救急搬送、患者一名
「そんなことある訳が無いって顔してるなぁ、お嬢ちゃん。
だぁが!!俺の異能を知っていたんなら
もっと警戒するべきだったんだよなぁー!!
俺の異能〝思考性推理〟は、相手の性質を──」
「それは知っておりますので~、説明されずとも大丈夫です~」
「ふっふっふ、俺の異能を解説する機会を奪うとか……、
そんなことをしてもいいのかなぁ……?」
先ほどまでの態度とは打って変わって強気に出ているリュウジは、
ロインの耳に顔を寄せると何事かを告げる。
ロインはその言葉に怪訝な表情を浮かべるが、リュウジは目配せをして
「まじで頼りにしてるぜ!」と言ってズィーリアに向き直った。
「信じてるぜ兄ちゃん、いや先生!!
このすかした姉ちゃん、やっちまってくだせぇ!!」
「ああ?何言ッてんだてめェ?
誰がてめェのためになんか行くかよ、行くなら姉ちゃんの為だけだ」
「その……リュウジ殿……?何か当てがあるのか?」
この世界の追剥のような連中にも負ける様な自分たちが
間違いなく鍛えているだろう相手に、戦えるのだろうか?
リュウジはロインの中に執行隊相手なら互角に戦える〝何か〟を見出したのか?
「……何か~、考えがあるようですが~。
私もそれなりに実戦経験がありますので~、
例え私自身も気が付いていない癖があろうとも~……」
「──っ!!待つんだ、ズィーリアっ!!無理に突っ込んでもしも
相手の策に嵌まっちゃったら──!」
鎧から声が響きズィーリアを制止するが、それよりもロインと彼女の
闘いが始まる方が数瞬早かった。
ズィーリアは剣を引き抜く間際〝一歩半前へと踏み出し〟、
ロインはその動きを事前に知っていたためにその腕目掛けて飛び掛かり──
そのまま体をくの字に折り曲げられ、ロインはミザリーたちの頭上を飛んでいった。
『へ?』
その場に居た全員が、間抜けな声を発する。
切り傷が出来ていないところを見るに、
ズィーリアが剣を抜いた際に柄で腹を突かれてそのまま吹っ飛ばされたようである。
相手の動きを事前に知っていても、
やはり力の差は如何ともし難いものだったらしい。
「ロ、ロインーっ!?」
吹っ飛ばされたロインを受け止めようと走り出すが、
飛んでいくロインの体の方が早く距離が離れていき──
「──ぅおっとっと!!危ないって!」
執行隊の巨大な鎧の手が伸びたかと思えば、
その手の中にすっぽりとその身体は収まっていた。
地面に叩きつけられることは避けられたことにホッとしながらも
ロインが敵の手に落ちてしまった事という別の問題が発生したことに
咄嗟に戦闘態勢をとった。
「くっ……!ロインを受け止めてくれた事には感謝申し上げる。
しかし可能ならばその手を離してもらえるならばなお嬉しいのだがな!」
「隊長、彼女戦闘の意志有りと見ました!お下がりください!
私が相手を務めますので!」
「──ちょっと、ちょっと待つんだよポムスぅ!ボクのマウルタッシェンは
只の広告塔や救急搬送のために存在してるんじゃないぞ!?
ただ……今回ばかりは救急搬送機として機能せざるを得ないみたいだけど!」
鎧から聞こえる声はやや緊迫しており、
ポムスと呼ばれた女がその手の中を覗き込むと顔色を変えて
ミザリーの方へと目を向けた。
「そこの貴方!今、彼を放してくれたら嬉しいと仰いましたが!
その場合彼の命に危機が及ぶ可能性があります!」
「なっ……!まさかロインを人質に取ろうと──」
「──あのねぇ、人質ってのは生きてるから意味あるの!!
こっち来て見てみなよ!!彼ひどい顔色してるぞ!?」
鎧から手を差し出されて、警戒しつつも促されるまま近寄ってみると、
ロインがお腹を抑えながら顔を青紫色にしていた。
「これは、かなり不味くないか……!?」
「──だから言ってるだろう!!病院に連れて行くから逮捕とかは後回しだ!!
君もついてくるなら連れていくけど、どうする!?」
「しょ、承知した!!」
……それにしても、何か策があってリュウジはロインをけしかけたのではないのか。
振り返ってその顔を伺ってみると、ぽかんとした顔が見る見るうちに真っ青になっていき
滝のような汗を流すのが見える。
「あ……アレ?おかしくない……?だ、だってさっき……この兄ちゃん、
時間稼いで逃げようって、言ってたじゃん……?
何か、戦える根拠とかあって……言ってたんじゃないの……?」
「何を言っているんだ……まさか、リュウジ殿……
昨日余らが追剥にコテンパンにされていたのを
忘れたわけではないだろうな……?」
ロインがミザリーのために何の根拠もなく、時に無謀に戦おうとすることは──
そういえばリュウジには話していなかったことかもしれない。
「……大変調子に乗ってしまい、申し訳ありませんでしたぁっ!!」
リュウジはその場で大変見事な土下座を決めると、
そのまま蹲って動かなくなったが、その頭の前にズシャリ、と重い足音が響くと
びくりと体を震わせた。
「何が起きたのかよくわかりませんが~、
公務執行妨害されたことには間違いありませんので~。
それを焚き付けた貴方には一番重い罪を背負ってもらわなくては
いけませんね~」
「あ、あいええええ……」
リュウジの末路には同情しつつも、ロインの容体は一刻を争うらしい。
ポムスに頷いて見せると、鎧の巨人にミザリーが付いていくことを伝えて
3人は走り始めた。
「やぁ~、早急に搬送されたので助かりましたね。
内臓から少し出血していましたが、処置が早く出来ましたので
輸血と縫合も簡単に済みましたよ」
「ありがとう先生……以前からお世話になってるが、相変わらず
惚れ惚れする腕の良さだなぁ!!」
「やぁ~、はっはっは。以前の国境執行隊と比べたら
大変楽になっておりますよ。あの頃は処置不可能に近い
方々も搬送されておりましたからね、
そのまま永眠されてしまう方も多くおりました……」
医者と思しき人物と会話している若者を、
ミザリーとポムスは少し離れた場所から見つめていた。
聞こえてくる会話からして、ロインは無事助かったらしい。
あの若者には感謝してもしきれない、同様にポムスにも
ミザリーは頭を下げた。
「ロインの命を救ってくれて、心より感謝する。
そなたらのことを誤解していたようだ」
「いえいえ!私たちは取り締まることが主目的ではありますが、
人命を軽視することはいけないと規則が改められまして!
それもこれも、現隊長の意向で進められたことです!
お礼は隊長に言って下されば!」
以前の国境執行隊に遭遇していたら
間違いなく命は無かったことが明言されて肝を冷やしたが、
隊長と呼ばれる若者のおかげで自分たちは救われたらしい。
「ふむ、あの若者は人道主義なのだな。それに余らは救われたわけだ。
それに逮捕まで待ってもらえるとは思わなかった、本当に感謝しかない」
流石に監視の目は解かれていないが、とポムスを見ながら付け足す。
それでもミザリーは若者──確かコールという名前だったか──に、
せめてもと思い、深く礼をしたのだった。