病室事変
──悪魔召喚学
その本はフリカッセ家の書庫で見つけ、結局返し忘れて
持ってきてしまった書物。
アバティという本物の悪魔に遭遇した点から考えても、
あの本は本物であることは間違いない。
そして、その本の存在はリュウジの家でアーヴ・ラーゲィでの
出来事を説明する際に、悪魔を説明する為に話してしまっていた。
ミザリーはあの男、リュウジを全面的にではないとはいえ
信用してしまった自分を呪った。
ピントの一件から何も学ばなかったのかと自分の頬を張りたくなった。
その結果がどうだ、今まさに目の前で──
「痛だだだだだっ!!痛い、痛いっすよ!!」
「何をなさろうとされているんですか~?
変なことをすればこうなると分かっていたはずですよ~?」
……リュウジは取り押さえられて、何事も起きることは無かった。
「ズィーリエ、何かあったのか?」
コールとポムスが歩み寄ってくると、ズィーリエは
捻り上げたリュウジの姿を見せながら笑顔を見せた。
「そちらの女性の方が慌ててやって来られたので~、
この男を拘束いたしました~。
本を手に取った以外は何もありませんでしたよ~」
「ふーん?本を手に取っただけか……
うん、念のため本も取り上げておきなよ」
ミザリーは何事も起きずにホッとする反面、
リュウジは何がしたかったのかと目を向け──
空いていた片手が本を開いて、とある頁で止まったことに今気が付いた。
「ま、待て!!リュウジ殿が本を開いて──」
「〝神よ、悪魔よ!我は求め訴えたり!〟」
警告の声を発するも一歩遅く、
リュウジが何かの呪文を唱えた途端眩い光が迸り、病室に悲鳴が響き渡る。
「なんだぁ!?何が起きてるんだ!?」
「隊長!私の後ろに回ってください!」
「いやどこに居るのかわかんないんだけど!?」
「さぁ来い!悪魔でも何でもいいから来てくれ!
このまま執行隊に連行されて拷問なんてまっぴらだ!!」
光の中で混沌となっている周囲にどうしたらいいのかわからず
ミザリーもまたあわあわとしていたが、やがて光が収まり、
──先ほどと何も変わらない光景が戻ってきた。
『ん?』
誰もがただ首を傾げた、今の光は何だったのか?
ロインへと目を向けるが、特段変わった様子は見受けられない。
病室の患者たちもなにが起きたんだ、とざわついている。
いや、実際には何も起きていなかったわけだが……
「一体、何だったんだ?ボクは何ともないけれど……
2人は何ともないか?もしかして光を浴びて変なことになったりとか……」
コールが自分の部下の安否を確認しているが、
ミザリーはコールの考えに絶句するしかなかった。
今の光が悪魔を呼び出すことが目的ではなく、
〝ここに居る誰かを悪魔に変貌させる光〟だったとしたら。
あのアバティという悪魔でさえも、もとはただの人だったのかもしれない──
「私は問題ありません~、
ポムスの方は大丈夫でしょうか~?」
「はい、私も問題ありません!
それにしても本当にあの光は何だったのでしょうか!」
「うーむ……特に問題なしか。ズィーリエ、その男はどうだ?」
「そうですね~、お待ちください~」
言われてみればリュウジの反応がないことに気が付く。
もしや呼び出した本人が悪魔と化してしまう呪文だったのか、
そう思いながら戦々恐々としていると、ズィーリエが言った。
「えっと~、このお方燃え尽きたように灰になっておりますね~。
なにやら『神は死んだ』と呟いております~」
「さっきから何を言ってるんだろうなコイツは……
とにかくだ、なんか訳の分からない呪文を知っていたことを考えても
最初からここに来たのはその本を手に入れるためだってことは確実だな。
うん、本は確実に回収しておこう!」
「承知いたしました~」
リュウジの手から本が取り上げられると、
その身体がドサリと床に投げ出される。
ミザリーは思わずビクリとなったが、直後に泣き声が聞こえて
死んではいないことがわかりホッとした。
「もう駄目だ……俺は連行されて拷問されて一生を終えるんだ……
最近仕事が減ってきたし……町の人からも身分不相応に遊んでるって
思われてたし……最後の希望の悪魔も来やしないし……」
「そなた、かなり追い詰められていたのか……しかしそれなら
それ相応の暮らしをすれば良かったものを……」
「一度栄光を知っちまったら、それ以下の生活には戻れるわけねぇんだよ……」
背中を震わせながら語るリュウジに一抹の同情を感じるが、
人を騙すような真似をしてしまった以上、代償は払わねばならないだろう。
「そこの君ぃ……ウチの部下を騙してここまでやってくるとは、大した胆力だ。
状況如何ではウチに抜擢してもよかったが、公務執行妨害・偽証罪等
いくつか罪を犯した。残念ながらこのまま連行させてもらおうか」
「うぅ……うぉぉぉぉ……!!」
地獄の底から響いてくるような悔恨の声に、ミザリーは思わず瞑目した。
「結果的に何も起こらなかったとはいえ~、
ここまで彼を連れてきてしまった責任は私にあります~。
この任の後には何なりと処罰を受けますので~」
「うーん……確かにそうだなぁ……」
腰を深く曲げて謝罪するズィーリエに、コールは悩む仕草を見せた後
何かをひらめいた顔をした。
「うん、閃いたぞぉ。
今回の一件の処罰として、君には彼の調書と始末書を
書いてもらうことにしよう!それが君に対する罰だ」
ズィーリエはその言葉に驚いた顔を見せると、
そこにポムスが更に言葉を続けた。
「なんとも重い罰ですねズィーリエ!
頑張ってください、私も何か手伝えるなら
協力いたしますので!」
ズィーリエの顔を見ていると、それがどんな罰なのかは想像できる。
おそらく失態だと思っていることに対して、罰とも呼べない軽いものだとわかる。
そしてそれを見ていて確信したことがある、
以前の国境執行隊がどんなものだったかはわからないが、
少なくとも彼らが非人道的なことをすることは決して無いだろう。
「リュウジ殿、彼らの様子を見てもまだ怖いか?」
「うぅぅぅ……怖いモンは怖いに決まってんだろう……!」
こちらはこちらで根深そうだと思い、
実際に経験するまで彼らの真実はわからないと思い、
放っておくことにした。
「では彼を連行します~──」
深く礼をしたズィーリエは、リュウジの肩に手を掛けて立たせようとし──
その動きが止まった。
「……あの~、気のせいでしょうか~?
飛行艇が随分近くを飛んでいる音がしませんか~?」
「そうかぁ?……確かにそうだな?なんだ、随分と近くを通って──」
コールが病室の窓に近づくのと、
すぐ側の壁を何か巨大なものが突き破って入ってきたのはほぼ同時だった。
飛び散る瓦礫の中、突入してきた何かから背後に光を背負って
誰かが病室へと姿を現す。
「ヒィィィィィィィアウィィィィィィゴォォォォォォォ!!」
『なんだこいつ!?』
思わずその場に居た全員の声が重なる、
そして、その人物から何かがこちらへ放り投げられたのもまた同時だった。
一瞬のことで避けることができなかったが、
体を覆ったそれが何かを、ミザリーはすぐに理解できた。
「これは……投げ網!?」
その網はミザリー、ロイン、リュウジ、ズィーリエにかかっており──
直後、凄まじい力で引っ張られたかと思うと
4人の体は網に絡めとられて空へと舞い上がっていた。
『なんだってぇぇーーー!?』