”忌神”
「〝いみがみ〟ぃ~?
聞いたことないんだけど何なわけよそれぇ~?」
「おいてめェハイジとか言ッたなァ……やたら馴れ馴れしいんだよ、
姉ちゃんの話は五体投地して聞きやが──」
「ロイン。この話が終わるまででいいから、
口を閉じていてくれないか?」
姿勢正しく正座をしながら口を真一文字に結んだロインを見て、
満足して頷いたミザリーは周囲を見回した。
「と、あたかも知りえているというような言い方をしたが……
実のところ〝人に凶運をもたらすモノ〟という以上のことは
知らなんだ……」
「あっ、あっ!それならアタシが少しばかり話せるっすよ!」
溌溂とした笑顔で手を挙げた少女、アベースに一斉に視線が集まると、
アベースはこほん、と咳払いをして話し始めた。
「忌神っていうのは四柱推命っていうものに出てくる用語っす。
陰陽五行って聞いたことないっすか?
陰陽五行は世界に存在する物体の
〝属性〟を表すモノっす。
光である〝陽〟、闇である〝陰〟。
それと木、火、水、土、金属の5つで、
世界は合わせて7つの属性から成り立ってると
考えられたものなんすよ」
「陰陽太極図って聞いた事ねぇか……?
白と黒の勾玉みたいな形が2つ合わさって、
円になっている奴だ……
白が光を、黒が闇を表してんだよ……
五行は一筆書きの星形に属性が配置されてんだ……」
少女の説明をアバティが補足するように
空に線を描く──その形はミザリーにも覚えがあった。
五芒星と呼ばれる五つの頂点を配した形だ。
それにしてもあの勾玉2つの円をそう呼ぶのか、と
ミザリーが得心し頷くと、ハイジが横から口をはさんだ。
「属性なんていったら、
RPGに代表するゲームの基本じゃあないのよさ~?
水は火に強くて~、火は木に強いってやつじゃな~い!!」
アベースは「そういうもんなんすか?」と
怪訝な顔で他の面子に尋ねるが、ミザリーには
そもそも〝ああるぴぃじぃ〟とやらが何なのか
皆目見当もつかない。
──しかし、知識というものは意外な人物が
持っていることもある物で
その言葉に反応したのは警備隊隊長、コールだった。
「〝げーむ〟っていう単語には聞き覚えがあるなぁ、
なんだっけ……物語の主人公になりきって遊ぶっていう
ものらしいんだけど」
「そうそうそれっすよ……
俺っちもよく遊んでたなぁ、
ガキの頃に主人公に自分の名前つけてさ……
──ん、でもゲームで知ったのは大体四属性……?
火・風・水・土のさ……なんで金属……?」
「四属性は〝とある神様の宗教〟が広まったせいっすかね?
〝4〟っていう数字は世界を表す数字とも言われているっす。
多分そこから〝エンペドクレス〟って概念も
わかりやすく浸透したんじゃないかと思うんすけど──
そこはこんがらがるから、頭の中からえいっしちゃっていいと思うっす」
「ん、え?エイがどうしたって?」
「リュウジ殿、そなた少し寝ていたのか?」
やや呆れた様子でリュージを見つめたミザリー、
そこにハイジがどんよりとした雰囲気を纏わせながら
話しかける。
「はいそこ注目ー……今はあのお嬢ちゃんが喋ってるんだから
話は聞きましょうねー……」
「……なんかコイツに注意されんの腹立つな……」
「しかし待て、実際のところ話の腰を折ってしまっているのは
余らが理由のようだ……」
気が付けば静かにこちらを見つめている一同の目線に、
リュウジともども口をつぐんで話を聞く体制になった。
「じゃあ話の続きっすけど、世界は7つの属性で成り立ってる──
ここに関わってくるのが、用神、喜神、忌神、仇神、閑神っていう
要素っす。
神って名前についてるんすけど、どちらかと言うと
そこに起こる〝現象〟みたいな感じっすね。
アタシたち悪魔でも簡単には介入できないような、
世界の現象──そのうちの1つが〝忌神〟と呼ばれる存在なんっす。
もっと詳しく説明すると凄い時間がかかるっすから、
〝忌神は人に害をなす現象そのもの〟
これだけ覚えていればいいと思うっすよ」
「いやそれ言っちゃったらぁよー!!
嬢ちゃんの説明3行半くらいで済む話だったんじゃねぇーのって
俺ちゃん思う訳よ!!」
「……はっ!?言われてみたらそうっすね!?」
頭の後ろを掻きながらぺこりと頭を下げるアベースに
周りが笑う中、コールだけは渋い顔を浮かべていた。
「Oh meine Güte……世界の現象そのものかぁ……
人が太刀打ちできるようなものじゃ
なさそうなのが怖いところだけど、それでも僕らは
これからも増えるだろう異世界からの流入者は
取り締まるしかないな……」
「マジデジマ!?俺ちゃんも取り締まられちゃう感じ!?」
「いや、アンタは即刻取り締まられるべきだろうがよ……
寄りにもよって悪魔の俺に憑りつくなんざ荒業披露しやがって……」
「HEY!YOUー!!それを言っちゃあお終めぇだYO!!」
「ホント、アンタの頭ン中どうなってんだ……?
悪魔を翻弄すんじゃねぇよ……」
ハイジを横目でにらむアバティは、溜息を吐きながら
コールに目を向けた。
「俺はただ単に召喚されてここに来ただけだ……
おまけに誰に召喚されたのかわかりもしやしねぇ……
この場合の召還は〝この世界に一番最初に呼びだした奴〟のことだ、
そこの中年太りやろうじゃない事だけは確かだがな……」
「中年太り!?お前失敬だな!これは飯が美味くてなっただけで
望んでなったんじゃ──」
「太っちょはみんなそう言うもんだろ……
わかんなくはねぇけどな……」
流石は悪魔という所か、傲岸不遜な態度のアバティに
周りは苦笑しつつもミザリーはふと気になった。
アバティを召喚した人物は、何が目的で彼を呼んだのだろう。
加えて、今回はアベースという少女まで帯同している、
アバティのみでは駄目だった理由があるのだろうか。
──そしてアバティのことを考えて、もう一つ思い出したことがある。
アーヴ・ラーゲィでの最後の出来事、
亭主殿に半ば無理やり渡されたあの板切れのことである。
〈すぐに使いこなせる奴は嬢ちゃんたちの味方だ〉
今だ胸元で温められている板切れを、
いつ出したものかと考えて、今は止めることにした。
今、この場に居る者達のことを信頼しきれない自分がいる。
それは恥ずべき猜疑心か、信頼すべき警戒心なのか、
せめてロインと2人だけで話す機会が欲しかった。