一難去ってまた一難……?
今だ船の壁には大きな穴が開いているために
風が吹き込んでいるが、これを一体どうしたものだろうか。
船が島に到着するまで塞いでおきたいところだが、
ここにはそんなことが出来そうな能力を持つ者も、
そも材料もない。
「この穴、このまま空いたままにすることになるのか……?」
「そうすることになりかねませんが!!」
ポムスと話しているうちに、ガタガタと大きな揺れが船に走る。
もしや船に開いた穴が原因でどこか壊れ始めてしまったのではと思ったが、
直後、上に通じる階段の後ろの扉が開き、巨大な赤い鎧が姿を現した。
「──お待たせしちゃったね!
船の襲撃者相手にはこいつの出番があるかもって
マウルタッシェンを取りに行ってたんだけど──あれ?」
鎧の巨人から響いてきたコールの声に、
そういえば先ほどまで姿が見えなかったことにようやく気が付いた。
「逃げたわけじャなかッたんだなお前。
リュウジの奴なんかあッという間に屈服したし、
ともしたら逃げだしてたろうからな」
「いやお前なぁ!あの状況で食って掛かる
お前らの方が異常なんだからな!?
飛行艇の外壁吹っ飛ばして入ってくるような頭ぶっ飛び女だったんだぞ!?
そんなやつ相手に向かって行くなんておかしいんだからな!?」
「国境執行隊である私たちならば、立ち向かうのは当然ですが!
確かに一般人であるミザリーさんたちに無理をさせるのは
本来は避けるべき事態でした!!」
ポムスは心底申し訳ないと言った顔で頭を下げてくる、
そう考えれば確かに上に立つ者が下の者を守ることは当然だった。
だがそれならば──
「ならば、先程の戦闘というかひと悶着には。
余は参加して当然だったわけだな」
「えっ?」
不思議そうな顔をするポムスに、ミザリーは笑って見せた。
「余は魔王であるからな。
魔王とは下々を守るために上に立つ者、
ならばリュウジやロインのような一般人を
守るために戦うというのは、当然のことなのだ!」
「姉ちゃん……俺のこと護るべき存在だッて思ッてくれてたんだ……ッ!!
なら、俺は今この瞬間から姉ちゃんの臣下になるよ!!
それだッたら一緒に戦うのは当然のことだよね!!」
「お、おう……お前は弟ではなくていいのか?」
「はッ!?確かに弟でいることを止めることは無理ッ!!
いや、弟でも臣下でいる奴は見たことあるから大丈夫だよ姉ちゃん!!」
ロインの押しまくってくる態度にミザリーはたじたじになるが、
そういう関係もありなのか?と思ってしまう。
「お、俺も庇護対象なんだ!?
じゃあ守って頂戴魔王様ぁ~!!」
「貴様は何というか、あまり守りたいという感覚が湧かない……
他人のことをいとも簡単に切り捨てるからな……
それと、庇護対象だからと言って
無理を通していいというものではないからな?
仮に余が守るからと言ってわざと自分から
危険に身を置くようなことをしたら放っておくぞ?」
「あっはい……」
げんなりした様子のリュウジを見て、少し言い過ぎただろうかと思ったが
先程コールとの会話で「君は甘すぎる」と言われたことを思い出し、
心を鬼にすることにした。
「ただ、まぁあれだ……命の危機を感じたら
余の所に助けを求めに来るくらいは構わないし、余も全力で護ろうではないか」
「マジで、良いの!?それ聞けただけでありがてぇ!!」
「おいコラてめェ、姉ちゃんに助けを求めるとはいい度胸じャねェか!!
俺の姉ちゃんだぞ!!」
「はぁぁ~!?他ならぬミザリーちゃんが許すと言ってくれてるんですけどぉ~?」
「ぬぐァァァァてめェッ!!言うに事欠いて『ミザリーちゃん』だと!?
馴れ馴れしいにもほどッてもんがあらァッ!!」
子供の喧嘩のようになってしまったロインとリュウジを見ながら、
ミザリーは母親とはこんな気持ちなのかと、ふと思った。
……なぜそんなことを思ったのだろう?
ロインと出会ってからはいつもそうだが、普段の自分では
決して思いつかないだろうことにいつも思い至る。
これは、ロインと出会ったことで自分に何か変化が起きたのだろうか。
それは吉兆か、それとも凶兆なのだろうか。
「まるで年頃の子供を抱えた親みたいじゃないの、大変ねぇ~」
「ははっ、そなたもそう思うか──」
ミザリーが困ったような笑みを浮かべながら声の聞こえた方を見ると、
そこには誰も姿は見えない。
聞き間違いか、そう思って辺りを見回してから、声が聞こえてきた方向。
──足元を見て見た。
「チャオ~♪」
──そこには、アバティに憑りついており、船が大きく傾いた時に
剣から逃れて落ちていったはずの、肉塊がそこにはいた。
「えっ」
「はい、アンタらが言う肉塊ですよハイ……
本名は粟田口拝司っす……」
「えっ……はい、ご丁寧にどうも──」
丁寧な挨拶に、思わず礼をしてしまう。
その瞬間、肉塊ことハイジはごきかぶりの如くの素早さで
頭を砕かれた少女の体へと向かって行った。
「──はぁっ!!?しまった、敵襲だぁ――――っ!!」
『敵襲!?』
「こんだけいて姉ちゃん以外気付かなかッたとか
俺含めて無能の集まりかよッ!!」
自分の顔をぶん殴りながらロインがミザリーの下に駆け寄るが、
肉塊はその時には少女の亡骸の下へと辿り着き、その頭に
へばり付いていた。
「敵襲ッて何があッたの姉ちゃん!?」
「ふ、船の上で襲ってきた肉塊がまたこの船に乗り込んできて……!」
「あのバケモンが!?まさか姉ちゃん……乗ッ取られたんじャ──」
「もしも乗っ取られていたら、こうして会話も
出来ていないと思うのだが……?」
「そう言われてみたらそうだ!!さすが姉ちゃん!!」
「言ってる場合かっ!!
みんな気を付けてくれ、あの肉塊──名をハイジというらしいっ!
そ奴があの少女の身体を乗っ取ったようで──」
ミザリーが指さした方向には、少女の亡骸に張り付いた
肉塊の姿が──存在していなかった。
その代わりに、頭を砕かれた筈の少女の頭が存在しており、
その身を起こそうとしていた。
「──何が何だかわからないが敵なら先手必勝!!
一気に畳みかけるぞ!!」
コールの勇ましい声に、ポムスが〝じゅう〟を構えて
戦闘態勢に入る。
「しょ、承知した!!」
「姉ちゃんが行くなら俺も行くッ!!」
勇み足でそのまま直進していきそうなロインの襟を掴んで止めると、
こそこそと逃げ出そうとするリュウジに目を向けた。
「お、俺は今回は遠慮しとこうかな……あいつ乗っ取ってくるし──」
「そなたは相手の戦闘力の判定に必須なのだから参加だっ!!」
「あいえええ!?」
臨戦態勢に入ったこちらの様子を一瞥しながら、
アワタグチ・ハイジは少女の顔で不敵な笑みを浮かべた。
「いや~ん、こんな沢山に囲まれちゃうなんて人気者ねぇ~。
かかってこいや〝教会〟連中よ、我が全て粉砕してくれよう」
『……ん?』
何か、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするが。
その様子を見て、ハイジも何か妙なことに気付いたらしく
怪訝な顔をしていた。
「……んあ?何っすかこの雰囲気?」