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ロイン、その心の中で



  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ロインは自宅の食卓しょくたくで席についていた。

 なぜか家の中は薄暗うすぐらく、

 ランプにも火が入っていない。


 そんな中、姉ミザリーが厨房ちゅうぼうに立って

 食事の準備をしており、

 外からは父カルがまきを割る音がひびいてくる。


 俺も何かしなくちゃとロインは立ち上がろうとするが、

 体が椅子いすにへばりついたように離れず、

 どれだけちからを込めても立ち上がるはおろか

 腰をかすこともできない。


 ──やがて料理が出来上がったようで

 ミザリーが人数分の皿を食卓しょくたくに置き、

 外のカルを呼んで全員が席に着いた。



  ──さあ、みんなでご飯にしましょう──

  ──ああ、腹ペコだ──



 ミザリーとカルは手に手にスプーンを持って──


 何も入っていないからの皿をすくっては口に運ぶ。


 どうしたの、2人ふたりとも何してるのさ。

 ロインが口に出そうとした言葉は、

 しかし声にはならず、

 ただひゅうひゅうとのどが鳴るばかりだった。



  ──どうしたのロイン、ご飯食べないの──



 ミザリーが話しかけてきても

 ロインはしゃべることはおろか首を振ることもできず、

 ただ見つめ返すことしかできない。



  ──それはもしかして、

    こう思っているからかしら──



 ミザリーがやさ微笑ほほえみながら、

 言葉をつむぐ。



  ──〝わたしミザリーじゃない、

     別人じゃあないか〟って──



 その言葉が聞こえると同時に、

 家の中は炎に包まれた。


 燃える、何もかもがちる。


 かろうじて動く目を左にやると、

 くずれ落ちるはりの向こうに

 はらと背中を切りかれた父カルの姿が見え、

 正面に戻せばそこにはミザリーが変わらず微笑ほほえんでいた。



  ──ロイン、あなたが助けてくれなかったから──



 ミザリーはゆっくりとちゅうに浮かび、

 その髪は燃え立つような真紅しんくに染まり──


 魔王の姿となった。



  ──わたしは、こんなさまになってしまったぞ──



 その声が聞こえると同時にミザリーの顔がどろどろと溶け落ち、

 中から村をおそった怪物の顔が現れる。


 怪物はにやりと顔をゆがめ、

 ミザリーの声でロインをわらった。



  ──信じて、待っていたのにね──



 ロインは目をつむることもらすこともできず、

 ただ地獄じごくのような光景こうけいを見つめていた。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



  「……で、いつまでそうしてんだ?

   じょうちゃん」

  「はっせん……はっせ……はっ!?」



 その一言で現実に返ってきたミザリーは、

 ああ、と答えて宿やどの中を見回した。


 向かって眼前がんぜん亭主ていしゅのいる受付うけつけがあり、

 右後ろには奥に通じているだろう扉がある。

 左側は大きく開いた空間になっており、

 食堂しょくどうだろうか机を4脚よんきゃく椅子いすが囲んでいる。


 そのさらに奥には上へ向かう階段があった。

 おそらく上の階が宿泊しゅくはくする場所になっているのだろう。



  「……飯代メシだいもらってるからな、

   まずは食っていくだろう?」

  「む?う、うむ。お腹はとても空いているが……

   そこに座ればいいのだろうか?」



 ミザリーが椅子いすを指さすと、

 亭主ていしゅはこくりとうなずいた。



  「……ああ。

   じゃあ用意するから待ってろ、

   背中の兄ちゃんのぶんは一緒に出していいか?」

  「む、そういえばこやつ全然ぜんぜん目をまさないな……

   うむ、たたき起こすので頼む」

  「……あいよ」



 亭主ていしゅが奥の扉を開いて入っていくと、

 ミザリーは近くの椅子いすにロインを下ろし、

 自分も隣の椅子いすに腰を下ろす。


 さて、起こすといったがどうしたものか……。



  「先ほどからずっとうなされている様だからな。

   無理に起こすとまずいかもしれない」


 以前アズから

 「眠っている人がうなされても無理に起こさないで上げてくださいませ、

 人は時に悪夢あくむの中でそれに打ち勝ち、

 精神せいしんを安定させる必要があるのです」

 と聞いたことを思い出したミザリーは、

 では無理なく起こす誘導ゆうどうをしてみてはどうかと思いいたった。



  「例えばこやつの耳元で、

   なにか気を強く持てるような何かを聞かせれば……」



 ではこやつが一番入れ込んでいるものは

 なんだろうかと考えるが、

 おのずと答えは1つだけになった。



  「余なのだよなぁ……」



 正確には自分によく似た誰かなのだろうが、

 ロインはそれをミザリーだと信じて疑っていないようだった。


 ピントの小屋での一件いっけんを考えると、

 それはすでに過去のことかも知れないが。



  「まあ、ダメでもともとだ。やってみるか」



 ミザリーはよしと決心けっしんすると、

 ロインの耳元に顔を近づけてひっそりとしゃべる。



  「おい、起きろ」



 だがロインは微塵みじんも動かない。

 言い方に問題があるのかと、

 今度はやさに言ってみる。



  「……もう起きなさい」



 すると、ロインがピクリと動いた気がする。


 みゃくありか、とミザリーは手ごたえを感じたが

 これを続けるには1つ、

 大きな問題があった。



  「──想像以上に、恥ずかしいっ……///」



 他人ひとの耳元で「起きなさい」などということは

 はじめてであるし、

 誰かに見られたらと思うと顔から火が出そうになる。


 しかし亭主ていしゅに起こすと言ってしまった手前てまえ

 もう後戻あともどりもできない。



  「っ……起きなさい、ロイン」



 今度は名前を呼んでみる。

 すると明らかに反応があり、「ぁ…」と小さな声も聞こえてきた。


 もうこうなればやけっぱちである。

 「姉」とさんざん言われてきたことを活用かつようし、

 最後の一言をげた。



 「……起きて、ロイン。私の、おとうと……」



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 いつまでも続く目の前の惨劇さんげき

 ロインの目に焼き付いていた。


 助けに来たはずのミザリーの一言で、

 はじめに声を聞いたときにミザリーだと気づけなかったこと、

 怪物の赤子あかごの姿を見ても「知らない」と言ったこと、

 何度「姉ちゃん」と呼んでも違うと否定ひていされたこと。


 様々な思いが渦巻うずまき、

 ロインを内側から変質へんしつさせていく─



  〝──……〟



 ふと、何かが聞こえた気がした。


 それはほんのかすかだが声だったように思え、

 ロインは耳をそばだてる。


  〝──起きなさい……〟


 ロインは信じられない気持ちになった。

 それはいつも耳にしていた声、

 暖かい包み込んでくれるような声、

 さらわれ、助け出そうともがき、ようやくたどり着いたはずの声──


 ロインは渾身こんしんの力で体を動かそうとすると、

 首が自由に動かせるようになりあたりを見回す。


 いまだ家は燃え続けており、血を流すカルと怪物のミザリー以外は誰もいない。


  〝──起きなさい、ロイン──〟


 今度はさらにはっきりと聞こえ、

 家の出入り口の扉がひとりでにいた。

 外はまばゆい光で満ちており、

 その中に1人ひとりの人影が立っている。


 輪郭りんかくがぼやけているが、

 声はその人影から聞こえているとロインは直感した。

 とにかくあばれ、動かない体を無理やりにひねり声を上げようともがく。



  ──ぁ……──



 のどから声がれ、

 ロインは力の限り叫ぼうとする。


 姉ちゃん待ってて、今行くから──


 へばりついていた椅子いすが体からがれ、

 出口へ向かっておぼつかないながらも一歩、

 また一歩とみ出していく。



  〝──起きて、ロイン。

     私の、弟──……〟



 確信に変わった思いはロインの腕を動かし、

 足を進め、どんどんと前進していく。


 ──その腕を、足をガシリとつかむ者たちがいた。



  ──ロイン、お姉ちゃんを置いていくの──



 怪物の顔でしゃべるミザリーの姿をした「何か」に、

 ロインはいつの間にか手にしていた弓で何も言わず矢を放ち、

 その頭を射抜いぬいた。



  ──目覚めてどうなる。

    あのミザリーは姉ではないかもしれないぞ、

    この悪夢が現実になるぞ──



 いつの間にかロインの顔となった父が、

 足をつかんだまま懇願こんがんするように言った。


 ──ロインは「それ」に矢をつがえる。



  「いいや行かなきゃ。〝姉ちゃん〟が待ってる」



 ロインの答えに父は「……そうか」とだけつぶやくと、

 やがてその手を離した。


 ロインはもう振り返ることもなく、

 家の外に広がる光の中へと、人影のもとへと歩んでいく。

 その光は何もかもを包み込み、

 やがてすべてが飲み込まれていった──



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






ミザリー「……恥ずかしい、消えてしまいたい……」


ロイン「…ぁ、ね、ちゃ……」

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