専門店までの道で
少年に別れを告げて屋台を出た2人は
一路〝オートマタ専門店〟を目指す。
少年のいる屋台の店長が
専門店に行ったきり戻って来ないので、
店を見てくるついででよければと
探してくることを買って出たのだ。
「確か店長の特徴は、
全身青い服を着ていて、
頭の頭頂部が薄いと言っていたが……
そんな人物この辺りに
ごろごろいるぞ?」
「うーん、なにか
もッと特徴を聞いてくれば
よかッたね」
大通りを見回せば
上から下まで青い服を着ている人物は
そこかしこにいて、
つい今しがたもそんな服装の男性と
すれ違ったばかりだった。
かといって〝髪の薄いものはいないか〟
などと聞けば、
相手の気を害してしまうのは確実である。
「あの真ッ青の店、
マジで繁盛してるんだね」
「ここまで町中の者が着ているとは
思っていなかったな……」
それでも青い服を特徴として
挙げるくらいなのだから、
なにかすぐにわかる違いがあるのかもしれない。
まずは専門店まで行ってみようと、
ミザリーたちはとにかく
大通りを進むことにした。
「それにしてもあれだな。
お前も屋台では大活躍だったではないか!
あそこまで器用に捌けるとは」
「昔から魚を捌くのは
慣れてたからね!!
海の魚を捌くのはなかなかないけど、
記憶頼りでもいけたからよかッたよ!」
ロインは頭を掻きながら笑っているが、
実際その速さは目を見張るものだった。
ミザリーがサバのフライを
5個ほど揚げている間に、
気が付けば10匹ほどが捌かれているのだ。
ミザリーもただ捌くだけなら
砂時計が落ちるまでの間
──たしかじゅっぷんという時間だった──
にはできる自信はある。
だがロインのものは
それだけではなかった。
「初めに来たお客以降にも
屋台の前で食べている者たちはいたが、
その誰もが骨を口から出しているところは
見なかった。
最初に捌かれていた分は
すでに骨抜きがされていたのだろうが、
お前は同じことをあの短時間で
済ませていたのだろう?」
「とりあえずは、ね。
でもそれを言ッたら姉ちゃんだッてすごいよ!!
この世界の焜炉の使い方、
すぐにわかッてたでしョ?」
とりあえずで話をすり替えるな、と
ミザリーは笑ったが、
ふとミザリーはロインの言葉に
引っ掛かりを覚えて首を傾げた。
言われてみれば鍋に火を入れたとき
自然に火をつけていたが、
ここは異世界であるはず。
だが鍋がかけてあった焜炉は、
魔王城でも使われていたものだったのだ。
「あの焜炉、
魔王城でも使っていてな。
世界が違っても、
妙な所で似通うことはあるのだな」
「へェ、不思議なこともあるもんだね」
不思議と言えば、
屋台の少年の名前は
知ることができなかったなと
ミザリーは思っていた。
屋台を出る際に聞いてみたのだが、
──せっかくスパイみたいなことを
するんですから、
名前も秘密にしましょう……
僕もこれ以上はお2人のことを
詮索するのはやめますから、
お互いにという事で……──
という理由で聞けなかったのだ。
名前を知らないとなにかと不便だ、とは
この世界に来た時のロインの言葉だが、
ついミザリーたちも話に乗ってしまい
それ以上は追及しなかった。
「その場のノリで行動すると、
あとで不便になるという事だな……」
ミザリーは思わずつぶやいて
ため息を吐き、
すぐにロインに心配されるという
半ばお約束になりつつあるやり取りをしながら
大通りを歩いていった。
しばらく進んでいると、
道の果てにまるで城塞を思わせるような
白い建造物が見えてくる。
「あの建物が〝すちーむじぇねれえたあ〟
とやらか」
「でもここまで近づかないと
見えないッてことは、
あんまり大きくはないのかな?」
「うーむ、そこはよくわからないな」
しかし今はそこに用はない以上、
話していても詮無いことだと
目線を周りに向けると、
人込みの向こうに黒く
大きな看板が提げられているのが見え、
そこに〝オートマタ専門店〟という文字が
書かれていることに気が付いた。
「おお、ようやく見つけたぞ!」
「えッ、どれどれ!?」
きょろきょろと見回す
ロインの肩に手を置き、
あそこだとミザリーは指さした。
「では、行ってみようか」
店に近づくと、
なるほど少年が一目でわかると
言っていたことが理解できた。
店の軒先に、
顔も髪も文字どおり〝丸裸〟の
人形が飾られており、
初めて見るミザリーの目にも
ここが特別なお店だとわかる。
「さて、青い服の男性はいるだろうか」
「そうだッた、見つけなきャなんだッけ」
「忘れていたのか……」
お店の中をのぞくと、
棚にいくつものかつらや
目玉だけが置かれている。
まるで人の体を切り売りしているようで、
ミザリーは背中に冷たいものが
走るのを感じた。
「いらっしゃいませ~!!
オートマタ専門店へようこそ!!
本日は何かお求めですか!!?」
店の中にいた若い女性が、
やけに張り切った声で
こちらに話しかけてくる。
これは接客なのだろうが
耳に声がキンキンと響き、
少しばかり気後れしてしまいそうだった。
「ああ、すまない。
今回は買い物ではなく──」
それを言葉にした瞬間、
ミザリーは口に出したことを
後悔することになった。
「……はい?」
女性の目つきが明らかに
敵対的なものへと変わる。
その目は鋭くこちらをにらみ──
いや、その表現は正しくない。
その目は残忍な光を放ち、
こちらを品定めするように
見つめているのだった。
ミザリーは体を動かすことができなかった。
〝蛇に睨まれた蛙〟という言葉があるが、
まさに今の状況を言い当てているだろう。
「買い物でもない人がどうして
専門店にいらっしゃったのですか?
もしかして同業他社の偵察とか?
それを正直に言っちゃうなんて、
笑っちゃいますけれど……」
声も出すことができず、
息をすることすら
難しくなってきた
その時だった。
「てめェよォ……
姉ちゃんに対して
何様のつもりなんだ……
店の人間なら少なくとも客になるかも
知れねェ相手にはまず
頭下げるもんだろうがよォ……」
隣からすさまじい威圧感を感じて
ギリギリ動く目を動かすと、
ロインがすさまじい形相で
女性をにらみ返していた。
ほんの一瞬か、
はたまたしばらく経ったのか。
女性は目を閉じると、
次の瞬間には
にこやかに微笑んでいた。
「確かにその通りでございます~!!
申し訳ございませんでした~!!」
女性が大きく腰を曲げて礼をし、
目線が外れたことでようやく
自由になったミザリーは、
大きく深呼吸をして心を落ち着けようとした。
「大丈夫、姉ちゃん?」
ミザリーの知っている顔で、
ミザリーのよく聞く声で
こちらに話しかけてくるロインは、
しかし今は普通に見ることはできず、
ミザリーはこの男が
様々な意味でただものではないと
再認識させられたのだった。
ロイン「姉ちゃんどうしたの?」
ミザリー「……いや、なんでもない」