向かうはフリカッセ家
しばらくしてロインの姉攻めから
解放されたミザリーは、
身なりを整えながら少女へと尋ねる。
「ふむ、
それでは一息付けたところで
そなたが何者なのか、
なぜ追われていたのか
改めて尋ねてもいいだろうか?」
「えっ、あの……
坊ちゃんから助けを求めるようにと
お話ししたのでは不十分ですか……?」
「不十分だから姉ちゃんは聞いてんだろうが」
ロインを押しのけながらミザリーは
気にしなくていいと前置きをする。
「確かに聞いてはいるが、
詳しく話してもらえば何か対策を
立てることも出来るだろうと思ってな。
こちらのダニエル殿は
そなたらのことを
知っているようだし、
何かわかるかもしれない」
ミザリーの言葉に
少女は納得したらしく、
ミザリーたちを見回してから
少女は話し始めた。
「私はフリカッセ家にて
メイドをしております、
ランシエーヌと申します。
坊ちゃん専属の者ですので、
知らないとは思いますが……」
少女の名前を聞いて、
ダニエルがほう、と息を漏らす。
「あなたがランシエーヌ嬢ですかい、
お噂はかねがね」
「えっ?
知っているのですか?」
「もちろんでさぁ、
服屋の情報網をなめてもらっちゃあ
困りやすぜ。
ことフリカッセ家の場合には
呼び出しを受けて売りに行くことも
ありやすんで、
家の方の好みは把握してやす。
もちろんメイドさん方の服も
用意していやすぜ」
得意げに話すダニエルに
やはりとんでもない男だと
ミザリーがあっけに取られていると、
少女──ランシエーヌが
慌てた様子で声を上げた。
「って、こんなことをしている場合では!!
ここでのんびりしているわけには
いかないんですっ!!
早くお屋敷に戻って
坊ちゃんをお助けしなければ……!!」
「いやだからよォ!!
そのために早くお前の状況話せッて
言ッてんじャあねェかッ!!」
がなり散らすロインの頭を軽く小突くと、
ミザリーはランシエーヌに話を促す。
「すまない、
連れが驚かせてしまったな。
とにかく、話を聞こう!」
「あ……はい、
申し訳ありません。
ありがとうございます!」
ミザリーが少女に頭を下げると、
ロインが笑って鼻の下を
こすっているのが見えて
ミザリーは不思議そうな顔をした。
「では何はともあれ、
お話を聞きやしょうか。
短くわかりやすく聞くとなると、
何が起きたのか、
そして味方は誰か。
この2つを聞けば
大丈夫でやしょうか」
「味方がだれか?
それ聞く意味あんのか?」
ロインの問いにダニエルは
頷いて答える。
「黒服の方たちは
本来フリカッセ家の
護衛をされている方々、
にもかかわらず
ランシエーヌ嬢を襲ってやした。
味方と分かってる人以外は
全員張り倒して進んだほうが
早いですぜ」
「考え方が偏ッてんな。
だがわかりやすくていいぜ!」
不敵に笑ったロインとダニエルに
頼もしさを感じる一方、
何やら暴走しそうな様子にも
ミザリーはハラハラしていた。
「えぇと、
それでしたら間違いなく
坊ちゃんは味方でございます。
何より助けを求められたのは
坊ちゃんご自身、
それが何よりの証拠でございます」
「そしてランシエーヌ、
そなたも味方だな」
ミザリーの一言に「えっ」と
声を上げた少女は、
こちらを不思議そうに見つめた。
「味方である坊ちゃんの
お付きであり、
願いを託されたそなたも
味方に違いないだろう?」
「……はいっ、
間違いありません!!」
ランシエーヌの満面の笑みに
全員が頷くと、
しかしランシエーヌの顔が
そこで曇った。
「……味方と言い切れるのは、
以上でございます……」
「え、マジかよ……」
「では坊ちゃんとやらは、
いま独りで抵抗している
可能性があるのか」
「確かに急いだほうが
よさそうでやすね。
しかし何も知らずに突っ込めば、
相手の術中にはまりやす」
ダニエルの一言で再び
ランシエーヌに視線が集まるが、
ランシエーヌは申し訳なさそうに
首を振った。
「……私も何が起きたのか
把握はしていないんです……
お話しできることは……」
「何言ッてんだお前はよ」
またもそっけないことを言ったロインに
ミザリーが厳しい視線を向けると、
ロインは鼻を鳴らして言い放った。
「そこにいたお前の感じたことは
間違いなく突破口になるぜ。
俺たちはまた聞き、
お前は実際に見聞きしたことだ。
情報には雲泥の差がある」
続く言葉は存外と相手を励まし、
かつ情報提供を求める
言葉だったことに対し、
ミザリーは思わず驚いた顔になって
ロインを見つめた。
「……お前……」
「褒めてくれると
うれしいんだけどな?
姉ちゃん!!」
そこにいたロインの姿は
ミザリーがよく知るロインで、
なんだか先ほどまで感じていた
違和感や不信感は
薄くなっているのを感じたミザリーは、
ロインとの距離が少し
近づいたのを感じていた。
「……もう少し頑張ったならな?」
「ええッ!?まだ駄目!?」
返答に少しばかり笑ったミザリーは、
ランシエーヌに向けて微笑んで見せた。
「こやつの言う通りだ。
そなたの聞いたこと、
見たこと、何でもいい。
少しでも知っておきたいのだ」
ランシエーヌはしばらく
呆気に取られていたようだったが、
やがてその身に活力が戻ったように
身を前に乗り出して話し始めた。
「わかりました……!
お屋敷の方々(かたがた)が
今朝からなにか様子がおかしくなっていて、
全員がどこか上の空だったのです。
坊ちゃんと共にお部屋にいた
私以外が全員です。
その時にお屋敷を見回りましたが、
なぜか蒸気の出るものの元栓が
全て閉めてあるのか、
使えなくなっていました……」
「蒸気の元栓を?
そうなるとシャワー以外は全滅でやすね。
シャワーはほかの蒸気機器と比べて
作られた年代が古いもんですから、
別系統になっている可能性が
高いんでやす」
「そちらに、もとせん?はないのか?」
ミザリーの問いに
ダニエルは首を横に振った。
「ありやせん。
蒸気供給所から直接
あちこちに配管されてやすから」
「なるほど、
それが吉と出るか凶と出るか……」
「よし、
そこまではわかッたッてことで
続きがあッたりしないか?」
ロインの催促に
ランシエーヌは「あります!」と
答えて手続きを語る。
「午後になってから
私たち以外の姿が消えて、
お屋敷の中がひんやりとしてきたんです。
それから坊ちゃんの部屋に戻ると、
坊ちゃんが何かを見たらしくて、
私に『すぐに屋敷の外へ助けを呼びに行け』と
言われたんです。
その時でした、
黒服の警備の方が坊ちゃんの部屋に
やってきて、
襲い掛かって来たんです……!!」
「!?では、
その坊ちゃんとやらは……!!」
ミザリーは最悪の状況が頭をかすめたが、
ランシエーヌは即座に「いいえ」と否定した。
「襲い掛かってきた警備の方は
坊ちゃんが倒されて、
私をお屋敷の外へ送り出して
くださったんです」
「おい話が変わッちまわねーか?
坊ちゃんを助けに行くのに
坊ちゃん1人で大丈夫そうじャねェか!」
ロインの言葉にミザリーも
確かにと頷いた。
今の話を聞けば何も問題は
ないように聞こえる。
だが直後にミザリーは
肝心なことを思い出していた。
「いや、待てお前!!
余らを追ってきていた
黒服の人数を考えれば、
多勢に無勢ではないか?」
「あッ、確かに!!」
ミザリーも1人相手なら
危なげなく倒せた。
しかしあれが10人、20人で
一斉にかかってきていたとしたら
どうなっていただろうか。
「そこからはお2人と出会った
ところまで、
ただひたすらに逃げていました。
私から話せるのは、
以上になります」
ランシエーヌはそう言い終えると、
ミザリーの手を取ってすがるように
言った。
「お願いいたします!
坊ちゃんを救うために、
お屋敷へ共に行っては
くださいませんか!?」
「む?
その話をしていたのだろう?」
ミザリーの言葉にランシエーヌはしばしの間
ぽかんとしていたが、
ハッとして詰め寄るように言った。
「えっ?
そこまで承諾して
いただけるのですか!?」
むしろ今までの話を何のためにしていたのかと
ミザリーは言いたくなったが、
間違いなく異常事態に巻き込まれているに
違いないランシエーヌに、
とかく冷静になれというのも少し酷かと
ミザリーは考え直した。
「なァに言ッてやがる。
姉ちゃんが行くッて言ッたんだ、
さッさと案内しろよ!!
「まぁ、そういう事だ。
さっさと行って、
坊ちゃんを助け出そう!!」
お店の外へと足を向けるミザリーとロインに、
ランシエーヌはうっすらと目に涙を浮かべて
駆け寄った。
「はいっ!お願いいたしますっ!!」
「よかったでやすねぇ。
そこの黒服もお嬢サンがばっちり
倒してやすんで
お守りは必要ないでやしょうし、
わたしは店に残りやす」
ダニエルが来ないことにミザリーは
少しばかり不安になったが、
言い出した手前もう後には引けないと
お店を後にした。
空はすでに夕暮れが過ぎ、
夜がそこまで迫ってきている。
ランシエーヌに導かれて向かう
フリカッセ家の屋敷はすでに夜の
闇の中へと沈んでおり、
ただならぬ雰囲気をまとわせた
異常事態の牙城へと、
ミザリーたちは立ち向かっていった。
ミザリー「しまった、またご飯のことを宿に話していない……」
ロイン「姉ちゃん難しい顔してる、大丈夫かな……」