危険なのではと
言っているのだが……」
「姉ちゃんの言う通りだ!
こんなとこでバカやッてる場合じャねえだろ!」
言い方に難のあるロインを
軽く小突きながら、
しかしその言い分も一理あると
ミザリーは思っていた。
いつまた黒服たちが現れるかも
わからない上に
ゼクルヴィッスの言っていた
化け物の話も気にかかる。
どこか安全な場所を
見つけて話すのならともかく、と
ミザリーが思っていると
ゼクルヴィッスが顔を上げた。
「ですが、このエントランスホールには
あまり操られた者たちも化け物も
近寄っては来ないものですから……」
「む、そうだったのか──
……ちょっと待て、操られたものだと?」
この玄関口が安全だとわかったことは
いいことだが、
あまりにも気になる言葉が飛び出してきた。
操られている、とはどういうことなのだろう?
「短く話せば文字通り、なんです。
この屋敷の主人、フリカッセ・ドゥ・ヴォーが
とある妙な本を開いてから、
おかしな出来事が始まったのです」
ゼクルヴィッスは、
自らが見たことと体験したことを
しずしずと話し始めたのだった。
ミザリー「なぜ階段の上で剣を抜かなかったのだ?」
ロイン「狭いところで抜いたら姉ちゃんが危ないと思ッて……」