食事の後のひととき
気が付けばすべての皿が空っぽになり、
2人は心から満足しきっていた。ピントが美味しいと
言ってはいたが、ここまで美味しいご飯を食べられるとは思っていなかったので、
感動もひとしおである。
「うッはァ……すんごい美味かった。ごちそうさん!」
「少し行儀が悪いぞ……だが、うむ。
こんなに美味しくて満足したのは久しぶりだ」
ミザリーは空の皿に手を合わせると、そういえばと漏らす。
「ここは余らの世界とは違う世界だったな?」
「うん?…うん、そうだね」
「今こうして何事もないので大丈夫だが……」
「うん」
ミザリーは一呼吸置き、笑いながら言った。
「余らにとってはこの世界の食べ物は毒、という可能性もあったかもしれないのだな」
「……こわッ!?怖いこと言わないでよ……
でも確かに色々と違うんならありえた話かも」
ロインは自身の体を抱きしめて震えるが、確かにそうだと同意した。
見たこともない化け物がいたのだ、
ピントも『なんか色々と違う世界』…だったか?
とも言っていたのでその危険性は考えておきべきだったかもしれない、だが。
「しかしあの香りで目の前に出されては、余は毒であっても食べていただろうな」
「……俺も、最後の晩餐があれだったとしたら、うん。満足かな」
「……話は変わるが、ちょっといいか貴様?」
「なに?」
ここまで放っておいたのだが、あまりにも気になりすぎてついにミザリーはロインに直接
問いただすことにした。こやつは先ほどから─
「その言葉の含みはなんなのだ。
すぐに返事をせず、妙な間が空くのは」
「あ、あれ? 気付かれてた?」
「余をなめるな。短い間でもそれだけ濃い人物像だ、
少しなら違いは分かる。貴様はそのなかでも
わかりやすい部類だったが─」
ミザリーはゆっくりと手を挙げ─自分を指さした。
「余を〝姉〟と呼ばなくなったな」
「……うん、当たり」
「ことあるごとに『姉ちゃん』と呼んでいるのがなくなれば、いやでも気が付く」
ミザリーは頬杖を突き、ロインを見る。
先ほどから感じていた違和感は姉と呼ばないことに加えて、
ピントの小屋にいたときの元気さが今は無いことにあったのだろう。
「……気絶していたことと関係あるのか?」
考える仕草をしたロインは少しの間黙っていると、
やがて顔を縦に振る。
「……うん、多分すごく深く」
「そうか」
答えに納得したミザリーはしばらく考えた。
もし姉ではないと誤解が解けたのなら
それでいい、はずである。それ以上はない、はずである──
「……わかった」
「?」
黙り込んでいたミザリーが発した声にロインが不思議そうな顔をすると、
ミザリーは思わず吹き出してしまった。
「これからは好きに呼べばいい、姉でも姉ちゃんでも」
「え!? いいのッ!?」
「魔王に二言はないっ」
「やッ……やッたァァァーー!!!」
この男に姉と呼ばせることを許可した理由は、実はミザリーにもよくわからない。
ただ、“姉ちゃん”と呼ばれなくなった間、
ミザリーはまるで心にぽっかりと穴が開いたような
奇妙な寂しさに襲われたのだ。
絶対になくしてはいけない宝物を落としてしまったような
謎の消失感に、
ミザリーは今後耐えられる自信がなかった。
「……なぜだかそう呼ばれることに、抵抗を感じなくなったからな」
誰にも聞こえない声でつぶやいたミザリーは毒されてしまったかな、と
思ったが不思議と悪い気はしなかった。
その目の前でロインは嬉しさが限界突破したらしく、
席を立って跳び上がっている。
「うおおォォォーーッ!! 姉ちゃん! 姉ちゃん!!」
「はいはいなんだ」
「えッと、あれ……なんだッけ!?」
「落ち着け、座ってよく考えてから話せ?」
言われて席に戻ったロインだが、その顔は緩みっぱなしである。
そこへ皿を下げに来た亭主がやってきてロインの笑顔を見ると、
少し笑ったように見えた。
「……なんかいいことあったみたいだな。さっきより顔色もいい」
「ああ、最高だ! ご飯は美味かッたし
姉ちゃんは姉ちゃんッて呼べるし、人生の絶頂ッて
こんな感じじャあねえかッて思うね!!」
「おおそうだった。亭主殿、大変美味しいごはんだった。ありがとう」
ご飯の礼を告げると、亭主は鼻を鳴らし
「……まぁ、ありがとよ」と小さな声が聞こえた。
少しわかってきたがこの亭主、
しかめっ面をしているだけでとてもいい人なのだろう。
その後さきほどの“わごん”を見せてもらったり、皿を下げてもらうともうすることも
なく、ひとまず席に着いたまま今後の方針を2人で話した。
「さて、余らが異世界から帰ることができる可能性の日は……
明後日の昼時か?それまで
何をして過ごすかということになるが」
「うん。宿代は先払いしてもらッてるしあとすることと言えば……」
しばらく頭をひねっていると、ふと思いついたことがあり顔を上げるとロインと目が合った。
「うむ、思いついたぞ」
「俺も。同じかな?」
2人はせーの、と言って同時に言葉を口にした。
『ピントへの恩返し!!』
「よし、決まりだな!」
「じャあさッそく考えようよ姉ちゃん!」
笑いあっていると亭主が再びやってきて、
机の上に飾りのついた鍵を2つ置いた。
「……部屋の鍵だ、
2階の1号室と2号室がお前さんがたの部屋になる。
なくさないでくれ」
「うむ、承知した」
「……さっき言いそびれてたな。
飯代は1食350G、一泊につき3食ありだ。
もしもいらない時があるんなら先に言っといてくれ、
キャンセル分の金を返すからな」
「なんと、そこまでしてくれるのか…だが断ることはおそらくないな!」
鍵を取り席を立とうとすると、ロインがまだ座ったままなことに気付き声をかける。
「ほら、行くぞ貴様。話の続きは上で─」
「……──なの?」
「む?」
なにかを言っていることはわかるがよく聞き取れず、そばに近寄ってみる、と──
「俺と姉ちゃん、別々の部屋なの……?」
「……貴様本気か?」
ミザリーは歩み寄れたはずの2人の距離が
一気に離れるのを感じた──
ミザリー「せっかくわかり合えて来たと思ったのだが……」
ロイン「部屋…別……」