被害届を出しに
大通りを歩くミザリーたちはしばらく
歩き続け、やがて通りに面した大きな
建物の前で止まる。お店の様には
見えないが、提げられた札を見て
ミザリーは納得した。
「〝自警団詰所〟か。なるほど、先ほどの
者たちのことを伝えておけば、こちらは動きやすく
相手は動きにくくなるな」
「にしても自警団の建物でここまで大きいのは
初めて見るな。こッちじャ小屋に毛が生えた
みたいなちャちな所ばかりなのに」
ロインの疑問にピントは「そうでしょう!」と
自慢げに頷いた。
「そうなんですよ! この町は犯罪が少ないんですが、
その最たる理由はきちんとした自警団の存在にあると
自分は思ってます! 小さな町ッてだけでも
犯罪はしにくいでしョうけれどね!!」
そう言って笑っていたピントの顔が、
大きなため息とともに暗くなった。
「だからあんな変な人たちなんて今まで
いなかッたのに……お2人は変な世界にいきなり来て
驚かれたでしょうけど、自分も驚いて、でも精一杯
せめて楽しんでもらッて帰ッてもらおうと頑張ッて
たんですが……」
「そのうちの1つが真ッ青な店での腹に一撃ッて
いうのはどうかと思うがよ」
ロインの一言にミザリーは血の気が引く思いがして
慌ててたしなめようとそちらを見る─
「でも、だ」
しかし直後に聞こえたロインの声に、
どこか笑っているように感じた気がした
ミザリーは声を上げることをやめ、
そのまま見守ることにした。
「まァてめェの心意気も酌むことにしてよ、
姉ちゃんを泣かせたことも、軽い一発にまけてやる」
「あ、無罪放免ではない感じですか……?」
「当然だろ」
朝にも見た漫才のようなやり取りにミザリーはまた笑い、
ロインとピントも顔をほころばせていた。
「あー……仲のいいところを失礼しますけどぉ」
突然耳慣れない声が聞こえ、先ほどを思い出して
ミザリーたちが身構えると、詰所の戸が開いており
中から1人の中年の優男が顔をのぞかせていた。
「ここは井戸端会議をする場所じゃあないんすよぉ。
何か用事なら教えてもらえませんかなーってぇ」
「ああッすいませんでしたッ!? えッとですね、
不審者と遭遇して、
一戦交えたのでその報告に……」
ピントの言葉の後にしばらく沈黙が続き──
「……はいぃ?」
「うむ、その説明ではそうとしかならないな」
男性の理解が追い付かないという一言に、ミザリーは
深く頷くことしかできなかった。
「ほうほうぅ……お店からの帰り道にぃ、裏路地で
襲われたとぉ……」
なよっとしたいささか頼りない風体の男は、紙に
ペンのようなものでピントの言葉を書き綴っている。
ミザリーとロインもピントと一緒の長い椅子に座り、
事情を聴いてもらっている。
「そうですね、3人はいました!全員剣を持ッてて……
あれ? 全員でしたッけ?」
「いや、男は2人ともに剣を持っていたが、女のほうは
ピントを羽交い絞めにしていて何も取り出しては
いなかったように思えるな」
「ふむぅ……男2人と女1人の三人組ぃ、ねぇ。おまけに
ここらでは見ない顔と来るとはねぇ……そういやそこの
お2人さんも見たことない顔だけどぉ、さいきんここへ
いらっしゃいましたかぁ?」
「えっ!?あ、それはその、だな……」
聞かれるとは思っていたが、あまりに前振りも何もなく
聞かれたためにどう答えるべきかミザリーは迷った。
──なので、そこに堂々と答えるものがいるとは
全く想像もしていなかった。
「あ?俺たちは、何か異世界とかいうところから来た
らしいんだけどよ」
「――っっ!!?」
今朝がた本人が話していたことを忘れてしまったのか、
ロインがそのままのことを優男に話してしまった!
ミザリーは慌ててロインの肩を引っ張り、
耳をミザリーの口元に近づけてささやく。
(お前、今朝言っていたではないか! ここで余らの
情報を独占できるのはピントだけだというのに!
ほかに聞かれてしまっているじゃないか!!)
(えッ!? ブルーマンの店長みたいに知り合い
なんじャないのこの2人!? やけに親しげだッたよ!?)
その一言にその可能性は考えていなかったと
ミザリーはハッとした。
しかしもしかしたらという場合もある。
恐る恐るピントのほうを見ると、
うつむいて顔が影になっており、
その表情はうかがい知れない。
これは、どちらなのだろうか……?
「ほおぉ、異世界からねぇ」
聞こえた声に目を向けると、
優男の目がすぅっと細められている。
ミザリーはその視線におや、となった。
その目はどこか遠くを見るような目で、
何やら物寂しげに見える。
てっきりこちらの発言に突っ込んでくるのかと
思っていたのだが……。
「いましたねえそんな人がぁ。もうどれだけ
経ったんでしょうかねぇ……」
「あのことは思い出したくないですねェ……
自分の黒歴史ですよ……」
「あははぁー、記者さんはあの時思いっきり
へこんでいましたからねぇ」
「……ピント? その、この者とは……」
ミザリーが困惑気味に尋ねると、ピントは目を
しばたたかせた後にハッとした顔になった。
「ああッ!? そういえば言ッてませんでした!!
こちらの方はヨセフさんといいます。ダニエルさんと
同じで、口の堅い方なんで喋ッても平気ですよ!!」
「……先に言ってくれ」
ミザリーはどっと力が抜けてしまった。
ここまで知られてしまったことを気にしていた自分が
馬鹿みたいに思えてくる。
「……てめェやッぱ一発強力な奴行くしかねぇな……」
「あひえェェェ……ミザリーさん助けて……」
ロインのすごんだ顔に怯えた様子のピントがこちらに
すがって来るが、ミザリーはプイと顔をそらした。
「すまないが、今回は弁護できそうにないな」
「そんなァ~!!」
「あははぁ~。仲がいいようでなによりですなぁ」
ヨセフに笑われてしまったミザリーは恥ずかしくなり
思わずうつむいてしまう。
「ああぁ、これは申し訳ありませんなぁ。話を
脱線させすぎて困らせてしまったとはぁ」
「おうてめェらそこに直れ。今からその面
張り倒してやるよ」
もう何度目かのロインの暴走が始まる気配を察し、
ミザリーは顔を上げてロインの肩をつかんだ。
「……お前は何かあったらすぐに直情的になるのを
やめておけ、少し恥ずかしかっただけだ」
「……姉ちゃんがそういうなら」
昨日の今日でもう回数も忘れてしまうほどロインの
行動を止めたが、こやつも懲りないなとミザリーは
頭を抱えた。
「本当に申し訳ありませんでしたぁ。とにかくぅ、
この不審者どもは必ず捕まえてみせますぅ。
何かほかに思い当たることがあったら、
今のうちに聞きたいんですがぁ」
「ほかに思い当たること、か……余らを狙っていた、
という事は何か役に立つだろうか?」
ミザリーの一言にヨセフは片方の眉を吊り上げた。
「ふむぅ、異世界からいらした方を
狙ったとするとぉ、まさかとは思いますがそいつらぁ、
昔ここに来た異世界の方と
関係あるのかもしれませんなぁ」
「なんでだよ?」
ロインが聞き返すと、ヨセフは神妙な顔つきになった。
「異世界から来た方の話を聞いたそいつらはぁ、
また誰かがここにやってくると踏んで狙った可能性が
あるという事ですぅ。
そしてやって来たその人はここにいた方の
関係者である可能性があるわけですぅ。
そしてどこかであなた方の話を
聞きつけたやつらはぁ、待ち伏せを行ったという事に
なるかもしれないんですなぁ」
「……なぜ、そんなことを?」
「わかりませんがぁ、とっ捕まえて搾り上げてでも
必ず吐かせますぅ。何か少しでも
変わったことがあったなら、
いつでも教えてくださいぃ」
ヨセフの目には闘志のような輝きが宿っており、
ミザリーはこの人物に任せておけば大丈夫そうだなと
安心した。
「さっそく今から情報を流して警邏を始めますぅ。
ここには必ず誰かいるようにしてますんでぇ、何かあったら
いつでも来てくださいぃ」
「うむ、頼もしい限りだ。よろしくお願いしよう」
ヨセフは詰所の扉を開けて外へと向かう。
これでここでの用事はすべて済んだのだろうか、と
ピントを見ると、ミザリーを見て頷いていた。
「これでもう大丈夫です。自分たちは宿に
戻りましょうか!」
「マジであいつに任せて平気か?相手は……
やたら弱かったけど、結構手馴れてたみてェだったがな」
ロインの疑問にピントは胸を張って答える。
「大丈夫ですよ! 自警団の皆さんは当然
ダニエルさんよりずッと強いんですよ!!
自分が勝てたなら相当に人数いないと
相手にもなりませんッて!!」
「だといいんだがな」
どこか不安げにするロインの様子にどこか弱気だなと
ミザリーは珍しく思った。
変わったこと、と言われて昨日の宿での出来事を
思い出し、いつの間にか部屋に置かれていた水差しと
箪笥に仕舞われていたドレスのことを思い出した
ミザリーは、考えすぎかとかぶりを振った。
とにかくこれで相手は自由には動けない。その間に
できることを済ませてしまおうとミザリーは椅子から
立ち上がり、ピントとロインとともに
自警団詰所を後にするのだった。
ミザリー「それにしてもお腹が減ったな……」
ロイン「考えてみれば俺たち昼ご飯まだだよ!!」