思わぬ収穫
夕暮れの空を見上げながら、
ミザリーはため息を吐いていた。
手伝いは少しばかりにするつもりだったのに、
気が付けば屋台の営業が終わるまで
働いてしまっていた。
ピントへの恩返しのために
化け物の情報収集に外へ繰り出した、
そのはずだったのだが……
「働いた充足感に浸っている
場合ではなかったな……」
今から辺りを回ることも考えたが、
食べ物屋はこの時間からは忙しくなるだろうし、
宝飾店はこの世界ではどうかわからないが
夕暮れ時には店を閉めてしまっていることが多い。
お店に来た客に話を聞くという事も考えたが、
見ず知らずの人から
──この場合は魔王からだろうか?
話しかけられて、
すぐに答えてくれるような者は
少ないだろう。
「しまったな……」
「お店が?」
ロインの一言に、
つまらないダジャレとは思いつつ
このまま笑い転げて
何もかも忘れようかとも思ったミザリーは、
頭を振って思考を切り替えた。
「……いや、情報集めのことだ。
これからどうしたものかと
考えていた」
「うーん、
確かに、もう夕方だし
あちこちに聞くのは
難しそうだよね……」
ロインも悩みに加わって、
どうしたものかと考えを巡らせる。
と、その様子が気になったのか、
少年が話しかけてきた。
「あのー……
どうしたんですか、
2人して悩み始めて……?」
「ううむ……
そなたに話しても
解決できるかわからないが、
聞くだけ聞いてくれるか?」
「はい……!
助けてもらったんですから、
今度は僕が力になります……!」
「ふふっ、頼もしいな」
あるキシャなる職業の者に恩があることと、
その恩返しに〝橋〟の上で遭遇した
化け物の情報を探していると、
ミザリーはかいつまんで話した。
「ば、化け物ですか……
僕は聞いたことも、
見たこともないですね……」
「聞くだけ無駄だったみたいだね
姉ちゃん」
「うっ、すみません……」
小さくなって頭を下げる少年に、
ロインに肘鉄を食らわせつつ
ミザリーはいいのだと答えた。
「むしろそんな化け物に
そなたが遭遇せずに済んでいて
よかったと思うぞ。
耳にも入っていないのは
この町の自警団がうまく機能していると
いう事でもあるしな」
この町に化け物の情報が広まっていないのは、
可能性としては
化け物が町の中までは来れない、という場合と
出てきてもすぐに自警団が追い払っている、という
2通りの可能性がある。
そこまで考えてから
自警団に化け物の話をしていなかったことに
思い当たり、
いくら何でも忘れすぎだと
ミザリーは自身にあきれて、
しっかりせねばと腕をつねった。
「化け物の情報かぁ……
あ、そうです……!
今夜、屋台の人たちが集まって
慰労会をするんです……!
そこに僕も参加するんで、
よければそこで聞いてきますよ……!」
「なんと、いいのか!?」
願ってもない申し出にミザリーは
驚きのあまり腰を浮かせるが、
そこにロインが待ったをかけた。
「ちョいと待てよ、
その場に他にキシャがいたりしないか?
もし聞かれたら先を越されちまうかも
知れねェんだぞ」
「ああ、そうだったな……」
ロインの懸念ももっともだった。
ピントは化け物の話を聞いて
浮足立って情報を聞き出そうとしていた。
そして自分たちのことで同業者がいると
言っていたことも思い出す。
もしもその慰労会にピントの
同業者が紛れ込んでいて、
化け物の情報もあったとしたら、
化け物の話を聞いて先に情報を
集められてしまうかもしれない。
それはなんとしても
避けなければならないことだった。
「キシャ……
新聞記者のことでしょうか……?
それなら大丈夫だと思いますよ……
屋台の人たちに重大な秘密を持っている人も、
話しちゃうような人もいませんし……
こんなところに来るよりは、
どこか別の場所で
重要な情報集めたりしてるんじゃ
ないでしょうか……?」
「ふむ……
キシャというもの、
それだけ聞けばまるで
間諜だな……」
ミザリーの感想に
少年はなにか面白かったのか
腹を抱えて笑い始めた。
「あははは……っ!
スパイですか……!
確かにあの人たち、
そう取られても仕方ないようなこと
してますよね……!
はぁっ、笑っちゃった……!!
今話した通り、
ここには大した情報はないです……
隣の奥さんの浮気ぐらいなら
わかるかもしれませんけどね……」
片目をつむりながら笑った少年に
ミザリーとロインも笑い返した。
「なら、その心配は
いらねェかな。
姉ちゃん、どうする?」
「正直打つ手なしと
途方に暮れていたところだ。
ありがたく受けさせてもらおう」
その一言で少年は両手を握りしめて
胸の前で構えた。
「わかりました、
しっかりと聞いて回ってきます……!
明日の朝にでも、
この屋台に来てください……
その時に『おすすめ2つ』と
注文してくれれば、
情報をお渡ししますよ……!」
「なんだかこちらが
間諜になったような気分だ」
ミザリーの言葉に、
ロインと少年も「ホントだ」と笑った。
「後片付けは僕1人でも
できるんで、
お2人はもう出て行かれても
大丈夫ですよ……」
少年の言葉にロインは頷き
ミザリーを促して屋台の外に
出ようとするが、
ミザリーは出る前に
少年にいくつか質問をしようと
話しかけた。
「すまない。
少しでよければ手伝うので、
もういくつか尋ねてもいいだろうか?」
「えッ姉ちゃん手伝うの?
なら俺もやる!!」
ロインは慌てて屋台に戻ってくると、
ミザリーの隣でまな板を持って
洗い場に向かった。
「えっ、そんな……
いいんですか……?
もうたくさん手伝って
もらってるのに……」
「なに、話を聞いてもらう
手間賃代わりだ、
気にしなくていい。
お前も別に付き合わなくとも──」
「姉ちゃんが働いてるのに
俺だけが休むわけにはいかないよ!!」
相変わらず偏執的ではあるが、
今回は真面目な答えだと
ミザリーは受け取ることにして、
「とのことだ」
とだけ、少年に答えた。
「──ありがとうございます……
では、僕で答えられることなら
なんでも答えます」
「うむ、感謝するぞ」
礼を述べてから
ミザリーは早速質問をした。
「この町にある……
なんだったか、
〝すちーむじぇねれえたあ〟とは
何のことなのだろうか?」
「〝蒸気供給所〟ですか……?
それでしたら、
町の中央に建っている大きな
建物ですね……
この町一帯に蒸気を張り巡らせている
大きな蒸気機関です……
普通の家なんかにもすべて
蒸気パイプが張り巡らせてあって、
熱い蒸気配管の上に
鍋を置いたりとかして
料理の時のコンロにしてます……
シャワーなんかは水の管の周りに
蒸気の管が巻き付いてるんで、
水が一気に温められて
お湯になって噴き出すんです……
建物の中には検査するときしか
入れないようになってますけど……
一言でいえば
〝この町の熱いものすべてに
熱を届けてるもの〟
という所でしょうか……」
「ふむ、最後の一言のおかげで
よくわかった、ありがとう」
「いえ……
ほかには何か……?」
「うむ……
〝おおとまた専門店〟とやらは
どこにあるのだろう?」
「それなら、
この目抜き通りをこのまま
まっすぐ行けば、
すぐにわかりますよ……
何も装飾されてないオートマタが
いっぱいありますから……」
「うむ!感謝するぞ」
ミザリーの言葉に頷いた少年は、
「俺からの話も聞け」というロインの声に
顔を向けた。
「はい、なんでしょうか……?」
「ここらでローブ姿の怪しい連中
見なかッたか?
それか俺と姉ちゃん以外で
見慣れないやつらは」
その問いに少年は考え込むと、
「あっ」と声を上げた。
「あります……!
さかなを取りにこの町の外に行ったとき、
そんな人たちが集まってました……!」
「なにっ!?」
「マジか、ほぼ答え無しと
思ッてたんだけど!!」
少年は片付けの手を止めて
ミザリーたちの来た方向を指さす。
「大きな池に面したところで、
線路の下側に沿って
歩いてましたよ……」
「せんろ?
せんろッてなんだ?」
またしても謎の単語が出てきたと
ミザリーが思っていると、
ロインがそれも尋ねる。
すると、少年は難しそうな顔をしていた。
「線路がなにか、ですか……?
えっ……
説明しろと言われても、
線路は線路としか……」
「ふむ、
ここではあって当たり前という
ものなのだな、その言い方からすれば」
少年はこくりと頷いた。
それは水とは何なのか、
生きているとは何なのかと
聞くようなものだなとミザリーは思った。
あって当たり前のものなのだから、
気にするわけがないのだ。
「うむ、無理をしなくともいいぞ。
お前も追及はしないように」
「姉ちゃんがそういうなら!!」
大きく首を縦に振るロインに
やや困った笑いをしながら
ミザリーはいいぞとほめてやった。
ミザリー「なんだかこやつが犬に見えてきたな……」
ロイン「どうしたの姉ちゃん!!」