初の空中戦
「これぶッ放したら、あいつら撃退出来るんじャないかな、姉ちゃん!!」
「いや撃退じゃ済まないだろう!?
明らかに全員死んでしまうぞ!!」
「確かにそうだけど……向こうが先に攻撃してきてるんだし、
死んでも自業自得じャない?」
いやいやそういう問題ではないだろう、そう続けるはずだったのだが、
空気を裂くような音が耳に届き、それ以上は言葉が続かなかった。
「オイオイオイ!!
あいつら躊躇なく撃って来たぞ!?」
「軍艦ですからね~……
最低限の砲座くらいは装備されてますよ~……
ですがあの位置から撃って来たとなると~……」
ズィーリエが何かを懸念するようなことを言うが、
遠くから聞こえてきた破壊音と遠くに見える土煙が
その理由を物語っていた。
「ま、不味いぞ……流れ弾が下の町に直撃してしまっている!!」
「誰が犠牲になろうが構わないッてわけか!!
姉ちゃん、こうなッたらあいつら叩き落とすしかないよ!!」
ミザリーは唸り声をあげて、わずかの間とはいえ逡巡した。
攻撃してしまえば間違いなく、あの船に乗っている者たちは命を落とすだろう。
しかしこのまま放っていると、相手は砲撃を続けて下の町に居る一般人に
確実に被害者が出る。
ミザリーは決断するしかなかった。
「──よしわかった、あの船は撃ち落とすっ!!
大砲で相手の攻撃能力だけ奪うなんて器用な真似は出来ない!
これ以上追いかけっこを続ければ犠牲者が増える一方だ!!」
「合点承知だよ姉ちゃん!!
というか姉ちゃんの命を狙ッた時点で、また来たら
あいつらはぶッコロすつもりだッたけど!!」
嬉々とした表情でロインが大砲に手を掛ける……が、
「姉ちゃん、大砲の撃ち方ッて知ッてる?」
「知らないのに撃とうとしていたのか!?
お前という奴は……」
呆れてものが言えなくなるところだったが、
再び船の横を鋭く斬り裂くような音が通り過ぎていき
町に土煙が上がる。
まごまごしている場合ではない。
「いいか、大砲の種類にもよるが火薬と砲弾を装填して撃つ、
ここまではわかるな!?」
「うん、そこまでは何となく理解できてる!!」
「いいぞ、この大砲は……見た限り後ろから砲弾を込める後装砲のようだ。
まずは砲弾と、装薬と呼ばれる火薬の詰まった袋を探せ!
それがないと撃つことなどできないぞ!」
「わかッた!!」
2人は積み荷に掛かっている布を片っ端から引き剥がす、
大砲が積んであるのだから、おそらく砲弾も装薬も
近くにあるに違いない。
「おい、そこで隠れてる裏切り野郎!!
この後のことを考えるなら今ここで砲弾探すの手伝いやがれッ!!」
荷物の後ろに隠れていたリュウジは、突然指名されたことに
おっかなびっくりという様子で顔を出した。
「お、お前こんな砲弾飛び交う中で、俺に探し物しろって言うのかよ!?
探偵だからってこんな戦場一歩手前の所で働かせてもいいと──」
「じャあ今ここでくたばるか!?おい悪魔野郎、こいつを凍り漬けにしてやれ!!」
「なんでアンタなんかに命令されなきゃならないんだよ……!
だがまぁ、土壇場でいかにも逃げ出したり裏切ったりしそうなやつだ……
ここで始末しちまうってのは有りかもしれねぇな……」
アバティが操舵室から出てきて、こちらに向かって歩いてくる。
リュウジはいよいよ追い詰め寄られて顔を真っ青にしていた。
いささか哀れとは思うが、現状を考えると探す人数は多い方が良い。
「早くしてくれないかロイン!?
照準合わせるのにも人手がいるんだぞ!?」
「そうなの!?そんじャすぐに探さないと!!
おい悪魔野郎、何を操舵室から出て来てるんだよ!!
お前は操船してるんだろ!?早く持ち場に戻れよッ!!」
「なッ……呼びつけたのはお前だろうがよっ……!
全く勝手なこと言いやがって……!」
しかめっ面をしながら戻っていくアバティに、
ミザリーは後で謝っておこうと心に決めた。
ともかくどこかに砲弾はないかと探してみるが、
布を捲れども出てくるのは同じような大砲ばかり。
……一門積んでいるだけでもおかしいのに、この船は
どれだけの大砲を積んでいるのだ。
どこかきな臭くなってきたのを感じながらも、
とにかく探し続ける。
「あッた、あッたよ姉ちゃん!!」
「本当か!!」
ロインの声がした方へ駆け寄ってみると、
そこにはヘロヘロになったリュウジと笑顔で手を振るロインの姿があった。
「な、何があったのだ……?」
「こいつがごねまくッてたから、ここであの船を撃退出来たら
減刑を更に考えてくれッて執行隊の女に頼み込んだらさ、
『場合にもよりますが、検討いたします』ッて言わせられたから
能力全力で使わせて見つけられたよ!!」
「ゼェ……ゼェ……ほ、本気出させていただきました……」
「なるほど、最初からそうすればよかったのだな。
でかしたぞロイン!」
「おほォーッ!!姉ちゃんに褒めてもら──」
直後、船に激震が走り金属の軋む音が聞こえる。
とうとう直撃を貰ってしまったらしい、
早くあの船を撃ち落とすしかない……!
「さあ運ぶぞ!急げ急げ!」
「わかッた!!」
「お、俺はゆっくりしても……いいよなぁ……?」
「何を言っているっ!死にたくなければ動くのだ!」
ぐったりしていたリュウジはミザリーの激励を聞き、
さらに絶望的な顔をするが、再び船に衝撃が走るとやけっぱちと言わんばかりに
立ち上がった。
「ああ糞ぉっ!!
やるよ、やってやりますよ!!
これが終わったら休暇を取るぞ俺は!!
絶対に誰にも邪魔されない場所でゆっくり過ごすんだっ!!」
「その意気だ!生き残るために全力を尽くせ!!」
砲弾と装薬の入った円柱状の袋を米俵の如く運ぶ、
何やらミザリーの知っている砲弾や装薬の袋と比べると
やけに重いものだったが、
なんとか1人1つずつ運びきり、大砲の尻側にある閉鎖機の蓋を開けて
中に砲弾と装薬を詰め込む。
「なんか、やけに重いんだけど……ッ!?」
「確かに……っ!余の知っている砲弾はここまで重くはなかったのだが……!」
「そりゃそうだろうさ……!この世界の物って、なんか知らねぇけど
やたら重いんだよ……ぜぇ、ぜぇ……」
「なんだよそれ……ッ!?先に言ッておけよな……!!」
3人で息が上がりながらも装填が終わった大砲を、
今度は照準を合わせるために車輪の固定具を外して回す。
動く標的相手に照準を合わせるとなると相当の練度が必要になるが、
相手の船は一直線にこちらに向かってくるのみであり、
飛距離と方向を合わせれば命中させられる……かも知れない。
──いや、命中させなければならない。
「相手との距離は……ざっと見500間ぐらいか……
方向は船首へと合わせる……ヨシっ!!」
「そ、そんなざっくりでいいのかよ!?」
「ここには正確に距離を測る者もいないだろうから、それは不可能──」
ミザリーが確実に命中させる方法は無いと断言しようとすると、
ロインが声を張り上げる。
「待ッて姉ちゃん!!こいつ、さッき砲弾がどこにあるかとか
どれだけ離れてるかとかも全部わかッてたんだ……
もしかしたら距離とかも正確に測れるかも知れないよッ!!」
「お前そんなとこまで見てたのかよっ!?
俺……丸裸にされちゃった……」
しなを作って悲しげな表情を浮かべるリュウジに
目尻を吊り上げながらミザリーは叫ぶ。
「アホなことを言っている場合かっ!!
とにかく、距離計のような事ができるのか!?
それがあれば命中率は跳ね上がるはずだ!!
後でズィーリエ殿に口添えしよう、頼む!!」
「さっきの説明聞いてたらあまり当てにできないんだけどぉ……
ああチクショウ!!今は生き残る方が先決だよなぁ!!」
リュウジは敵艦の強襲揚陸艇に手を向けて、異能を発動させる。
「〝思考性推理〟っ!!」
指で象られた枠が光を増し、リュウジの額に更に汗が浮かぶ。
無理をさせているのは間違いないらしい、必ず成功させて
リュウジの功績をちゃんと伝えなければならないと決めた。
「……距離562メートル!北風3メートル、
相手の速度時速65km、こちらも同速度!今なら
砲撃しても外れねぇ筈っ!!」
「好機っ!!決して逃がすな!!」
ミザリーは大砲の後ろから伸びている摩擦縄を握ると、
周囲に叫ぶ。
「耳を塞いで口を開けろっ!!」
「え、なん──」
「姉ちゃんの言うとおりにしろッ!!
必ず理由はあるんだ!!」
指示に従って2人が耳を塞ぐのを確認し、
ミザリーは摩擦縄を思い切り引っ張った。
「撃ぇーっ!!」
──大砲が吠え、強烈な熱波と共に砲弾が発射される。
砲弾は空を裂き、真っすぐ敵艦へと向かって行き、
その装甲を貫いた。