今後の方針と出発
「……ふぅ。さて、ふざけるのはこの程度にして
早く着替えて出なければ」
「そうだね、試着にこんだけ時間かけるのは
珍しいッて言われそうだし!」
「うむ、店側にも迷惑だからな」
ミザリーは服の釦に手をかけると手早く外し
上着を脱いだ。それを見ていたロインは
「そういえばだけど」とミザリーに尋ねてくる。
「それ初めて触ッた服だけど、胸元の釦とかは
俺たちの世界の服と変わんないの?姉ちゃん
普通に釦留めてたけど
「む? うむ、一方に穴が開いていて補強されている、
もう一方に金属の釦があるから余らの世界の服と
あまり変わりはないな。ずぼんにも釦があったが
男物の服で見たことがある作りだったおかげで
どうすればいいかはすぐに分かった」
答えながら下のずぼんを脱ぎ、肌着もするりと
脱いでおく。ミザリーは基本城ではドレスを身に
まとうことが多かったために1人でするすると
着られるこの服をすっかり気に入っていた。
見た目も好きで強度もあり、なおかつ1人でも
着こなすことができるこれを選んだのはやはり
大正解だったなとミザリーは悦に浸っていた。
「さて、お前の出番だ。ドレスは頼むぞ」
「男物のずぼん? ……あッうん、ごめん姉ちゃん!
じャあ用意するね!!」
何かをつぶやいていたロインはすぐに顔を上げると
壁の〝丁〟にかけてあるドレスをとって戻ってくる。
「さあ、早くしてしまおう」
「うん。……あのさ姉ちゃん」
「む、なんだ?」
しゃがみこんだロインの持つドレスに足を通しながら
ミザリーは答える。何か気になることでもあった
だろうか?
「……少し気になッたんだけど、今まで姉ちゃんはドレス
着るときッてどうしてたの?」
「そんなことが気になるのか。うむ、今までは
側近のアズに着付けてもらっていたが?」
その返答に鏡に映るロインがドレスを引き上げる
手を止め、体を震わせ始めた。
「……あの側近野郎が……?」
「そうだ、わが城は人が少なくてな。食事も身の回りの
世話もアズが1人でやってくれたのだ。先ほどの
ずぼんもアズが身に着けていたものを思い出してな、
これならできると─」
「──……あ の 野 郎……──」
冷たい声にまたかと振り返り足元を見ると、ロインが
再び般若のごとき顔になっていた。
「ぶちコロして……いや死んでたわ……どうしたら……」
大方自分の近くにいたアズのことをよく思っていない
のだろうとミザリーはしゃがんでロインの耳元で言った。
「もし余がお前の姉なら魔王城にいる間、何不自由ないよう
親身に世話をしてくれたもの、という事になるが?」
「アズ様! 大恩人様!!
なぜ逝ッてしまッたのかッ!!」
現金な奴だなとミザリーは冷ややかな目で見るが、まぁ
色々あったのだから致し方ないかとも思い立ち上がった。
「さぁ、早く着てしまおう。いつまでも試着室を
占拠するわけにもいかないからな」
「それもそうだね!!じャあ急ごうッ!!」
早くも元気になったロインはドレスを持ち上げてミザリーの
背中に手をまわした。ミザリーも胸元ぐらいはと手で直し
腰回りと背中はロインに任せる。あとはただ鏡を見ながら
待つぐらいしかできないのだが、その際にふと思ったのが
ピントへの恩返しのことだった。
「ふむ、そういえばピントへの恩返しだがどうしたものか?」
「あいつに恩返しねェ……正直今は気が進まないけど
姉ちゃんが言うんなら考えが1つあるよ。聞く?」
「うむ、何か案があるのなら聞くぞ」
それとなく話の敷居を上げてしまったがこやつなら平気かと
ミザリーはそのまま話を聞く。
「うん。あいつ俺たちから化け物の話を聞いたときに凄く
興味ありそうな顔してたじャない? だから例の〝パンフレット〟
で町の中を回りながら情報収集してやッたら喜ぶかなッて」
その話にミザリーはなるほどと頷いた。確かに贈り物としては
一風変わっているがこの町には不慣れな自分たちでもできそうな
こととしてはかなり上出来だと思う。
「うむ、2日という期間があればそれなりに話も聞けそうでは
あるな。その案採用だ!」
「マジで!? これでいいの!? 場合によッちャあ出くわす
可能性もあるんだけど……」
「うーむ、その時にはそこは大騒ぎになっているだろうから
近づかずに目撃したとだけ話せばいいのでは?
討伐隊という単語が出てくるという事は
それなりの手練れもこの町には
いるのだろうし」
つい先ほどその洗礼を受けたところだしな、とミザリーが
苦笑いを浮かべるとロインは声を弾ませた。
「スゲェや、さすが姉ちゃん! 俺そこまで頭回ってなかったよ!」
「本当かぁ?」
なにはともあれ方向性は決まったというところでロインも
ドレスの着付けが終わったらしく背中から離れる。
「よしッ、完成! どうかな姉ちゃん?」
その一言にミザリーが鏡に背を向けてみると、丁寧に
結ばれた飾り結びと背中の紐が見えてミザリーは正直
驚いていた。
「おお、完璧だ! 初めてとは思えないな、いい出来だ」
「店長のやつが教え方上手だッたからね。そのおかげ」
「ふふっ、あとでまた感謝しなくてはな」
「ヘヘッ、そこは確かにね」
無邪気に笑うロインの顔を見てミザリーは思わず
つぶやかずにはいられなかった。
「その素直な感情をピントにも向けてやらないか……」
「うーん……! 姉ちゃんがそういうなら頑張る!!」
「ぜひそうしてくれ」
脱いだ服や肌着を持って扉へと向かい、大きく息を吸い込む
ミザリーにロインは不思議そうな顔をする。
「どうしたの姉ちゃん? 何か不安なことでも……」
「いや、それがこの扉やけに重くてな…先ほども
ダニエル殿に開けてもらったようなものなのだ」
「ああ、さッき鏡の分重いとか言ッてたやつだね」
ロインは両手をぶらぶらと振り腕を伸ばす柔軟をすると、
扉に向かいぶつかっていった。
「よいしョッ!!」
「もしやお前の力なら開いてしまうのか?
余が軟弱なのか……?」
そんなミザリーの不安は──
「ふんッッ……ううッくゥッ!!!」
ものの見事に外れロインも同じくほんの少しばかり
開けるのがやっとという状態だった。
「ほらな? 余の言う通りだろう?」
「マジだねッ……でもここで、全開にして姉ちゃんに
かっこいいところ……見せたいッ……ィッ……!!」
それでもなお諦めようとしないロインは扉を押し続けるが
これまた先ほどと同様いきなり扉が大きく開き、そのまま
外へと転げだし棚に激突していた。
「なんべはァッ!!?」
「うひャあ!? えッロインさんですか!!?
何してんですそんなところで!?」
「ピント、そなたが開けてくれたのか」
あとから出てきたミザリーの姿にピントはいったい何事かと
問う顔を向ける。
「ええハイ、扉が少しだけ開いて声が聞こえるんで
また扉が重いのかなーなんて思ッたんですが、なんで
ロインさんが飛び出してくるんです?」
「なに、余に格好をつけたいとあやつが張り切った
だけのことだ」
「はァ、そうなんですか……?」
「うむ。……ところでダニエル殿の姿が見えないが
今はどこに?」
きょろきょろと辺りを見回すがダニエルの姿がない、と
ピントがそれに答えてくれた。
「ああ、それでしたらちョッと取ッてくるものがあるッて
店の奥に行きましたよ。もうじき帰ッて来るんじャ──」
ピントがそこまで言うと、その通りにダニエルが手に何かを
持って戻ってきた。
「おっと、お嬢サンの試着も終わりやしたかい」
「うむ。大変いい服だった、いただけて本当に感謝するぞ」
「ははは。いいってことでさぁ、それでなんですが」
ダニエルは手に持ったものをミザリーへと差し出す。
空色という珍しい色をしているが革帯の様だ。
「これは?」
「手にお持ちの服なんでやすが、下はパンツ、ああズボンの
形をしてやすね。こいつを服の腰のリングに通してこうやって
閉めれば──」
ダニエルは革帯の端についている金具の中に革帯を通して
開いている小さな穴に金具を差し込み引っ張って
固定して見せた。
「──多少激しい運動したところでパンツはずり落ちたりは
しないってわけでさぁ」
「ほう、革帯は知っていたがこの形は初めて見るな!
……だがこれも値は張るのだろう?」
ミザリーがうなるようにつぶやくと、起き上がってきた
ロインがダニエルの後ろから声を発した。
「……あんま高いなら買えねェぞ?」
その声に振り返りながらダニエルは笑う。
「なんの。わたしの服を褒めてくれたお2人へ、
こいつはサービスでさぁ」
「そんな! すでにこんなにいいものをもらったのだし
これ以上は……」
「いいじャないですかミザリーさん! もらえるものは
もらっておきましょう!!」
「俺も姉ちゃんは受け取ッていいと思うな!!」
「うぅ……──」
お詫びの品だと服をもらい受けたときと同様の状況に
これ以上断ってもまた受け取るしかないと思った
ミザリーは観念して受け取り、微笑んで礼を言った。
「──……すまない、ありがとう」
「さて、お2人とも宿に帰りますがいいでしョうか!?」
「うむ、忘れたものもないぞ」
「はい、店長にお礼言ッてないので行ッてきます!!」
言うや否やダニエルのもとへとロインは駆け寄り頭を
下げている。その様子を見ていたピントは「ほお~」と
意外そうな顔をしていた。
「ロインさんもああ見ると普通の人ッて感じですね。
異世界の人ッてこと忘れそうです!」
「そなたにもああやって素直になれたらいいのだがな……」
「えへへ~それは自分にも問題があッたのでそれはそれで
ッてことで。なんて言いつつお礼もらえないかな~、
なんて……」
ピントの言葉にミザリーはため息をつきながら答える。
「あやつはおそらく言わないな。余が保証できてしまう」
「えへへ~、そう、ですよね……」
寂しそうにうつむいたピントに、ミザリーはだからと
付け足した。
「あやつの分まで余がそなたに礼を言おう。ありがとう
ピント、そなたのおかげで素晴らしい服と出会えた!」
満面の笑みでお礼を述べるとピントは赤くなって再び
下を向いてしまう。だが今度はそこから嬉しそうな
笑い声が聞こえてくることがミザリーを安心させた。
「お待たせ姉ちゃん!!」
「よし、では宿に戻ろう」
「了解ですッ!!」
「あ、あと姉ちゃん」
今まさに出発しようとするとロインがミザリーに
耳打ちしてくる。何だろうかと耳をそばだてると
ロインがピントに聞こえないように言った。
「化け物のこと、店長は知らないッてさ」
「うむ、そうか。ありがとう」
ミザリーは頷き、振り返ってお店の全景を見る。
〝ブルーマン・ショップ〟、あまりにも風変りだが
そこに並ぶ品はどれも一級品に違いなく、ミザリーは
見た目とはあまりあてにならないと胸に刻んだ。
「また機会があればお世話になるかもしれないな」
ミザリーはくすりと笑うとピントの後について
歩いていくのだった。
ミザリー「ずいぶんと長居してしまったな」
ロイン「いい感じに腹も減ったね」