フリカッセ屋敷侵入
フリカッセ家の屋敷への侵入は
厳しいものになるだろうと考えていた
ミザリーの考えは、
悪い方向でまさに的中していた。
「おのれ、
こっちにも見張りがいる……
どこに行っても黒服だらけだ」
ブルーマン・ショップを出てから
大通りまで出ることには成功したものの、
町のいたるところに
黒服たちが徘徊しており、
あちこちを迂回しながら
パンフレットの地図を頼りに
ランシエーヌの先導で
屋敷付近までは来ることができた。
しかし問題はそこからだった。
ランシエーヌの提案に従って
裏門から入ろうと向かった道には
大勢の黒服たちが配置されており、
とてもバレずに入ることはできない。
今度は屋敷の周りに建てられている塀に沿って
侵入口を探す。
だが、そのあたりにも見張りの黒服が
うろうろしていて、
うかつには近寄ることすらできなかった。
「どうしましょうか……
私は正門から飛び出してきましたが、
そこはすでに固められているでしょうし……」
「だがランシエーヌ殿の示してくれた
裏門からは、
どう見積もっても侵入は不可能だ。
そして周りの塀もこうして
見張られているとなれば──」
「必然的に入れるのは正門から
だけッてことになるわけだね姉ちゃん……」
「その正門にはまだ行っていない以上、
もしかしたらすべてふさがっているという
可能性もあるわけだがな……」
しかし、
もしも正門が開いていたとしたら
戦略の素人が見ても
罠とわかる状況に、
ミザリーたちは悩んでいた。
しかしどうあがいたところで
ほかに侵入口が見つかるわけでもない。
「陽動作戦をするには
人数が少なすぎる。
もしも罠だったとしても、
正面から入るしかなさそうだな……」
「罠があるなら食い破るのですね?」
こちらをきりっとした顔で見つめるランシエーヌに、
この女中もなかなか肝が据わっているなと
ミザリーは半ば感心して見つめていた。
仕える主のためにここまで覚悟を
決められるというのはそうはないだろう。
よほどその主ができた人物か、
あるいはこの女中がその主に
恋焦がれているのか。
「何はともあれ、
まずは行ってみよう」
再びランシエーヌの先導で
屋敷の正面へと回ってみると、
案の定、正門には誰一人として
見張りが立っていなかった。
「やはり罠だろうな。
しかし今この瞬間に泥棒にでも
入られたらどうするのだ、
見張りの1人はいるべきだろう」
「そんときは泥棒を囮にして
突ッ込んじャえばいいんじャないかな?」
「そして泥棒さんには尊い犠牲に
なっていただきましょう……」
存外と余裕のありそうな
ロインとランシエーヌの反応に、
ミザリーも笑って返す。
「なかなかいい小噺だ、
あとでおひねりを渡そう」
辺りを見回してから正門へと駆け寄り、
敷地の中へと侵入する。
タルタルフィッシュの少年が言っていたように
いよいよ行動が間諜じみてきたなと
ミザリーは一瞬笑ってから、
すぐに思考を切り替えた。
敷地の中は暗く、
あちらこちらにランプが
灯してあるものの
足元はおぼつかない。
ゆっくり、しかし迅速に
広い庭園を駆け抜けていくと、
輪郭しか見えていなかった大きな屋敷が
はっきりと姿を現した。
明かりは最低限しか灯っていないらしく、
屋敷のあちこちは暗いままである。
どこかでランプを手に入れなければと
ミザリーはしっかりと記憶に刻んだ。
「正面玄関の鍵は私も持っています、
これで中に入りましょう」
「うむ、頼むぞ」
ランシエーヌが扉に鍵を差し込みまわすと、
ガチャリ、と大きな音が響いて
慌てて全員で辺りを見回す。
そして誰もこちらに来ていないことを
確認すると、
扉を引いて屋敷の中へと入った。
そこは大きな玄関口になっており、
目の前に2階へと上がる大きな階段と、
天井には大きなシャンデリアが提げられている。
床にはビロードのじゅうたんが敷かれ、
来るものを歓迎するように輝いていた。
「はえー、
すんげェ装飾の凝った蝋燭立てだ。
……魔王城より立派なんじゃないかな?」
「くぅっ、
悔しいが余にもそう見える……
どれだけの財を成しているのだ……?」
「今が平時であれば
いくらでも言葉を重ねて説明しますが、
あまり余裕はありません。
今すぐに坊ちゃんのもとへ行かなければ……!!」
ランシエーヌは言うや否や2階へと走り出し、
ミザリーとロインもそれに続いていく。
登りきったところで左右に分かれた通路を
右に折れて、
廊下を3人で走った。
「まもなく坊ちゃんのお部屋です!
このままついてきてください!」
「だからッて早すぎんだろ!!
姉ちゃんついてくのがやッとなんだぞ!!」
「そ、そんなことはないぞ!!
勝手なことを言うな!!」
そう言いつつもミザリーは
息を切らせて走っており、
実際ついていくのがやっとであった。
そして走りながらも辺りに
一応ながら気を配っていたミザリーは
カチリッ
という機械的な音を耳で拾っていた。
「ぜぇ、はぁ……?
今のは何の音──」
まさに瞬く暇もなかった。
突如、
ランシエーヌとミザリーたちの間に
轟音と共に壁が現れ、
ランシエーヌの姿が見えなくなってしまったのだ。
「うおォッッ!?」
「何ぃっ!?」
ミザリーとロインは立ち止まろうとするが、
勢いが止まらず、
仲良く壁に顔をぶつけることになった。
『ぎゃむ!!!』
したたかに顔を打った2人は
よろけながら後ろへとあとずさる。
「痛たた……
おい、顔に怪我をしてないか
見てくれ……」
「見せて姉ちゃん!!
……うん、少し鼻が赤い以外は
怪我も何もないよ!!」
「よし。それ、
お前の顔も見せてみろ」
ミザリーは軽く自分の鼻頭を抑えるが、
ロインの顔を見てミザリーは
たじろいだ。
「……おい、平気なのか?」
「ん?平気ッて何が?」
「鼻血が出てるぞ」
「マジで!?」
ロインは手で鼻をぬぐって血の量を見ると、
「ああ」と軽く笑った。
「これくらいなら大したことないよ、
すぐに止まるって」
「そ、そうか?
それならばいいのだが……」
ミザリーはそこまで言ってから、
当然のようにロインのことを心配している
自分に気が付く。
少し前まで話しかけることすら
憚っていた自分が少し馬鹿らしくなり、
ミザリーは自然と笑いだしていた。
「ふふっ、あははは……!」
「ヘヘ、へへヘヘッ」
「あの、お2人とも大丈夫でしょうか!?」
突然聞こえたランシエーヌの声に
慌ててミザリーは取り繕うように答える。
「だ、大丈夫だぞ!?
そなたこそ平気なのか!?」
「はい、私は大丈夫です!!
どうやら侵入者対策の罠が
起動しているようで、
私が踏んでしまったようです!
ですがこの仕掛けも蒸気で
動くはずなのですが、
ダニエル様の言っていた
シャワーと同じ別口の蒸気で
動いているのかもしれません!!」
そのあたりのことになると
ミザリーたちはちんぷんかんぷんなので、
素直に頷いておく。
「そうか!
そなたとどうやって合流すればいい?」
「私のほうがお屋敷の構造には詳しいので、
私がそちらに向かいます!
坊ちゃんの無事を確認しましたら
近くに階段がありますので、
そこからエントランスホールに向かいます!
そこでお待ちくださいませ!」
力強い返答にミザリーは頷くが、
隣のロインは納得しきっていないらしく、
大声で聞き返した。
「ちョッと待てよ!!
お前はこの屋敷の中を
1人で進む気か!?
黒服とばッたり出会ッたらどうする!!」
その言葉にミザリーはハッとなったが、
ランシエーヌはそれにもはきはきと答えた。
「罠が起動しているのなら
しめたものです!!
やってきたら罠にはめて
身動きできなくしてやります!!」
「それではあとで!」と聞こえてから
何も聞こえなくなったので、
ランシエーヌはすでに玄関口へと
向かったのだろうことがわかる。
ミザリーたちも来た道を引き返し、
まもなく玄関口という所まで戻ってきた。
「それにしても、
お前がランシエーヌ殿の心配をするとは。
少しばかり意外だな」
ミザリーがふと思っていたことを
口に出すと、
ロインはなぜかあまりいい顔をしない。
どうしたのかと眺めていると、
ロインが苦々し気に口を開いた。
「姉ちゃん、
あの女に気を許していいのかな?
なんとなく気になってさ……」
「それは、どういう……」
そう聞き返そうとするが、
その質問は途中で途切れることになった。
ロインが目を見開いて前を見ているのが気になり
ミザリーもそちらへと視線を向けると、
その先には向かいの通路に1人の影が
暗がりの中に立っていた。
黒服とは違う、
どこか気品のある服装。
だがその服装はよれており、
なにかしらもめ事があったことを
知ることができる。
そして人影はミザリーたちのほうへと
顔を向けてきた。
その人物はまだ青年と言っていい若い男であり、
精悍な顔つきでこちらをにらんでいる。
「──今、何て言った?」
青年から何かを尋ねられていることはわかる、
だが何を聞かれているというのか?
「貴様ら、今〝ランシエーヌ〟と
口にしたな?」
「……もしや」
ミザリーは身なりや纏う雰囲気から
目の前の男が直感的に
例の〝坊ちゃん〟ではないかと思い、
声を上げようとする──
「そなたもしやすると──」
「姉さんの名前を、
軽々しく口にするなぁっ!!!
このゲス野郎どもがっ!!!」
いうなり、
男はかなり距離があるにもかかわらず
こちらに向かって飛び掛かってきた。
天井のシャンデリアを足掛かりにして
大きく跳躍すると、
ミザリーめがけて飛び蹴りを放ってきた!
「危ないッ姉ちゃん!!」
「っ!!?」
ロインがミザリーに飛び掛かって
階段の方向へと大きく飛ぶと、
男の蹴りが床に突き刺さり
板がめくれ上がった。
「な……何者だっ!?」
「てめェ名乗りやがれやッ!!」
ゆらりと立ち上がった男は、
殺気を隠そうともしない目で
こちらをにらみつけてきた。
「お前たちは殺す……
フリカッセ家は俺が守る……
このゼクルヴィッスが絶対に!!」
ミザリー「いや蹴りで床を突き破るのが人間技ではないと
いう意味での何者だったのだが……」
ロイン「あれ!?名前聞いてるんじャなかッたの!?」




