村の大災厄
『「姉ちゃん! 親父!」
大声で叫びながらロインはひたすらに走りました。
動悸か止まらず、普段はすぐに村につく
山道がひどく長く感じられました。
やがて煙の立ち込める村の入り口に着くと──
「なん、だ? 何だこれ……?」
そこには今朝方あいさつを交わした村人が
背中に大きな傷をつくり倒れていました。
周りには血だまりができており、
その量からしてもすでに息はないことが見て取れました。
「ちくしょう! なんだってんだ一体!?」
ロインは村の中へと飛び込みました。
すでに一帯は火の海になっていて、そこかしこに
村人たちが倒れています。
地獄のような惨状に、それでもロインは走ります。
ただひたすら家族の無事を祈り、村の奥へと向かいます。
「クソっ、くそっ! 畜生めが!
頼む姉ちゃん親父! 無事でいてくれ!!」
そして走るロインの視界に、
火の手が回り始めた我が家が見えてきました。
「くそったれ!なんだこいつら!?」
その前では、父親のカルが鍬を振り回しながら
何者かに応戦しています。
そばでは同じように、
ミザリーがほうきを振り回していました。
「姉ちゃん!! 親父っ!!」
駆け寄りながら声を上げるロインに気づいた2人は
「ロイン!」
「お前、無事だったか!!」
と、安堵の表情を浮かべました。
─そして近づいたことで、2人が応戦している相手が、
ロインにも見えました。
「なんだあいつ!?」
──それは灰色の肌に2対の角、
赤く光る眼をした異様な相手でした。
背中には大きな翼を生やし、
空を飛び回りながらミザリーたちを狙っているようです。
そしてひときわ目を引いたのは、
鋭い爪の生えた両手でした。
その手はべったりと血で汚れており、村人を襲ったのは
こいつに間違いないと教えていました。
──そして何よりも恐ろしいのは、
そんな存在が数えきれないほど多く、
村の上空を舞っているのです。
背中に回していた弓を手に取り矢をつがえながら
ロインは2人に聞きました。
「姉ちゃんも親父も怪我はしてないか!?」
ロインの問いにカルは笑って答えます。
「当然だ! こちとら人生40年のベテラン様だ、
ちっとやそっとでくたばるかよ!」
「私も大丈夫! ロインこそケガはないの!?」
元気そうな声にほっとして大丈夫と返したのもつかの間、
怪物がロインにも襲い掛かってきました。
矢を放ち、眉間に撃ち込むと
怪物はどうと落ちて動かなくなりました。
「ロイン! こっちは大丈夫だ、
と言いてぇが数が多すぎる!
できるなら援護頼むぜ!」
「おし、任せろ!」
矢を放ちながらロインは答え、応戦しながら
全員で逃げようと試みます。
しかし、鍬で叩きのめし、
矢で頭を射抜いても
怪物の数はまるで減らず、
逃げ道を作れません。
このままでは矢も尽き、こちらが力果ててしまうのが
先かもしれません。
最悪の未来を思い描いてしまい、
その考えを振り払おうとロインが
次の怪物に矢を向けたとき─
「あっ! 嫌っ放してぇ!!」
悲鳴にハッとして目を向けると、
怪物の一匹がミザリーを抱きかかえ
連れ去ろうとしているのが見えました。
「しまっ──!!」
「てめぇ俺の娘に汚い手で!!」
カルも気が付き鍬を振り上げましたが、
その瞬間背後から怪物がとびかかり、
カルの背に一撃を浴びせました。
「ぐあっ…!!」
体勢を崩されながらも
なお立ち向かおうとするカルの正面に怪物が立ち、
更にもう一撃が振り下ろされました。
ザシュリ、という音と共に苦悶の声を上げたカルは、
ついにその場にくずおれてしまいました。
「お──」
「嫌ぁっ! お父さん、お父さぁぁんっ!!」
ロインは頭に血が上ってくるのを感じました。
怒りのままに2匹の怪物の頭を射抜くと、
「てめえっ、姉ちゃんを……放しやがれっ!!」
弓をぎりと引き絞り、
渾身の一矢を放ちました。
飛んで行く矢は──
しかし、怪物をかすめて屋根に突き刺さっただけでした。
「逃がすかっ!!」
そう叫び腰の矢筒に手をまわしたロインは
なにもその手に触れないことに気付きます。
「矢、次の矢っ……
無いっ!? 今のが最後!?」
そうしている間にもミザリーの姿は遠ざかっていきます。
すると、村のいたるところから怪物たちが飛び立ち、
その腕には同じようにさらわれたであろう
村の女たちが抱きすくめられていました。
空を無数の怪物たちと女たちの悲鳴が覆いつくし──
「姉ちゃん!! 姉ちゃぁぁぁん!!!」
やがて、災厄は去っていきました。
ロイン「 」




