襲撃現場にて
「くっ、何という足の速さだ!もう姿が
見えなくなってしまった……」
謎の襲撃者が去っていった方向を見ながら、
ミザリーは悔しさに唇をかんだ。
ピントを人質に取られた時に何もできず、
あまつさえ逃亡を許してしまうとは。
「ごめん姉ちゃん、俺何もできなかッた……」
申し訳なさそうに謝るロインは口を一文字に
結んで震わせている。相当に悔しかったのだろう。
「だがしかし、後ろのやつが襲い掛かってきた
ときにきちんと反応できていたではないか、余の
ほうが何もできずにいた。お前はよくやったぞ」
「姉ちゃん……」
目を潤ませながらこちらを見るロインに
悔しさを押し殺して笑ってやると、ピントは
どうなったとミザリーは慌てて目を向ける。
「はァ~……びッくりしましたよ、まさか
あんな人たちが現れるなんて!! ……あッ!!!
写真撮ッとくべきでした!! なんで自分はいつも
こう特ダネを逃がすんでしョう……」
驚いたかと思えばいきなり落ち込み始める
ピントの様子にミザリーは思わずたじろぐ。
「ず、ずいぶんと元気そうでよかった。……
平気かピント?どこか傷ついたりは?」
「ミザリーさん……自分は記者として失格だと
心に傷を負いました……」
「姉ちゃん、こいつ元気そうだよ?」
「ロインさん冷たい!! もッと記者を労わって
くださいよォ~……」
思っていたよりも元気そうな様子にミザリーは
ほっとした。もしもピントが傷つきでもしていたら
ミザリーの心は深手を負っていただろう。
「それにしてもあの野郎ども何だッたんだ?
いきなり襲い掛かッてきやがッてよ」
「そのことなんだが、気になることを言って
いたな奴ら。『異世界のお客は何も知らない』と、
余らのことを知っているような口ぶりだった」
──そうだ、あの男は確かにそう言っていた。
まさかロインの質問があのような答えになるとは
思ってもいなかったが、情報を集める面でもロインは
きっちりと仕事をしたといえるだろう。
そしてピントは流れるような動きで相手の
1人を行動不能にして見せたことを思い出す。
「……本当に余だけだな、何もできなかったのは……」
先ほど浮かんだ思いがぶり返してきて、なおさら
ミザリーは気分が落ち込んだ。何が魔王だ、ただ
ぼけっと立っていただけのやつが……。
「いや姉ちゃん! 最初に落ち着いて俺に指示
出してくれたよ!! でなきャ俺すぐに
斬りかかッてたッて!」
「そうですよミザリーさん!あの冷静な指示の
おかげで──……
待ッてください? ミザリーさんいなかッたら
自分ごとバッサリいッてました?」
「……かもな!」
「ヒェッ……ミザリーさんが命の恩人すぎる……」
ピントがこちらに手を合わせてきたのを見て、
ミザリーは思わず吹きだしてしまった。
ああ、思い返せばこの2人にはいつも助けられて
ばかりいる。
では自分も頑張らなければと思い、
ミザリーは気分を切り替えた。
「ふふっ、ありがとうな。おかげで元気が出た!」
その笑顔にロインとピントもつられて笑い、全員が
大丈夫だと確認しあうと、とにかく現場を色々と
探ってみようという話になった。
「さてと、何から始めりャいいかな。姉ちゃん、
どうしたらいいかな?」
「気になっているといえばお前、袋を持っていたが
剣が当たった時に鈍い音がしていたな。何か中に入って
いるのか?
……ああ、服以外で頑丈なものという意味でな」
ミザリーの疑問はまず剣をたやすくへし折った紙袋である。
確かに金具付きの革帯などもらったが、明らかにそれで
剣を折ることなど出来はしない。何か固いものでも
入っているのなら話は別だが──。
ロインはそれを聞いて袋の中をガサゴソとしていたが、
やがて不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「うーん……服と革帯以外は何もないよ姉ちゃん。
……気になッたのは袋が少し破れてるくらいかな?」
「少し?大きくではなく少しなのか?」
「うん。ほら見てよ、ここが少しだけ斬られてる」
そう言って見せてきた袋には、なるほど
斬りかかられた時に付いたとみられる穴が
空いている。
しかしその穴の向こうに見えるのは
間違いなく服だけであり、
革帯や金属の類はまったく
見えなかった。
「本当だな……。そして見えているのは確かに
服だけだ。……まさか服に当たって剣が折れたのか?」
「信じられないけど、そうとしか
考えられないよね……」
2人でうんうんと唸っていると、ピントが手に何かを
持ってやってくるのがミザリーの視界の端に見えた。
「どうしたのだピント? 何かあったのか?」
「いや~、あの人たちが落としてッた剣ですが、
どうしようかな~ッて思いまして……」
見ればその手につままれているのは、先ほどぼっきりと
折れた剣の刀身だった。
その刀身からはただならぬ気配を感じるが、ピントは
全く気付いていないらしく、所在なさげにぶらぶらと
刀身を揺らしている。
「おいおい、危ねェな!姉ちゃんに当たりでもしたら
どうすんだてめェは!」
「えェ~?もう折れちャッてるんですよ?振り回す
こともできませんよォ」
「ぶらぶらさせんのをやめろッて言ッてんだよ俺は!」
ロインは腰に付けた袋をごそごそとまさぐると、中から
一枚の革の切れ端を取り出した。
「ナイフだのなんだの包んでたやつだから、
それくらいの刃物ならぎりぎりで包める大きさだ。
これに包んで持ッとけ」
「おお! 異世界の人の道具ッ!!
ちョッと待ッてください、
包む前に1枚撮らせてくださいッ!!」
いそいそと〝かめら〟を手に取ったピントに、また目が
つぶされてはかなわないとロインとミザリーは顔を
背けて目をつぶる。
「じャあ撮りますねー!!」
その一言と同時に目をつぶっていても何かがピカっと光る
のが瞼越しにわかる。
──自分たちはこんな光を浴びていたのかと、ミザリーは
少しばかり恐ろしくなった。
「ハイ、すいません!!じャあ包んじャいます!」
目を開けて顔を戻すと、ピントが革の切れ端の中に
くるりと刀身を包んでいる。これで周りを傷つける心配は
ないだろう。
──ほかに何かめぼしいものはないかと辺りを探した
ミザリーたちだったが、ほかには特に何も見つけることは
出来なかった。
「ふむ、こんなものだろうか?」
「うん、そうみたいだね!」
「ですね~」
3人は周りを警戒しながら道を歩く。
と、今度は人通りの多い道が見えてきた。
「今のことがあッた以上、これからは大通りを
歩きましョう!
ローブで体を隠して裏通りを歩いてた以上、
あの人たちは目立つ場所には出られない気がします!!」
「確かにそうだな。人の目に着く場所なら襲撃は
回避しやすくなるという事か」
「考えてんなてめェも」
「記者なんで!! 頭も使わなきャですよ!」
「それに加えてですよ!」とピントが得意げな顔をする。
「ここはそこまで大きな町じャないんで噂を流せば
あッという間に町中に広がります! そうすれば、もう
怪しいローブ姿の人たちなんて外を出歩けませんよ!」
「なるほど、悪くない算段だ!」
「それにあの人たち見たことない人たちでした。
きっとよそ者ですよ、よそ者!!」
「となれば、町の中に溶け込めてない浮いたやつを
探せば今後はそいつが襲撃者ッてことか。小さい町なら
見かけないよそ者なんて変わった目で見られて
すぐにばれるからな」
ピントに連れられてミザリーとロインは大通りを歩く。
当然ながら自分たちも変わった格好の者になるため
町行く人々の視線を集めていた。
「あァ? 見せもんじャねェぞ」
「こら、やめないか!」
その中で2人の少女を連れた親子が通りかかり、
少女たちがミザリーを指さして言った。
「ママ! あのひとおひめさまみたいだねー!」
「わたしもあんなドレスきてみたい!」
「こら、指をさしちゃいけません。でもそうね。
本当に綺麗。あなたたちがいい子にしてたら
あのお姉さんみたいになれるかも知れないわね」
「ヘヘッ、わかッてんじャないか。信じてたぜ俺は」
「どの口が言うのか……」
「むほほ~……」
ミザリーとピントがあきれ気味にロインを見た。
──それにしてもあの者たちの正体が気になる。
なぜ自分たちが異世界から来たものだと知っているのか、
襲ってきた理由は何だったのか、
逃げる際に少女の発揮した謎の怪力と俊足は──
「なあ、お前。ぶるーまんしょっぷで言っていたな、
『敵が出たのか』と」
「……うん。あの時は言葉の綾だッたけど……」
神妙な顔で頷いたロインにミザリーも頷き返した。
「本当にいるのかもしれないな、余らのような
異世界のものをどうにかしようとする〝敵〟が……」
ミザリーは前を見据えて歩き続ける。
もし予定が合っているなら明日か明後日の午後には
この世界を後にできる可能性はあるが、
どうやら一筋縄ではいかないらしいと
ミザリーは戦いの覚悟を決めるのだった。
ミザリー「それにしてもあの動きはなんだったのだ?」
ピント「ダニエルさんから有事の時様にッて教えてもらいました!」
ロイン「ああ……なるほど、あいつならできそうだな……」