はじめての異世界ご飯
しばらく身じろぎをしたかと思うと、
閉ざされた瞼がゆっくりと開かれ──
ロインの目が、光を映した。
「…あ、れ……?」
「よ、ようやく目が覚めたか……
はぁ、疲れた……」
ミザリーは気が抜けたように
椅子の背にもたれかかると、
深く深くため息をついた。
もうこんな恥ずかしいのはごめんだ、
と思いながら大きく背伸びをして体の緊張をほぐす。
「ここ、どこ……?」
「宿屋だ……
貴様が寝ていた、というより気絶していた間に
事態が動いてな……
ここに運ばせてもらった……」
疲れのあまりぐったりとしたミザリーが軽く説明をすると、
ロインは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「そうなの? ……ありがとう」
「……?」
ミザリーはロインの様子に違和感を感じたが、
疲労が押し寄せている今正常な判断が
できていないだけだろうと、
ひとまずその考えは頭の隅に寄せる。
いまだ亭主が戻ってこないところを見るに
少し話をする時間はあるかと思い、
ミザリーはロインに目を向ける。
「……貴様、具合はもういいのか?」
「俺のこと、心配してくれるの?」
「……む、まぁな。
あれだけうなされていたら気にもなる」
なんだか気恥しくなり
ミザリーが少しそっけなくすると、
ロインは「うれしいなァ」と
満面の笑みを浮かべた。
「ここに来てからはなんだかずッと
うッとうしがられてる気がしてたから!」
わかってるじゃないか、
とは口には出さないが
眉をあげて答えたミザリーは、
とりあえずここまでの経緯を
共有したほうがいいかと思い、
ロインに事の顛末を話し始めた。
「ピントの家を出てからのことは
貴様はまだ知らなかったな。
ふむ、少し話しておこうか」
「うん、助かるよッ!!」
「貴様が気絶してからピントが
『この小屋の裏にも例の“橋”がある』と
言ったのが始まりでな──」
何ヶ所か確認をしながらロインは話を聞き、
こちらが話し終えると深くうなずいた。
「うわァ、危ないところだったんだね……
俺そんな時に気絶してたとか……」
「余にも原因があったとしたら
そこまで思いつめる必要もない。
とにかく遭遇せずに済んだ、
というだけでも余らは幸運だったのかもしれないな」
「そうだね。
それにしてもピントが宿代まで払ッてくれるなんて、
なんだか好待遇過ぎて
怖くなッてくるけど……」
「うむ、そうなのだ。
まさかあんな額をポンと払うとは、
余も驚いた……」
先ほどの状況を思い出し、
まだ信じられない思いでいると
ロインはその様子が気になったらしく、
身を乗り出して聞いてくる。
「…え、いくら、払ッてくれたの?」
「……8700Gだ」
「はッせん!?
下手すれば家一軒建つよ!?」
「そうなのだ……
それでもここは安宿だというのだから、
余らの世界とはGの価値に
絶対的な違いがあるな……」
2人が戦々恐々としていると、
食堂の壁
──どうやら観音開きの扉らしい──
が開き、
亭主が床を滑る謎の台に
料理を載せて入ってきた。
「おお!来たか」
「なんか変な台に載ッてるよ、
なんだあれ?」
「……ワゴンが珍しいのか?
後で存分に見せてやる。
今は、飯に気を向けな」
亭主の言葉にロインが頷くと、
机の上に次々と料理が並べられていく。
その香りだけでも食欲がそそられ、
お腹の減り具合も手伝いもあって
もはや辛抱の限界だった。
「ねェ、ちョッといいかな?」
「っ……なんだ!!」
なのでロインの問いかけに多少乱雑になったのは、
致し方ないことだと
ミザリーは心の中で弁明した。
「ご、ごめんなさい!
俺を起こしてくれたのッて、
どうゆう理由かなッて」
「そんなことか、当然だろう─」
「──ご飯の時間だから起こしただけだ」
ミザリーの答えにロインは目を丸くしていたが、
すぐに腹を抱えて笑い出した。
「……? 変な奴だな、
突然笑いだして」
「ははははッ……!!
ごめん! いやー、そッかァ!!
当たり前だよね!!はははは…!!」
大笑いしたロインは膝をたたくと、
ようやく料理に顔を向けた。
「ごめんなさい!! もう大丈夫、食べよう!!」
「まったく。では、いただこう!」
2人は料理に手を合わせ、
さっそく大きな肉の1切れを
フォークで刺してかぶりついた。
『~~~~~っっ!!』
「……今晩は仔牛肉のステーキ、
ソースシャスール、
小鉢のサラダ、コーンスープ、
人参のグラッセ。
パンはお代わり自由だ。
あとで皿を下げに来る、
パンは足りなかったら呼べよ」
「むぐっ、……うむ、承知した!」
亭主の声に、
慌ててほおばった肉を飲み込んだミザリーは
何度も頷き、
その背中が去るよりも早く
次の肉をほおばった。
「すごい、すごいよこの飯ッ……!!」
「うむ、うむ!」
──まさにそれは至福の時だった。
切り分けられた肉は噛むほどに肉汁をあふれさせて
口の中が海のようになる。
かかっているタレとの相性も抜群で、
いくらでも食べられそうだ。
小鉢の野菜はみずみずしく、
噛めばシャキシャキと小気味いい音を立てる。
それでありながら野菜にかかった
琥珀色のタレには甘みまであり、
とても不思議な味がした。
黄金色の汁物はトウモロコシの甘みがつよく、
深い味わいもあってあっという間に飲み干してしまう。
人参はきらきらと輝いており、
食べた瞬間にその旨さが広がって
飲み込むことが惜しくなる。
そしてお代わり自由のパンは、
たった今焼き上げられたようにふわふわで、
小麦の甘さが引き立つこれまで食べた
どんなパンよりも美味しいものだった。
2人は
1口食べては感想を言いあい、笑いあい──
とても充実した時間が流れていった。
ミザリー「パンが!パンがもうないっ!!」
ロイン「すみません!パン追加で!!」