こーひーの時間
1階の食堂へと降りてきたミザリーたちを出迎えたのは出来立ての
料理を〝わごん〟で運んできた亭主の姿だった。
「……よう、おはようさん」
「うむ、おはよう!」
「あー、おはようさん。うはァ、マジでうまそうな匂いするね
姉ちゃん!」
机に並べられた料理の数々を前にミザリーたちは席に着いた。
「……今日の朝飯は〝目玉焼き、厚切りベーコン、緑黄色野菜の
サラダ、コンソメスープ、それにライ麦パン〟だ。パンは同じく
お代わり自由になってる、いつでも言ってくれ」
「うむ、感謝する。今日も美味しそうだ!」
「さッそく食べようよ!」
「そうしよう」
2人は料理に手を合わせ食事に手を付けた。焼いた卵は2つ
連なっていて黄身の部分を切れば半熟の中身がトロリと
流れ出てきて、白身を切ってつけながら口に入れると
今まで味わったことのない味の濃さに驚く。
野菜は色とりどりの色彩に目でも楽しく、
食べると果物のような甘さにまた驚く。
厚切りに切られた肉は舌にのせると塩味がかなり効いており、
パンと一緒にほおばるととてもいい塩梅になっていて、澄んだ
汁物は野菜の甘みと牛らしき肉のうまみが1つになって
押し寄せてくるという、朝からこんな贅沢が許されるのかと
思うほどに美味しい食事をとることができた。
「はァー……食ッた食ッた、ごちそうさんでした!」
「うむ、今朝も素晴らしい食事をとれた……」
食後の礼を済ませたミザリーとロインがくつろいでいると、
亭主が小さなカップを2つと金属の水差し、綺麗に焼き付けされた
陶器の入れ物をわごんに載せてやってきた。
「む、亭主殿それは?」
「……食後のコーヒーだ。ここらじゃあ朝にはこいつを1杯
飲んで仕事に向かう」
「朝の一服みたいなもんなのかな、姉ちゃん?」
「なるほどそれか。あれはいいものだからなぁ」
ロインの一言にミザリーが頷いて同意すると、亭主はやや
気まずそうに顔をしかめた。
「……その若さでタバコなんか吸ってるのか?」
「む?ああいや、一服とはお茶を1杯飲むことでな。
朝の起き抜けに熱いお茶を1杯飲むだけでも気分が変わるのだ」
「俺はただ習慣でやッてただけだけど、気に入る人は結構
多いんだよね」
ミザリーとロインが“一服の概念”を説明すると、亭主は
目に見えてほっとした様子だった。
「……そういうことか。嬢ちゃんたち、珍しい風習のある
ところから来たんだな」
「……珍しいのか?」
「そうかもね。なんせ俺たちは──」
ロインはそこまで言いかけると、はっとした様子で言葉を切る。
その様子をミザリーが不思議そうに眺めているとロインは奇妙に
にっこりと笑い話を続けた。
「──そ、かなり田舎から来たもんでね」
「……そうかい。じゃあ、ここも田舎臭いが楽しんでいってくれ」
「ああ、ありがとさん。それはそれとして、この〝こーひー〟ッての
どう飲めばいいんだ?」
「……ああ、それはだな──」
〝こーひー〟なるものの飲み方を聞きながらミザリーは今のロインの
態度に首をかしげていた。
言葉を切った理由は何なのだろうか、何か
聞かれてはまずい話をした覚えはないが……。
「……──というわけだ。こっちのミルクと砂糖を好きに入れて
飲んでくれ」
「ほォん、なるほどね。ありがとさん、早速飲んでみるな!」
食器を下げる亭主の背中に手をひらひらと振るロインに、
先ほどの真意を知るべくミザリーはこっそりと耳打ちした。
「おい、貴様。なぜ先ほど一瞬押し黙った?」
「ああ、あれ?」
ロインはきれいに焼き付けされた陶器の入れ物に手を伸ばしながら
言った。
「ピントのやつが言ッてたでしょ?“ドクセンシュザイ”って」
「うむ」
「多分“ドクセン”は全部ひとり占めする“独占”のことだと思うから
俺たちのことはピント1人が知ッている情報にしたいと思うんだよ」
「む? なぜそこで情報という言葉が出る?」
「“シンブン”ッてところに情報持ち込むとお金になりそうッて話は
昨日姉ちゃんがしてたでしョ?」
「うむ、確かに」
「つまりほかの誰かが俺たちのことを知ッてシンブンに伝えてもお金に
変わッちャうと思うんだ。でもピントは独占したいから教えたくない。
もしさッき俺たちが異世界から来たッて言ッたらここのオヤジが、そうで
なくても誰かがうッかり聞きでもしたら情報が洩れると思ッてね」
入れ物から茶色い粒をこーひーに入れながら小さい声で語るロインに
ミザリーはただ唖然とした。
「貴様、あの一瞬でそこまで考えたのか……」
「姉ちゃんがシンブンのことに気付かなかッたら俺は喋ッてた
だろうけどね!!」
笑いながら言ったロインに、これはこやつにうかつなことを話せなく
なったとミザリーは震えた。
正直そこまで賢くはないのではと思っていただけに
その衝撃はすさまじいものである、だが裏を返せば
謎にこの先ぶつかったならこやつに丸投げするという
選択肢が増えたわけでもある。
「ふむ…覚えておいて損はない、どころか得のほうが多いか?」
「得?俺は姉ちゃんの損になることはしないよッ!!」
「どうだかな……」
全力でうなずくロインに疑わしげな眼を向けたミザリーはひとまず
カップのこーひーをいただこうと口をつける─
「──苦いっ!?なんだこれは、すごく苦い……!」
「あれ、姉ちゃんは砂糖入れないの?砂糖と牛乳でうまく調整しろッて
宿のオヤジが言ッてたけど……」
「!?それをはやっ…いや、聞いていなかった余の落ち度だな……」
ロインから陶器の入れ物を受け取りふたを開けると、
なるほど入っていたのは砂糖だった。
では金属製の水差しが牛乳なのだろう。
「……うむ、牛乳も取ってくれ……」
「はいどうぞ姉ちゃん!」
砂糖と牛乳をたっぷりと入れたこーひーは薄茶色に染まり、これで
本当に美味しいのかと思いながら再び飲んでみる。
「…おお、これは美味しい!」
すると牛乳のうまみと砂糖の甘さ、最初に感じた苦みが程よく混ざり合い
とても飲みやすくなっていた。
朝に一服するには確かにいい味だと
ミザリーは暖かいこーひーをコクコクと飲んでいく。
「それでなんだけどさ姉ちゃん」
「む?どうした?」
「昨日部屋でこんなの見つけたんだ。見てよ」
ロインが腰の袋を探り、何か四角いものを取り出す。そこには
〝アーヴ・ラーゲィ観光パンフレット〟という文字が書かれていた。
「なんだこれは?」
「うん。今朝読んでみたんだけど、この町の全体図と『ぜひ行ってみたい!
アーヴ・ラーゲィ目玉すぽっと』ッてのが書いてあるんだ。これこの町でも
人気の場所が書かれてるんじャないかな?」
いわば小型の地図だろうか。ここまで小さな地図にはお目にかかった
ことはないが、あればピントへの恩返しに何か役立つかもしれない。
「うむ、でかしたぞ。さて、あとはこれをどうやって活用するかだが……」
「うん。ピントの〝シュザイ〟ッてのが終わッたらさッそく─」
ロインの話を聞きながら頷いていたミザリーは、こーひーを飲む手を
唐突に止めた──
「シュザイの、あと……?」
「うん?うん、そうだよ」
「では、ピントと、会わなければ、ならない……?」
「え?うん、そうなると思うけど……」
ミザリーは自分の目が一気に潤んでくるのを感じていた。
その様子に気付いたロインが慌てふためく。
「ど、どうしたの姉ちゃん!!?俺変なこと言ッちャッた!!?
俺のバカ──」
「なあ……」
ミザリーはゆっくりとロインに顔を向け、大粒の涙をこぼした。
「まちあわせばしょもきめず、はじめてのせかいで、どうやって
ひとにあう?」
「え、ッと……」
「よは……よは、なにもきかずに、みおくってしまった……」
目からとめどなく涙があふれる。自分はなんと馬鹿なことをしたのか。
人のことを言う前に自分がこの体たらくである、情けなくて涙が
止まらない。
「ああッ姉ちゃん…!!そんな、俺どうしたら……ッ!!」
うろたえるロインの声が聞こえるが、それでも目からは水が
流れ続ける。どうしたらいいのだ、どうしたら──
その時、外からドドドド……と誰かが駆けてくるような音が聞こえ、
宿の入り口が大きく開け放たれた。
「ああ、お2人とも、まだここでしたかッ!! よかッたッ……!!」
息を切らせて入ってきたのは、噂をすれば影、
探す予定だったピント本人だった。
「ぐずっ、ピンドぉっ……」
「ははッ、マジでいい時に来たぜ!!助かッ──」
「ゼェ、ハァッ……いやー申し訳ないです!! 待ち合わせ場所ここに
しようッてミザリーさんに言うはずだッたんですが、完全に忘れてた
こと今朝になッて思い出しまして!!!」
『……』
少しの間沈黙が流れる。ピントは今何と言った、忘れ……?
やがてそれを聞いていたロインは席を立ってピントへと歩み寄り、
楽しげな声で言った。
「今まで忘れてたんか?」
「あ、はい!!すいませんでした!!」
「そのせいで姉ちゃん泣いちャッたぞ?」
「え?あ、やだなァそんなこと。泣くほどじャ─」
「てめェは必ずぶん殴る」
地獄の底から響くようなロインの脅し文句に、
周囲の空気が一気に冷えていった──
ロイン「ごはァァァ……」
ピント「あひえェェェ……」




