店長との出会い
「てめェよくも……よくもよォォーー!!!」
「わかった! わかったから、な!? 貴様が怒りたく
なる気持ちもわからないでもない! だが、ちゃんと
理由があったのだ!! な!?
ここは矛を収めてはくれないかっ……!?」
大暴れしそうなロインを抑え込みつつ、
ミザリーは落ち着けようと言葉を尽くした。
幸いロインはミザリーが抱き着くとそれ以上暴れる様子がないので
1人で抑え込むことができているが、力を抜けば
跳ね飛ばされるだろう。
「ふゥッ……ふゥーッ……」
「よしよし、貴様はいい子だ。いうことを聞いてくれ?」
ようやくロインが落ち着いてくるとその頭を撫でてやり
静かになるのを待つ。
……なんだか猛獣を手なずけている
ような気分になってくるな、とミザリーはため息を
吐いた。
「はぁー、とんでもねぇ方でやすね。ああまでいきり立っていた
人をここまで大人しくさせちまえるとは」
「そうなんですよー、ミザリーさんとロインさんはとッても
仲良しのご姉弟ですからね! なんでかミザリーさんは他人だッて
言ッてますけれど……」
「ふうん、なるほど。……ではこの話はもうやめにしやしょう」
ダニエルが手振りで終わりだと示すとピントは少し不満げに
頷いていた。
「そちらは落ち着きやしたかい」
「うむ……どうだ、落ち着いたか、もう暴れないか?」
「……うん。姉ちゃんがそういうんだったら、もう暴れないよ」
頷き返してくるロインにこれなら大丈夫だろうとミザリーは
組み付いていた腕を放した。
その言葉通りロインはもう落ち着いた様子を見せていたが、
ピントとダニエルに注がれる
視線は険しいままだった。
「姉ちゃんが落ち着くように言ッたから引き下がるけどよォ……
もしまた姉ちゃんに危害加えようッてんなら今度こそブッコロす
かんな……」
「あひえェェェ……」
「そのことについては全く申し開きもありやせん。こちらに
全面的な非がありやす」
「今ので『原因はそッちにある』とか言わねェなら許すぜ。
俺が頭にきてんのはそこじャねェからな」
ロインの一言にほかの全員が驚いた。今「許す」と言ったのか?
腹部にいきなり重い一撃を食らったというのに。
「俺が頭にきてんのは姉ちゃんにも同じ対処をしたッてことだ。
もッと手はあるんじャねェのかよ!
俺への一撃はすげえ効果が
あったから助かったけどな!!」
「あー、もっと手があるという点は余も同感だな……理由が
あって効果もあったから余からは特に文句もないが、
今後は何か考えてほしい」
「いいの姉ちゃん!?」
「いい。暴力は良くないがそれしか方法がなかったのなら
仕方がない時もある。現に余らは助かっているのだからな」
ミザリーたちが話している間、ピントとダニエルはぽかんと
しながらこちらを見ていたが、突然お腹を抱えて2人は
笑い出した。
「おおっ!? どうした!?」
「なんだてめェら姉ちゃんがそんなに可笑しいッて─」
何事かとピントたちに問いかけると2人は笑いをこらえながら
言った。
「だって、ですよ……むほほ!! お腹に一発断りもなしに殴ったのに自分たち
を許してくれるッていうんですもん!! ぼこぼこにされるの
覚悟してたんで、助かッたらなんだか笑えてきて…ふひはッ!」
「ああ、申し訳ありやせん。お嬢サン方を笑っているわけじゃあ
ないんでさぁ。本当に奇跡みたいな確率でわたしらが許された
ことに喜んでるだけなんでさぁ、ははは」
「……だそうだぞ?」
「全面的に許すとは言ッてねェんだがなァ……?」
再びすごんで見せるロインに対してダニエルはなおも笑った。
「いや、だとしてもお兄サン自身への一発を許してくれてる
だけですごいことでさぁ」
ひとしきり笑い転げた店長のダニエルはスッと真面目な顔になり
ミザリーたちへと頭を下げた。
「そんなお2人への狼藉、まことに失礼をいたしやした。当店で
できることなら、何なりとお申し付けくださいや」
「自分もできる限りのことをさせていただきますッ!!」
隣に並んでピントも頭を下げる。しかし急にそう言われても
どうするべきか思いつかない。どうしたものだろうかと
悩んでいるとロインが気が付いたことがあるようだった。
「つかよォ、ピント。なんでてめェがそこで一緒に並んで頭
下げてるんだ?」
「む? ……確かにそうだ。聞いてもいいか?」
2人の質問にピントは不思議そうな顔をして答えた。
「あれ? 言ッてませんでしたッけ? 自分ここで臨時の店員
やッてるんですよ!!」
「む? 〝キシャ〟というのが職業ではなかったか?」
「はい!記者が本職でこッちはアルバイト、いわゆる副業です!」
「初耳だがよォそれ……まァだからと言ッて俺たちには
関係ないか?」
回答に満足まではいかずとも納得したらしいロインは
頷くと、今度はダニエルへと顔を向けた。
「んで? できることなら何でもッて言ッてたけどよ、そもそも
ここが何なのかよくわかッてねえからな俺たち」
「言われてみればそうだな。だが今なら何となくだが推測は
できそうだぞ」
周りを見回し、そしてダニエルへと目線を向けたミザリーは
こめかみに人差し指を当てた。
「棚に並んだものはすべて布のようだ。反物ではなく既に
織られてある服が壁にかかっている、そこから考えるに、
ここは既に織られた服を売る
服飾店だと思うが、どうだろう?」
「服飾店? 着飾るだけの服を売ッてる?」
「その通りでさぁ。ここでは服を作らずにすでに出来た服を
仕入れて売っていやす、その言い方だとそちらじゃ珍しい店に
なるんでやしょうか」
どうやら推測は当たっていたらしい。色黒の肌のダニエルの
服装は上から下まで白で統一されており、棚の向こうに
見えた白いものは頭にかぶった帽子の色だった。
健康的な肌の色にはあっているが、青一色の中では逆に浮いて見える。
〝店長〟と呼ばれている者が自分の店の商品を宣伝しないわけは
なく、ではここに並んでいるもので何か共通するものはと考えたところ、
布の塊とダニエルの服装の綺麗さからして服ではないかと
ミザリーは思った。
色が周りと同じだと同化してしまい服の作りがよくわからなく
なってしまうだろうから、あえて目立つ白の色を着ているのでは、
とも思い「服飾店」と答えたが、その考えはあたりだったようだ。
「すげェや姉ちゃん!!
そんなこと考えつきもしなかッたよ!!」
笑いかけてくるロインの顔に、ミザリーは本当だろうかと思った。
宿屋でのロインの推理力を見るに自分よりもこの答えに早く
たどり着いていた可能性はある。
しかしだからどうしたと聞かれればそれまでなので、
ミザリーはただ笑い返しておいた。
「じャあここは服屋ッてことがわかッたけど……どうしよう?」
「ふむ? どうしようも何も余らはピントが『会わせたい人がいる』
と言っていたのでついて来ただけだからな……」
「ほう、記者サンがわたしにお2人を会わせたいと……」
ダニエルが隣のピントを見やりしばらく考えるそぶりを
していたが、やがて思いついたように手のひらをこぶしで叩いた。
「そうでさぁ。せっかく服屋なもんですからお詫びに服を
贈らせていただくというのはどうでやしょう」
「お詫び?」
「へェ、お詫びにねェ」
「いいじゃないですか、贈り物に服! あッても困ることはない
でしョうし、アレですよ異世界に来た記念もかねて!!」
ピントも参加してぐいぐいとお詫びの品を、と勧めてくる。
ミザリーとしては受け取るつもりはないのだが、なおも
「どうか受け取ってください」と頭まで下げられてしまい──
「姉ちゃん、別に受け取ッていいんじャないかな?」
「……そこまで言うのなら、わかった。受け取ろう」
ついに根負けして受け取ることになってしまったのだった。
ミザリー「どうにも余は押しに弱いところがあるな……」
ロイン「そうかな……うーんそうかなァ」