新たなる事実
しこたま殴られたアバティの顔は南瓜のように腫れ上がり、
すすり泣く声が時々聞こえてくることも併せて
一種の怪談噺のような光景がそこにあった。
「いやぁ……もう許してぇ……」
「まだ殴り足りねェぞ!!その首差し出して
姉ちゃんに許しを請いながら一生を終えろッ!!」
敵として相対しながら、その有様に憐れみすら抱き始めたミザリーは
ロインを止めようとして、あることに気が付いた。
剣で刺されてもなお命の危機を感じなかった筈の悪魔アバティが、
〝なぜ殴られた程度で命乞いをしているのか〟?
「……ロイン!キツイかも知れないがそのまま抑えていろ!」
「大丈夫だよ姉ちゃんッ!!言われなくてもコイツにはやった罪を
その身に刻み付けてやらないと気が済まないからッ!!」
「うぉぉぉぉ……俺っち死ぬぅ……」
背後の悲鳴に今は耳を塞ぎながら、姿を消しているリュウジを探し始める。
どこかに隠れているだけだとは思うのだが、いったいどこに居るのか──
「うっひゃあ……悪魔をあそこまでボコボコにするとか、
あいつやべぇ……今のうちに逃げたいんだけど、脱出艇とか
どこかにあったり──」
先刻自分たちを連れ去るために使われた投網の山の中から、
ひょっこりと顔を覗かせる見慣れた顔を見つけて思わず指を差す。
「見つけたぁーっ!!」
「あばーーーーーーーっっ!!?」
「あびゃあああああっ!?」
突然大声を上げたリュウジにミザリーも心臓が飛び出しそうになり、
情けない悲鳴を上げてしまった。
アバティにも言われたが、本当に魔王の名折れである……
「はぁ、はぁ……心臓に悪いから驚かせないでくれ……」
「ヒィ……ヒィ……お、お姉ちゃんが先に大声上げたからじゃねぇか!!」
「そ、それは確かに──」
先に声を上げたのは事実だ、と納得しかけたが、
今はアバティをその場に留めてくれているロインのために
急がなければならない状況を思い出す。
「それどころではなかった!すまないがあやつを、悪魔のアバティを
そなたの異能とやらで調べてみてはくれないか!?
相手の何もかもがわかるのだろう!?」
「な、なんでそんなことをする必要があるんだよ……
さっきだってあの兄ちゃんに首絞められながら
無理やり調べさせられたから、もう情報なんて
出てこないぞ……?あの兄ちゃんは俺が話してる途中で
『わかッた』っていって飛び出してったけどよぉ……」
なるほど、ひとまずリュウジがビクビクしている理由が分かった。
敵を調べるためであろうが首を絞められるなんて経験をすれば
それは怖かったに違いない。
「……、あやつは後でみっちり叱っておく。
だがとりあえず、既に調べてくれていたのだな!
頼む、余にもその情報を教えてくれないか!?」
縋るようにリュウジに頼んでみると、そのまま腕を組んで
リュウジは悩み始めた。……もどかしい、今この瞬間にも
ロインがアバティを食い止めてくれているのだから、
早く戻るべきなのだ。
──無抵抗に近くなった相手をなおも殴り続けるという点のみを見れば、
すぐさま止めるべきなのかもしれない。
だが明らかに前回遭遇したアバティと矛盾する点がある以上、
早く対処を考えなければ不味いことになりかねない。
「……そんなに教えて欲しいんか?」
「うむ、そうだ!早くして欲しいっ!」
「……ただで教えるっていうのは何というかなぁ……」
「なっ……!?この状況で対価を求めるつもりか!?」
耳を疑うような返答にミザリーはこの男はどことなく信用し難いという
印象を抱いていた理由を垣間見た気がする、
この男、打算的に動いている気がしてならないのだ。
自分たちが〝願いを叶える石〟の話題を出してから
妙に協力的になったことを思い出し、
そして国境執行隊に出会ってしまった事でその行動は更に顕著になったように思える。
……少し、いや結構色眼鏡で見てしまっている気がしないでもないが、
今までの行動や最近仕事が入ってこなくなったという理由も
それが露見するようになったというのならわからなくもない──
いや、今はそんなことを考えている暇はなかった……っ!!
「ぐ、ぅ……ならばっ!!余らが〝願いを叶える石〟を手に入れたら、
そなたに最初のひとつは譲ろうっ!!これでどうだっ!?」
「それはそれで魅力的だけど……それよりも〝欲しいもの〟があるなぁ……?」
にちゃり、と音が聞こえてくるような粘ついた笑みを向けてくるリュウジに
寒気を覚えたミザリーは、しかし今ここで頷かなければ活路も開けないことを
感じ取っている。
──必然、その問いには頷くしかなかった。
「……承知、したっ……!」
「おっしゃあ決まりだぜっ!!そんじゃ奮発してもういっちょ、
〝思考性推理〟ーーーっ!!」
リュウジが指で枠を作りアバティへと向けると、
今まで気付かなかったがリュウジの指が金色に輝いているのが
ミザリーにもわかった。
これがリュウジの〝異能〟なのだろう。
指の枠を覗き込みながら何度か頷いていたリュウジは、
ふと首を傾げてこちらを見た。
「なあ、お姉ちゃん。あの兄ちゃんが悪魔に飛び掛かる前に
何かしなかったか?」
「む……反撃をしようと拳を一撃見舞って手を凍らされたが、
それがどうしたというのだ……?」
未だに感覚が戻らない手をアバティの血液で解凍するべきかどうか
少々本気で悩んでいるミザリーに、リュウジが不思議だと声で伝える。
「さっきは無かった項目が増えてんだよ……
〝急所付与〟って書いてあるんだけどな……?」
「急所付与?」
耳慣れない言葉に先を促すと、書いてあるのはそれだけだと言って
リュウジにも詳しくはわからないらしい。
急所付与、言葉だけ聞けば人体の急所に何か付与していると思えなくもないが、
アバティの腫れ上がった顔や、見える範囲で腕の関節などには
何かが付いているようには見えない。
──そう思っていた刹那、リュウジが指の枠をこちらに向けて叫んでいた。
「いや待てよ、お姉ちゃんっ!!ちょいと調べさせてくれ!!
〝思考性推理〟っ!!」
「あびゃあああ承諾もしていないのにぃぃぃぃ!!」
目の前が光に包まれる。
異能によって調べられるとは、このような感覚なのかと
少しばかり恐怖しながら何もできずにいると、
思いのほか早く光の奔流から解放された。
「──ぷはぁっ!おのれ、せめて調べるのならば
一言断ってから……!」
「急ぐんでしょうが実際!で、ほら!結果が出ましたよっと!!」
そう言ってリュウジはミザリーをびしりと指さした。
「お姉ちゃん、アンタは自分で気がついてないかもしれないが、
俺たちみたいな〝異能〟に似た力を持ってるらしい!」
「よ、余がか……?」
突然そんなことを言われても困る上、
それが今とどんな関係があるというのか──
「お姉ちゃんの異能みたいな力は、〝急所付与〟だっ!!」