再びのブルーマン・ショップ
パンフレットに記された赤色の線をなぞって、
ミザリーたちはアーヴ・ラーゲィを駆け抜ける。
宿屋への路地を過ぎてから
始めの大きな曲がり角を左へ、
そこからしばらく走ると
右手に大きな宝石商の看板が見えてくる。
「ここを左に曲がって、
3つ目の路地に入ればっ……!!」
「あのっ、
どこまで走るのです!?
もうじき追いつかれてしまうところまで
後ろが来ているのですがっ!?」
少女の急かす声にミザリーが振り向くと、
確かに黒服たちまでの距離が縮まっており
じきに追いつかれてしまうだろう。
しかしこちらの目的地も
もう間もなくのところまで来ている。
「はぁ……あと少しなのだ!!
この次の路地を入ればっ……!」
目当ての道にたどり着き
右へと入り込めば、
その目線の先には相も変わらず
目にも鮮やかな青色の建物が
たたずんでいた。
「はぁ……見えたぞっ!!
あの青いお店だっ……!」
「そこが目的なのです、ねぇ!?
ちょっ、
なんですかあの毒々しい青色はっ!?」
そこまで言うかとミザリーは思ったが、
自分もこのお店を初めて見たときに
似たような感想を抱いたので
少しばかり安心もしていた。
「見てくれの話はともかく、
あそこなら戦える人物がいるっ!!
いくぞ!!」
「ほ、本当に何とかなるのですよねぇー!?」
悲鳴のような声を上げる少女と共に
ブルーマンショップの扉を押したミザリーは、
すぐ近くにダニエルの姿を見つけて
開口一番に頭を下げた。
「ダニエル殿!!
多大な迷惑をかけることを先に詫びるぞっ!!」
「おおっと、お昼のお嬢サンじゃあありやせんか。
……今とんでもないことを言いやせんでしたか」
笑いかけたダニエルが
驚いた顔に変わるが、
ミザリーは時間が惜しいと
要点だけ伝えた。
「はぁ、はぁ……
すまないがこの少女を
かくまってはくれないか?
フリカッセとやらの者らに
追われているのだ……」
「フリカッセにですかい。
あそこはこの辺の大富豪ですぜ、
別に変な噂も聞きやせんでしたが……」
「ぜぇ、はぁ……
余もそのあたりは、
詳しく聞いてはいなくてな……
すまないが、
ダニエル殿に説明を──」
ミザリーが説明を求めて少女を振り返ると、
「あぁ……
世界が青いですぅ……
私が青色に染まっていきますぅ……」
目をまわした少女が
以前のミザリーたちと同じ症状を起こしているのが
目に入ったのだった。
「ああ……
そういえばここに初めて
入った者はおおむね
こうなってしまうのだったな……」
目元を抑えて天を仰いだミザリーは、
少女に申し訳ないと心の中で許しを乞う。
「そのメイド服……
たしかその娘さんはフリカッセ家に
追われていると言いやしたかい」
「む?ああそうだ、
合っている……」
ダニエルの言葉に頷くミザリーは、
ハッとなってダニエルに申し出た。
「それよりも今は、だ。
すまないがこの少女の身を隠したい。
どこかいい場所はないだろうか?」
ダニエルはほんの一瞬考えこむ
そぶりを見せると、大きな鏡を指さした。
「では試着室の中へ。
おそらく一見しただけでは
まずわかりやせんぜ」
「すまない、感謝する!」
ふらふらの少女を連れて
試着室の扉をダニエルに開けてもらい、
少女を中へと入れる。
すると「立ちっぱなしも疲れるでしょうし」と
ダニエルがどこからか椅子を持って来てくれたので
少女を座らせて扉を閉じた。
「ふぅ……
これでひとまずは……」
ミザリーが一息つくのと、
出入り口の扉が開く音がしたのは
ほぼ同時だった。
どたどたと複数人の足音が聞こえて
ミザリーは息をのむ。
3人、いや4人はいるだろうか。
横に立つダニエルも察したらしく、
小声でミザリーに尋ねてくる。
「あれが、
件のフリカッセ家のですかい」
「うむ……
できれば撒ければよかったのだが……」
「話は通じそうですかい」
「どうにもそれは無理の様でな……
まるで何かに取り憑かれているかのような
怪しい雰囲気なのだ……」
ダニエルはそれを聞いて顎に手をやり
なにやら考え始めたようだった。
さて、ここまで来たがどうしたものかと
ミザリーも頭を悩ませる。
万が一のために戦える人物で
知っている者のところへ、と
やって来たが、
やはり自分たちで何とかするべきだったろうかと
すでに後悔し始めていた。
それこそ自警団に助けを乞えばよかったと
今更ながら気が付いたが、
思えば自警団詰所は
黒服たちの来た方向にあると思いだして、
結局は無理だったかと頭を振った。
だが化け物との邂逅を除けば、
この世界での初めての戦闘になる。
実際に通じるのかどうか、
不安なところはある。
ミザリーがそこまで考えた──
その時だった。
「ようこそ、ブルーマン・ショップへ。
本日は何かお探しですかい」
いつの間にそこに行ったのだろうか、
お店の中央に沿う通路に立って
ダニエルが大きな声を上げている。
ミザリーは驚きのあまりに
声を上げそうになった。
なぜわざわざ目立つような真似をしているのか。
ロインのあほならやりそうだったが、
なぜダニエルがそんなことをしている!?
「娘……捧げる」
「捧げる……白の魂」
「白の魂……差し出せ」
「差し出さないなら……」
男たちがゆらり、ゆらりと通路へ集まって
うわごとのようにつぶやいている。
男たちに笑顔を向けたまま
ダニエルが答えずにいると、
「……殺すぅ」
男の1人が一言発して
ダニエルに飛び掛かっていた。
危ない、とミザリーが飛び出そうとした瞬間──
「申し訳ありやせんが
そんな商品はうちでは
取り扱っていやせんぜ」
その一言と共にすさまじい速さで
拳が繰り出されると
男の顔面に突き刺さり、
ダニエルはそのままの勢いで振りぬくと、
まるで紙屑のように
男を吹っ飛ばしていた。
「……えっ?」
ミザリーが唖然としていると、
ダニエルは顔の横で手を2回打ち鳴らす。
すると、
それに答えるかのように
お店の中の棚が音を立てて
床へと沈んでいき、
店内は大きな空間へと変わって
男たちの姿が一望できるようになった。
──それはつまり、
棚で姿が隠れていた
ミザリーも相手から見えるように
なった訳である。
「あびゃあっ!!?」
「うちで取り扱っているのは
いずれも労働者層や
青色を好んでくれる方のための服でさぁ。
申し訳ありやせんが真っ白の服は
葬儀屋でお求めくださいや。
それでもかかって来るというなら──」
ダニエルは首を鳴らしながら
男たちに対峙し、拳を構えた。
「このダニエルが、
接客いたしやしょう」
ミザリー「べ、別に隠れていたわけではないのだが?
でもなんだかやはり驚くぞ?」