初陣
5人の黒服がダニエルに向かっていくのを
見ていたミザリーは、
加勢するべきかと
そちらに駆けだそうとする、
しかしその瞬間、
後方にいた黒服の1人と目が合った。
「おっと、これは……」
黒服の大男はしばらくこちらを見ていたが、
首を傾げてミザリーのほうへと歩いてくる。
「娘……?」
ダニエルのほうへちらりと目線を向けると、
今にも黒服に囲まれそうな姿が目に入る。
ならばここは、
1人でもこちらに引き付けるべきだと
ミザリーは腹をくくった。
「そ、そうだ!
余は貴様らが捜している
娘かも知れないぞ!?」
反応からして区別がついていないらしく、
少しの間なら自分が捜している相手だと
思い込ませることはできるかもしれない。
そしてその勘は、
ぴたりと当たった。
「娘ぇ……捧げるぅ!!!」
吠えるや否や大男はこちらに向かって
突進してくる。
ミザリーは懐に手を入れて獲物をまさぐり──
「いや違った!
腰に付けたのだった!!」
ダニエルに駆け寄る途中でつけようと
思っていたミザリーは、
腰に下げた戦闘用籠手をつかんで紐を外す。
当然その間にも大男はこちらへの距離を
一気に詰めてきており、
自分を間抜けと罵りつつ
ミザリーは制止の言葉をかけた。
「ああーっちょっと待て!
待てよ貴様ぁ!!」
そして大男の拳が振り下ろされた瞬間に、
ミザリーは横へと大きく飛びのいて
戦闘用籠手に手をはめ込んだ。
大男がゆっくりと身を起こして辺りを
見回すと、
その横っ腹に鋭い突きが放たれた。
「まずは一発だっ!!」
ミザリーは拳を引いて半歩下がると、
男の様子をうかがった。
今のは結構効いたはずだが、と
見ていると、
男は獣のような雄たけびを上げて
こちらに殴りかかってくる。
ミザリーはその拳の下へと
体を潜り込ませ、
相手に詰め寄ると
その顔面目掛けて
反撃の一発をたたき込んだ。
大男はさすがに効いたらしく
後ろに2、3歩ほど後退するが、
すぐに歯をむき出しにしながら
こちらへと飛び掛かって来る。
右、左と交互に拳を繰り出してくる男相手に、
ミザリーは上体を後ろにそらし、
または左へ右へと一歩飛びのくことで
間一髪かわしていく。
そして焦れた大男が
大振りの右ストレートを
放った瞬間に、
ミザリーは一気に懐に飛び込んで
深く身を落とし、
全身のばねを利用して
右手で拳を突き上げた。
その一撃は顎へと突き刺さり、
大男は後ろへよろけたかと思うと
そのまま背中からどう、と倒れて
動かなくなった。
「……ふぅ。
大した相手ではなくて
助かったな」
念のために呼吸を確認すると、
浅くだがしっかりと息はしている。
気絶しているだけとわかると、
ミザリーはすぐさまダニエルのほうへと
駆けだそうとそちらを向き──
「おっと、
お嬢サンのほうも
片付きやしたかい」
4人の伸びた黒服たちと、
その中心で何もなかったかのように
朗らかに笑うダニエルの姿が目に入った。
「そ、そなた1人で
全員やっつけたのか……?
この短時間で?」
「この程度なら
まあ朝飯前というところでさぁ」
手を組んで伸びをしながら
造作もないという体のダニエルに、
ミザリーはこの男の素性も
よく知れないなと思った。
「うむ……ありがとう、
助かったぞダニエル殿」
しかし助けてもらったことは
間違いないので、
素直に礼をしたミザリーは
少女に事の顛末を話すべく、
試着室の前へと歩み寄った。
「迷惑をかけて申し訳ない、
しかしなぜあの少女を助けるのに
協力してくれたのだ?」
「なに、簡単な話でさぁ。
あそこのお屋敷でわたしんとこの
服をいつも買ってくださってるんで
その恩返しというわけでさぁ」
ダニエルの返答に
ミザリーはそうかと頷きかけたが、
「む?そうなると黒服の
者たちを殴り倒したのは
まずいのではないか……?」
ダニエルの行動には何か
矛盾したところがあると
指摘する。
しかしダニエルは「大丈夫でさぁ」と
平気そうな顔をしていた。
「あのお嬢サンが
フリカッセ家のメイドさんなら、
追われていたのは何かしら
理由があってのこと。
しかもただのメイドさんじゃあありやせん、
そこから話してもらって
暴力沙汰はうやむやにしてもらおうって
寸法ですぜ」
「……そなた、
意外とあれな考えの持ち主なのだな……」
ダニエルの一種独特な解決法に
ミザリーは頭を抱えながら
試着室の鏡に手をかける。
中からは重くて開けるのが
精一杯だった扉だが、
もしかしたら外からは簡単に
開けられるのかもしれない。
ピントも開けられたのだし
そうだろうとミザリーは引っ張った。
「ふんっ、ぅぅぅんっ……!!」
しかしその思いとは裏腹に
扉は相変わらず重く、
ミザリーが力を込めて開けようとしても
やはり手のひらほどまでしか開けられない──
「もう終わりましたかっ!!?」
「あびゃっ!?」
突然試着室の扉が大広開けされて、
ミザリーはもんどりうって床に転がった。
「ああっ!?
申し訳ありません、
お怪我はありませんかっ!?」
こちらに駆け寄る少女の姿に、
ミザリーは半ば消沈した顔で答えた。
「ああ……
体は問題ないぞ……
少しばかり心に傷を
負っただけだ……」
「心に傷をっ!!?
場合によっては重症ではありませんか!!」
少女のきゃしゃな体でも開けられた扉を
まるで開けられなかったことに
ミザリーはいたく心を傷つけられていたが、
プライドが邪魔をして素直には言い出せなかった。
「ははは。
心の傷は時間が治してくれやす。
もしくはお嬢サンの何か大事な
ものに寄り添ったりして、
癒してくださいや」
「大事なもの、ですか?
お助けになってくれたお姉さま、
なにか心の支えになるものは
ありませんかっ!?」
少女に尋ねかけられても、
ミザリーは何と答えるべきか
迷っていた。
しいて言えば美味しいものが
心を癒してくれるだろうか?
「……うむ、それだと──」
「姉ちゃァァァァん!!
あいつら撒いてきた倒れてるゥゥゥッ!!?
姉ちゃんどうしたのッ!!!?」
外から騒がしい声が聞こえてきたと思うと、
ロインがドタバタと
ミザリーに駆け寄ってくるのが見える。
その様子を見ていた少女の顔が
ぱぁっと華やぐのを見たミザリーは、
何か猛烈に嫌な予感がした。
「弟様ですか!?
では弟様に近くにいてもらえれば
必ず元気になれますねっ!」
「いや待て、
そなた待って──」
ミザリーの制止の声も届かず、
少女はロインへと手招きをしていた。
「弟様ですねっ!
あなたのお姉さまが
あなたのことを求めてらっしゃいます!
どうかおそばにいてあげてくださいませ!!」
「姉ちゃんが俺を必要としてッ!?
おし代われ!!
姉ちゃん大丈夫!!?」
耳にキンキンと響くロインの雄たけびに、
ミザリーは顔をしかめながら
こちらに満面の笑みを向ける
少女とダニエルに
少しばかり恨めしそうな視線を向けた。
ロイン「姉ちゃん俺の声が聞こえるッ!?
何かしてほしいことはあるッ!!?」
ミザリー「……しばらく静かにしててくれ……」