会敵
ブルーマン・ショップを後にした3人は
宿への帰り道を歩いていた。宿を出たときには
まだそこまで高くはなかった陽が頭の上に
かかってきており、ずいぶんと長くあの店に
いたことを示していた。
「ずいぶんと長居してしまったのだな。失礼な
ことをしてしまっただろうか……」
顔を曇らせるミザリーにピントは笑いながら
いやいやと手を振った。
「むほほー! ダニエルさんとこの服はとにかく
頑丈なんで、一度買ッた人が来ることはなかなか
ないんですよ!! おまけにあの内装でしョう?
初めて入ッた人はミザリーさんたちみたいに
ふらふらして怖がッちャッて。そのせいで
『毎日暇でまいっちまいやす』なんて言ッてますから
大丈夫ですよ!!」
「いや内装変えろよ。そうすりャいいものは間違いなく
そろッてんだからよ」
ロインの指摘にはミザリーも少し同感だった。
内装の豪華さから相当儲かってはいるとは
わかるが、青色一色でなければもっと客足は
伸びるはずだと思ったのだ。
……少しばかり値段は高いのが課題ではあるが。
「自分もそう思うんですが、ダニエルさんいわく
あれはとある理由からあの色にしてなきャ
ダメなんだそうですよ?」
「ふむ?何かこだわりがあるのだな」
「変なこだわりなんか捨てりャあいいのにな」
ロインがあきれたように頭の後ろで手を組むが
ミザリーはどうかなと異を唱えた。
「もしもそのこだわりが、例えばお前が余を
〝姉ちゃん〟と呼ぶことに匹敵するこだわり
だったとしたらどうだろうか?」
「俺はあの店長に敬意を表するよ!! 何が
何でも曲げない強い意思を感じるね!!」
「えらく表現が激変しましたね!?
やっぱり異世界の人は受け取り方も違うの
でしョうか!? むほほーッ! インタビューが
楽しみでたまんないですね!!」
「いや、こやつが変わっているだけだ」
ロインの手の平を返すさまを先ほど見ていた
ミザリーは、またこやつは、と笑いながら
ふとその手に握られている取っ手付きの
紙袋を見た。
「ふと気になったが、その紙袋の中身は
余の服か?それにしては妙に大きいが……」
「え、ああこれ?そう、姉ちゃんの服。
それと俺の服も一緒に入ッてるよ!!」
笑顔で答えるロインが袋の中身を見せると、
確かに先ほど試着を済ませたミザリーの服と
もう一着、同じ色の服が入っている。
「いつの間にお前の服なんて選んだんだ。
いや、それ以上に試着を済ませていないが
どうしたのだ?」
「姉ちゃんが選んだ服のそばにあッた同じ
服を選んでさ!試着は姉ちゃんを待ッてる間に
外で急いで済ませた!!」
「……その時にほかの客が着ていたらお前、
笑いものになっていたぞ?」
思わず吹き出しながら歩いていると、前方から
深くローブを着た2人組が歩いてくるのが見える。
そういえば昼間だというのに人通りが少ないが、
どこか裏路地のようなところを通っているの
だろうか。
「そういえばピント、あまり人を見かけないが
この時間は皆どこにいるのだ?」
ミザリーの質問にピントはああと言って答えた。
「この時間でしたら仕事場にいたり、ご婦人方は
買い物に出たり、大通りのほうは人が多いでしョうね。
取材が終わるまではあまり姿を見られると同業者が
寄ッて来るんで、裏通りを通ッています!!」
「なるほど、ありがとうピント。ではあの人たちは
あまりこの辺りに慣れていない人たちなのではないか?
あちこちをきょろきょろとしているしな」
「あの人たち?」
ミザリーが指さした方向をピントが目で追うと、
まもなくすれ違うというところまでローブの人物たちは
接近していた。
「ピント、よければあの者たちも一緒に通りまで
案内してやってはくれないか?迷っているのなら─」
ミザリーがピントに話しかけた、その瞬間だった。
ピントの体がふわりと浮いたと思った時には
既に遅く、羽交い絞めにされたピントの喉元には
輝く剣が突き付けられていた。
「っ! ピントっ!!!」
「動くんじゃねぇぞッッ!!」
ミザリーが動こうとするのを察知したらしいローブの
1人が鋭い声を上げ、そのまま頭のローブを
外すとその中から若い男の顔が現れる。
「なんだこいつらッ!!?」
「お前、刺激するなよ!? ピントが傷つけ
られてしまうっ!!」
腰の剣を抜こうとしたロインに指示を飛ばした
ミザリーは、しかしどうするべきかと焦る。
周りに人はいるようには見えず、助けを呼ぼうと
大声を上げようとする、が──
「おっと、助けを呼ぼうとすんじゃねぇよッッ
その瞬間によ、こいつにこの剣がバターに熱した
ナイフを突き刺すみてぇに深々と刺さっちまうぜえッッ?」
「……っ」
その言葉にミザリーは身を固くする。それと同時に
ロインが声を上げていた。
「おいてめェ」
「おっとなんだッッ?交渉してくれってんならそれを
切り出すのは俺たちのほうからだぜッッ?」
「ばたーッてなんだよ?」
ロインの一言にミザリーは凍り付いた。
なぜ相手の神経を
逆なでするような問いを今するのか─っ!?
「ははは! バターも知らねえのかッッ!! 異世界からの
お客さんッてのはマジで何も知らねぇんだなッッ!!」
「っ!!?」
その言葉にミザリーは耳を疑った。
今、こやつ何と言った?
だがそんな考えをしている暇は今はない。
ミザリーは隙を窺ってドレスの戦闘用籠手に
手を伸ばす機会を狙った。
「バターってのはな──」
──男がそこまで言った時に、〝それ〟は起きた。
「いやァーーーッ!!!お助けェーーーッ!!!」
ピントが叫ぶや否や羽交い絞めを難なく振りほどき、
素早く剣を握る男の側面へと回り込んだと思うと──
「えッッ?」
と驚く間もなく、男のあごめがけてこぶしを振り上げ、
そのまま男は宙を舞った。
「──はぇ?」
「あ……?」
「ア──」
「あばーーーーーッッ!!?」
空から落ちてくる男の断末魔に、誰も動けずにいる。
唯一ピントを羽交い絞めにしていたローブの者が
一拍遅れて大声を上げる。
「ア、アニキぃーーー!!?」
落ちてきた男めがけて走り出した者のローブが
勢いで外れて、中からは意外にも少女の
可憐な顔がのぞいた。
「お、女の子だったのか……」
「だとしても手加減する理由にはならないよ
姉ちゃん!!」
ロインがそういって腰の剣を引き抜こうとした
時、少女がこちらに向かって声を張り上げる。
「ちょっと! 見てないで飛び掛かってよ!!」
「ッ!?」
なぜこちらに声をかけるのか。
驚くロインとミザリーは、だがそれはこちらにではなく
その背後に言っていたことを理解した。
「ちぇりゃぁぁーーーーーーっ!!」
『!!?』
叫び声にとっさに振り向くと、頭上に剣を
振りかざした青年がこちらに向かって
高所から飛び掛かってくるのが見える。
その距離はあまりにも近く、
回避が間に合いそうもない──!!
「くそッ──!!」
その剣はロインに向けて振り下ろされ、ロインは
手を振り上げ、紙袋がつられて放り上げられる──
──ボキィッ
鈍い音を立てて紙袋に剣が当たると、剣はまるで
枯れ枝のように真ん中から折れて剣先がくるくると
飛んでいき──
やがて石畳の地面に乾いた音を立てて落ちた。
『……は?』
剣の青年とロイン、ミザリーの口から
全く同じ言葉が漏れる。ミザリーは
ロインに近寄って無事を確かめた。
「お、おい……お前、無事か……?」
「う、うん。けど、なんで俺……?」
聞きたいのはこちらのほうなのだがロインも
何が起きたのかわからないようで青年と
紙袋を交互に見ている。
「あ…あれ……? 俺の、剣は……?
転生の、チートの、無敵のレーヴァ、テイン……」
青年は折れた剣を見ながらうわごとのように
つぶやいて周りを見回している。
「何が起きたのだ……」
ミザリーが口にするも誰も答えることはなく、
ただ立ち尽くしていた──
「今だっ、逃げるよみんなっ!! よいしょっと!!」
ミザリーがあっと思った時にはすでに少女が呆けている
青年と若い男を2人肩に担いで走り出しているところだった。
追いかけようとするもその速さは凄まじく、一瞬ではるか
遠くへと走り去っていたのだった。
ミザリー「あ奴らはいったい……」
ロイン「袋破けてねえかな……?」