ようやくの試着
「……さて、とにかくうずくまっているだけでは
何も始まらないな。それにここは試着室、
これ以上長居するわけにもいかない」
「言われてみればそうだッたね! にしても
ここ広いなァ、どんだけ稼いでんだあの男」
立ち上がりながらロインの話を聞いていると、
先ほど自分が全く同じことを言っていたことを
思い出しミザリーはくすりと笑った。
「ん? どうしたの姉ちゃん?」
「いや、先ほど同じことを余も言っていたと思ってな」
それだけだと返してミザリーはそういえばピントが
肌着を持って来てくれたなと辺りを見回す。
「なぁお前。先ほどピントが持って来てくれた肌着の類、
どこに置いたか知っているか?」
「あ、俺受け取ッてるよ。これだね!」
ロインは腰の後ろに手をまわしたと思うと、どこから
取り出したのか青色と黒色の2種類の肌着を差し出してくる。
「今、どこに仕舞っていた?」
「え? 腰の革紐に挟んでただけだけど?」
「ふむ、信じよう。お前は〝そんなこと〟はしないと
確認できたからな」
「? そんなこと?」
「なに、こちらの話だ」
不思議そうな顔をするロインにミザリーがひらひらと
手を振るとロインもそれ以上は聞いては来なかった。
それではようやく本題の試着に入るわけだが、肌着の
類は見た限りでは自分たちの世界で見たものと
基本的には同じ形だとミザリーは手に取りながら思った。
違いとすればやはり見事な麗糸の意匠が
施されているところだが、
華やかな見た目以上の能力はおそらくないと思われる。
「手伝おうか姉ちゃん?」
「お前は余が肌着1つ満足に着られないと思ってないか?」
「ドレスが着崩れてた感じしたからほんの少しだけ……」
「……ばれていたのか……」
そうなるとこの店に来るまで誰にも会わなかったことは
まさに幸運だったとしか言いようがない。
もし見られていたら
確実に笑いものになっていただろう。
「でも俺が『気のせいかな?』 ッて思うくらいだからこの
世界の人が見たら『あんなドレスがあるんだ』くらいで
済んだんじャないかな?」
「……そ、そうだろうか?」
「うん、そうだよ! だから大丈夫だよ!!」
何度も頷くロインに気を使わせているな、と察したミザリーは
「そうかな」と答えてそれ以上は触れないことにした。
肌着を黒と青から選ぶことになったが店の中の青色を
思い浮かべてどうにも選ぶ気にはなれず、黒を選んだ
ミザリーはまずはと身に着けてみる。
「……おお、ぴったりだ。ゆるみもないし窮屈でもない」
「え、あいつ見ただけで姉ちゃんの体に合ッたもの持ッてきた
ッてこと?ちョッと気持ち悪いわ」
「えらく悪しざまに言うなお前。そこはピントの観察力を
褒めるところだろう」
ロインの言葉にミザリーがあきれていると、ヘヘッとロインが
笑った。
「もう大丈夫そうだね姉ちゃん! よかッた!!」
「……まったく」
言葉の意味がピントをけなすものでなく、ミザリーの調子が
戻ってきたかを確認するためのものと分かりミザリーも
困ったやつだとつられて笑った。
鏡に全身を映して体をひねりながら見てみると、
なるほどこれは悪くないとミザリーはうれしくなった。
肌着は人に見せるものでは
ないので質素なものしか見たことがなかったが、これは
逆に〝魅せる〟代物だ。
「胸の辺りなどは特にそうだな。隠すのならここまで
麗糸や花を模った刺繍で飾ったりなどはしまい」
「ふーん、俺そういうのには詳しくないから、さすが
姉ちゃんとしか言えないや」
「いや、余もはじめて見たものだからな、ただ思っただけを
口にしているだけだ。本当なら誰かに詳しく説明を聞きたい
ところだが……」
「外にいるだろうから聞くことは難しくないんだろうけど、
何かあるの姉ちゃん? ほかに客がいても俺が出れば……」
ロインが外へと出ようとするが、ミザリーの様子に踏みきれ
ないらしく扉の前でうろうろとしている。確かにロインに
出てもらえば問題はないのだろうが──
「……この体の紋様、この世界でも見られて問題ない
ものだと言い切れるだろうか?」
「あッ……そッか……」
そうなのだ、例えば体に紋様が刻まれているものが
いたとしてこの世界の人々はどう受け取るだろう。
珍しいとなるだけだろうか、それとも異質なものと
気味悪がられるだろうか。いや、気味悪がられる
だけならまだいいほうかもしれない。ミザリーのいた
ところでは入れ墨をしたものは日陰者として表の世界に
出られないものすらいた。
場合によってはここも──
「うん、そうなると見せないほうがいいかな……」
「……だな。」
ロインとミザリーは頷きあってこの世界では
ばれないようにしなければと確認しあった。
「であればこの服を着たときに見えてしまうかどうか
確認しなければな」
「そうだね、じャあ着てみようよ!」
ロインは床に置いてあった服一式を手に取り、
こちらへと差し出した。
「まず下からだね!」
「うむ、この下は……ずぼんのようになっているのか。
こう履けば……うむ、着れたぞ」
「あとは上のほうだね」
ロインから受け取った上着をひるがえして
ミザリーは袖に腕を通し、釦を留めるとびしりと
姿勢を決めて見せた。
「おおッ!! 姉ちゃん着方も着こなしもかッこいい!!」
「ふふ、実は一度やってみたかったのだ!
うむ、我ながら、なかなかどうして決まっているじゃないか」
少し胸元が広いが
見えている肌着の麗糸と花の意匠の
おかげでかなり格好良く見える。
こうして見えることを
前提にこの肌着を選んだのだとしたら、ピントの審美眼は
相当のものなのだろう。
そしてなによりこの服を作り上げたダニエルにも
拍手を送らなければならない。
「全身が引き締まって細く見えるな。これはすごい、
それでいて肌を締め付けるということがない作りだ。
……うむ、ある種の完成された美とはこういうもの
なのかもしれないな」
「姉ちゃんが着てるからッて理由もあるかもね!!」
「それは言いすぎだが。ふふっ、悪い気はしないな」
ミザリーは少し照れながら笑った。これであの紋様が
隠れていればいう事はなしなのだが、とわき腹へ
目をやると──
「──うむ、しっかり隠れている!問題なしだ!」
「おおーッ!!やッた!!姉ちゃん良かッた!!」
2人で飛び上がって喜び手のひらをたたきあい、
「姉ちゃァァァん!!」
「それはだめだ」
抱き着こうとしてくるロインを躱すとミザリーは
再び笑ったのだった。
ミザリー「もう勝手に抱き着いてこないか?」
ロイン「……だめ?」
ミザリー「だめ」