着付けの相談
しばらく膝をついたままだったミザリーは、ここで
いつまでもこうしているわけにもいかないと自分を
叱り、気を入れなおして立ち上がった
「……はぁ。とにかくどうにかしなければな……」
試着をするからには一度ドレスを脱がなければならない、
そして服の大きさが合っていたとしてそのまま着て
過ごすという選択もあるにはあるが、この2日間で
もうドレスを着ないという確証はどこにもない。
そして残念ながら自分でドレスを着る、という選択肢は
朝のドタバタと現在のドレスの惨状を見れば決して
ないと言い切れる。
「そうだ!ダニエル殿に着付けてもらうことで解決──」
名案だと思い手のひらを打つが、それにはここブルーマン・
ショップに来る必要がある。しかし朝はピントに連れられて
ここまで歩いてきたし、その道を覚えているかと言われると
正直なところ怪しい……
「……む?」
ここまでの道、という単語にミザリーは何かそれを解決する
ものをロインが持っていた気がするとミザリーは思い出し、
それが何だったか記憶を掘りおこす。
「──そうだ、〝観光ぱんふれっと〟だとかいったな!」
この町の地図や名所などを記してあるというあれがあれば
ここに来ることも難しくはないだろう。そうと分かれば
何の問題もない、試着を済ませてしまおうと背中の紐と
飾り結びをほどいて──
「……待てよ?」
ミザリーはハタと気が付いた。ここは先ほどダニエルが
明言した通り服飾店である。
ということは定休日も必ず
あるはずだ、明日がその日ではないとは誰も言っていない。
「しまった、その可能性を忘れていた……」
その後もミザリーはいくつか代案を思い浮かべては
その問題点に気付き、頭を悩ませる。そして
思考を重ねた末にたどり着いた答えはミザリーとしては
できれば避けたいものだった。
「……やはり、あれしかないか……?」
しかし必ず思い描いてしまったとおりになるとは限らず
考え抜いて出した答えである以上、これが一番だと
言えるのは間違いない。ミザリーは大きく深呼吸をして
心を落ち着け、扉の向こうへと声を上げた。
「すまないがダニエル殿、ひとつ問題が発生した」
「……──!……──!」
「……む?」
鏡の厚さが予想以上なのだろうか、何かは聞こえるが
何と言っているのかよくわからない。開けて直接言った
ほうが早いかとミザリーは入ってきた扉に手をかけ──
「よっ……あびゃっ!!?」
開こうとするのだが扉がすさまじく重いことに気が付いた。
まるで鉄の塊を押しているかのような動きにくさに力を
こめて全身で、全力で押し込む。
「ふぅんんんっ……!!!」
ゆっくりときしむ音を立てて扉は開いていき、外の青い光が
射しこんでくる。ようやく手のひらほどの広さまで隙間が
開いた──
その瞬間扉が前方へ勢いよく開かれた。
「あびゃぁ!?」
危うく転がり出そうになったミザリーは力の限り踏ん張り、
すんでのところで体勢を立て直すことに成功する。
「うおっと、どうしやしたお嬢さん」
「姉ちゃんどうしたの!!? 敵!? 敵でもいたの!?」
「落ち着いてくださいロインさん!! 敵ッて誰のことです!?」
ミザリーが顔を上げると心配そうにこちらを見るダニエルと
ロイン、そしてピントの姿があった。
──いや、ピントはロインへと顔を向けて興奮気味に質問を
投げかけている。
「ロインさん! 敵ッて誰です!?
なんか暗躍する謎の組織が
いるとか!? スクープですよ!!」
「知らねェよ、その辺はこの世界のてめェのほうがよく
知ッてんだろ。今のは言葉の綾だ」
「なんだァ……」
がっくりと肩を落とすピントをダニエルがなだめる。
「まぁその話はおいときやして。扉が開くのがわかったんで
やすが、妙にゆっくりとだったもんでこちらで開けやした。
なにかありやしたかい」
「う、うむ。この扉妙に重いな……?
いや、話したいことはそれではないのだが」
「ああ、確かに鏡の分この扉は重いんで、先に伝えたほうが
よかったようでやすね。……それで話というのは」
申し訳なさそうに頭を下げたダニエルは、ミザリーへ
続きを促した。
「それなのだが、すまないがこのドレスの着付け方、そなたは
わかりそうか?」
「ふむ、少々後ろを向いていただけやすかい。よく見れば
わかるかも知れやせん」
言われたとおりにミザリーは後ろを向くと、ダニエルが顔を
背中に寄せる感覚がある。
少しこそばゆいが我慢しなければと
思っていると、ダニエルがミザリーに問いかけてくる。
「これは誰かに手伝ってもらったあとでやすかい」
「……いや、余が1人で結んだ。見えない状態だったので
不格好極まりないと思うが……」
「何を言いやすか。むしろこれを1人で結ぶまでいった
ほうに驚かされやすぜ」
前を向いてくだせぇ、と声がかかりミザリーが再びくるりと
振り返るとダニエルが顎に手をやりながら言った。
「確かに見たことのない素材でできてるんで勝手は違うと
思いやすが、うちの商品の中にかなり似た形のドレスが
ありやす。それを参考にすれば大丈夫かと思いやすぜ」
「おお、それは心強い!」
ダニエルの笑顔に安心したミザリーは、さてここからが
本題だと顔を引き締めた。
「それでなのだが、このドレスの着付け方を習って
欲しいのだが、いいか?」
そう言ってミザリーはロインへと顔を向ける。
「貴様に頼みたい」
「えッ? 俺!!?」
いきなりの指名に仰天したらしく、ロインは目を白黒
させている。それにミザリーはうむと頷いた。
「ダニエル殿は店の主である以上そうやすやすと離れる
ことはできないだろうし、店が休みの場合も考えれば
別の人物に頼む必要がある。ピントは昨日小屋に
いたときも仕事をしていたので忙しい合間を縫って
余らに付き合ってくれているだろうことはわかるから
着付けのためだけに呼び出すことなど出来ない。
となれば、必然的に貴様しか残らないというわけだ」
「……思ッてましたけど、ミザリーさんッて結構
鋭いし色々考えてくれてるんですよね。以前会った
異世界の人とは違うッていうか」
ピントの言葉にロインは胸を張り答えた。
「当たり前だ、姉ちゃんだぞ?」
「なぜ貴様が自慢げなのだ……?」
ミザリーはロインへ困惑気味な視線を送るが、
当人は気づかないようだった。そしてミザリーは同時に
妙な引っ掛かりを覚えた気がする。今のピントの
言葉、なにか変、だったではなかろうか?
──だがしかしこれも妙な音と同じく疲れからくる
気のせいではないかと思い深くは考えなかった。
「それで、やってくれるか?」
「断るわけないじャん!! 姉ちゃんからの頼まれ事だよ!?」
ロインは鼻息も荒く堂々と答える。
その返答にミザリーは素直に頷きたいところだったが、
その胸にはまだとある懸念が渦巻いていた。
「……余の考えすぎであればいいのだが……」
とにもかくにも話を進めなければいつまでも終わらない
ということでダニエルからロインへとドレスの着付け
講習が始まった。
「余のドレスで実際にやったほうがいいか?」
「正直そのほうが助かりやすが──」
ミザリーが進んで試験台になろうとするとロインが
慌てて間に入ってくる。
「そ、それは危ないよ姉ちゃん!? 俺ドレス触るのなんて
初めてだから力加減とか……!!」
「ふむ、では先ほど説明したうちのドレスで代用して
教えやしょう。それでいいですかい」
「マジで今回はそのほうが助かる……頼むわ……」
と、ロインたっての希望でよく似たドレスで講習を
進めていた。その間ミザリーとピントは暇を持て余し
試着室の段差に腰かけて話をしていた。
「ロインさんもなんだかんだと頭の切れる方ですし
すぐにできるようになりますよ!!」
「器用さと思考の度合いは別物なのではないか?
しかし今は期待して待つほかはないか……」
ミザリーの返答にピントはくすくすと笑った。
「相変わらず仲のいいご姉弟ですね!!」
「……そうか? あんな弟がいたら心労ですぐに
倒れそうだがな」
「またそんなこと言ッちャッて! はた目から見たら
ホントに仲良しですよお2人は!」
「……そうなのか。うむ、まぁこの世界にいる間
くらいはあやつの姉替わりでいてやろう。どこかに
いるという本物も見つけてやりたいが……」
他愛ない話をしながら講習が終わるのを待つ。
穏やかな時間が流れていった。
「ふふ、何だろうか。魔王になってからなぜか
胸に何者かへのわだかまりができた気がするが、
こうしているとそれもどこかへと消えてゆくような
気がするな」
「……胸と言えば、なんですが──」
「うむ、なんだ?」
ピントがなにやら遠慮がちに何かを尋ねようとしており、
ミザリーは何だろうかと思いながら先を促した。
「こう言ッちャうと誤解があるかもですが、ミザリーさん
その胸ッて改めて見るとすごいですよね。……ああいや
ドレスのことですよ?」
「ふむ? 何か、変だろうか。やはり1人で着付けをしたから
妙な感じに……?」
ミザリーが胸元を見下ろしながらつぶやくと、ピントは
「いえ、違うんです」と付け加えた。
「そのドレスの下ッて何も着けてないのかなッて思ッて。
ほら、大胆に開いたドレスの下に何も見えないんで!」
「む、そのことか?」
ミザリーはそんなことかと微笑んで答えた。
「うむ、何も着けていないぞ。このドレスは下には
一切なにも着けないようになっているのでな」
ピントはその答えにしばしの間沈黙し─
「?」
何を言っているのか理解できないというように
無表情になった。
「あの、失礼ですが、本当に何も……?」
「うむ、そうだが」
「ミザリーさんッてほぼ手ぶらでこの世界に
来ましたよね?」
「うむ、たしかにそうだが……」
なにかまずかったのか?と聞き返すと、ピントは
はじかれた様に立ち上がり、
「ちョ、ちョッと必要なものができましたッ!!!
すぐ戻るんで待ッててくださいね!!!!」
と叫ぶやいなや店の奥へと大慌てで消えていった。
あとに残されたミザリーはただ目をぱちくりさせて
ただ座り込んだままだった。
「な、なんなのだ一体……」
ダニエル「ここの腰のところを引っ張りやして─」
ロイン「へェ、なるほどな!」
ピント「大変だァァァ!!!」
ミザリー「1人になってしまった……」