いざ情報収集へ
ロインと連れ立って外へ向かおうとしたミザリーは、
そういえばと詰所で思い出したことを
亭主へと尋ねてみることにした。
「そうだ、亭主殿。
昨日のことなのだが、
1号室に水差しを置いてくれたか?」
その質問に、
亭主はやや考え込むと、
「……ああ」と言って答えてくれた。
「……確かに昨日の夜持って行ったな、
シャワーに入ってる音が聞こえたんで、
悪いとは思ったが何も言わず置いてきちまった」
「そうか。
うむ、感謝する。
少し気になっていてな、
実際あって助かったぞ」
「……そうか、それならよかった」
うむと頷いて
ロインに話しかけようとそちらを向くと、
形容しがたい表情をして
ロインが亭主を見つめていた。
「……なにをしているんだお前は?」
「姉ちゃんの部屋に無断で入るとか
許されざることだよ。
……でも姉ちゃんがその水で
喜んでるんだッたら、
俺はただ礼を言うしかなくて。
でも言いたくない気持ちもあッて……」
「そこは素直に礼を言っておけ」
少しばかりだがロインとの付き合い方も
わかってきたミザリーは、
亭主に向かって頭を下げさせると
食堂の壁際に置いてある
紙袋を手に取った。
「情報収集の前に着替えておこう。
この姿のままでは、
また町で目立ってしまうからな」
「姉ちゃんならどんな姿でも
目立ちそうだけどね!!」
「はいはいそうだな」
適当に流しながら2人で2階へと上がり、
相変わらず離れることをぐずるロインを何とか引きはがし、
ロインの服を袋から取り出して押しつける。
さっさと鍵を開けて
部屋へと入ったミザリーは、
服をベッドへと放ると、
ドレスを脱いでわき腹へと目をやる。
何かの間違いであの謎の紋様は
消えていたりなどしないかと
思ってのことだったが、
こうして見ようとすると、
鏡なしでは全く見ることができない。
「ふむ、見えないか……
服で隠れるとわかっているし、
今はいいか」
ブルーマン・ショップで紋様を
ロインが解読してくれたおかげで、
気持ちにはかなり余裕がある。
それでいて色々と振り回されてもいるので、
うまい具合になっているなと
ミザリーは服を着ながら笑った。
「よし、問題はなさそうだな。
ドレスとは違ってすぐに着られるところが
やはりいい」
服を着終えたミザリーはこれで良し、と
思ったが、
革帯をもらっていたことを思い出し、
袋を漁ると焦げ茶色の革帯を見つけて取り出した。
「たしか、
腰に通すためのところがあると
言っていたが……」
服を見下ろすと、
なるほどずぼんの腰回りに
布でできた輪がいくつも付いている。
そこに革帯を通して締め、
ダニエルが見せてくれていたように
金具に通すと、
綺麗に留まった。
ドレスの懐に収めていた戦闘用籠手は、
腕に巻き付ける紐を革帯に結び付けて
腰に下げておく。
「よし、これで完璧だな」
脱いだドレスを、
朝にかかっていたように
箪笥の中に仕舞うと、
ミザリーは部屋を後にする。
「よし、鍵もかけた。
ふむ、あやつは……
まだ出てきていないのか」
今まではロインが部屋の前で
ミザリーが出てくるのを待っていたりしていたが、
今回はこちらのほうが早かったらしい。
……昨日は扉を勝手に開けられそうになって
心底慌てさせられたな、
と思ったミザリーは
ならばその意趣返しも兼ねて、と
2号室の前に立ち扉をたたく。
「おーい、
もう用意はできたかぁ?
急がないと扉を開けてしまうぞぉ?」
意地悪な笑みを浮かべて呼びかけると、
中からドタドタと慌てる音がした。
本当に開けるつもりはないが、
扉の取っ手に手をかけてゆっくりと動かす。
──その時だった、
2号室の扉が開き、
ロインが中から姿を現す。
──ミザリーは思わず沈黙した。
ブルーマン・ショップで見つけた服を着たロインは、
金色の髪を後ろになでつけ、
いったいどこにあったというのか
赤いバラを服の胸元に挿し、
まるで別人のような
いで立ちになっていたのだ。
「ど、どうかな姉ちゃん?
慌てて用意して
おしャれしてみたんだけど……」
若干照れた顔で笑うロインが、
こちらに意見を求めてくる。
ミザリーはそれに対して、
ただ一言しかかける言葉が見つからなかった。
「まるでなってないな」
宿の1階へと降りてきた
ミザリーたちの姿を見て、
亭主は驚いた様子だった。
「……服が違うだけで
ずいぶんと印象が変わるな」
「ふむ、そうだろうか?
余らの服はこの辺りでは見ないもの
だからだろうか」
「……かも知れないな」
ともすれば大広開けしている胸元のせいで
印象が違うのではとも思ったが、
さすがにそれはないかとミザリーは思った。
ドレスもそれなりに胸元は開いていたのだから、
この服も大して差はないだろう。
「俺のおしャれの感性はいまいちか……
姉ちゃんがいなかッたら俺、
どうなッてたかな?」
襟をつまみながらロインはため息をこぼす。
──髪の毛は普段と同じく自然に流されていて、
胸元のバラも外されている。
服の前側はミザリーと同じく大きく開いているが、
下には今まで来ていた服の肌着をつけているため
それなりに様にはなっていた──
その様子を見て、
ミザリーは首を横に振った。
「今の状況には合っていないと
言いたかったのだ。
あの格好がお前のおしゃれなのだろう?
自分が格好いいと思う姿をするのはかまわない、
しかし時と場所は選べという事だ」
ミザリーの言葉にロインは落ち込んでいた
顔を上げて目を輝かせる。
「なるほど…!
勉強になるよ姉ちゃんッ!!」
とはいえ、
姿はお店の鏡で
一度見たっきりである。
この格好で町に出てどのように見られるかは
まだわからない、
こればかりはぶっつけ本番になる。
「変では、ないはず、だが……」
「……不安なのか?」
ミザリーのつぶやきが聞こえたのか、
亭主が尋ねてくる。
ミザリーがそれに頷くと、
亭主はやや表情を柔らかくして
右手の親指を立てた。
「……大丈夫だろう。
おれにはいかしてる格好に見えるぞ」
「…そうか。
ありがとう亭主殿、
ではこれで外に出てみよう」
ミザリーたちは扉に手をかけて
外へと繰り出した。
すると、
早速自警団らしき若い男が1人、
路地を見回っているらしく
こちらへと歩いてくる。
「自然体でいるように。
目立つ行動や格好をしているから、
奇異の目で見られるのだからな」
「えッ!?じャあ俺が姉ちゃんに
すんごい話しかけるのも、
相手にけんか腰で話すのも
ダメなの!?」
「お前自覚があってあの言い草だったのか!?
どんな感性をしていたらそうなるんだ……
とにかくそうだ、
話すときには物腰柔らかくな」
ロインの衝撃の告白にミザリーは驚愕したが、
とにかく普通にしようと言い含めて
自警団らしき男とすれ違う。
『こんにちは~』
声を掛けられた男はこちらを見ると
なぜかミザリーを見て目を見開いたが、
軽く会釈をすると、
そのまま通り過ぎていった。
「少しばかり様子が気になったが……
大丈夫そうではあるな!」
ミザリーがほっと胸をなでおろすと、
ロインが疑念のこもった声で言った。
「なんかあの男さ、
姉ちゃんのことやらしい目で
見てなかッた?」
「む、そうだったか?
余は気付かなかったが……」
ロインのことだから
また色眼鏡で見ているのだろうと思ったが、
ミザリーは一応ながら
その言葉を覚えておくことにした。
やがて宿の路地を抜けて大通りに出る。
人の視線がこちらを向いた。
さてどうなるかとミザリーが
注視していると─
その視線は特にこちらに注がれるでもなく、
すぐに正面を向いた。
どうやらあまり目立たずに済んでいるらしい。
「あまりこッちを見てくる人はいないね?」
「うむ。
溶け込めているのなら問題はないだろう!」
ロインの言葉に笑顔で答えると、
ミザリーは大手を振って通りの
人の波へと
ロインと一緒に紛れ込んだ。
「そういや姉ちゃん、
目立つのが嫌なのはどうして?」
ロインの質問にミザリーは
胸を張って答える。
「襲撃者は、
余らを〝異世界の者〟として認識しているはず、
自警団詰所でヨセフ殿も言っていたな?」
「何より本人が言ッてたもんね。
それがどうしたの?」
「異世界の者を見分けるのに、
一番手っ取り早い方法とはなんだ?」
考え込むロインは、
少しの沈黙の後に
ハッとした声で答えた。
「そうか!
周りから浮いた行動をしてて、
格好もその場所にそぐわないもののはず!」
「そう、
お前も相手を見極めるために言っていたことだな。
だからこそここに溶け込むことができれば、
襲撃に合う可能性はさらに低くなる。
この町の服をもらえたことは、
まさに望外の幸運だったわけだな」
「すげェや……!
姉ちゃんそこまで考えてたなんて!!
俺には絶対に思いつけなかッた!!」
「はいはいそうだな」
そしてミザリーは誰にも聞こえないような
小さい声でつぶやいた。
「まあ、実のところは
珍しい目で見られるのが
恥ずかしかっただけなのだが……」
ロイン「何か言ッた姉ちゃん?」
ミザリー「気のせいではないか?」