其方の名は
「で。まず、俺たちに言うことはあるか?」
「うむ……勝手に家を漁るような真似をして、
申し訳ありませんでした……」
寝室のベッドを借りてロインを横たえさせた後、
ミザリーと中年の男、小柄な人物は暖炉のある居間
──この世界では〝りびんぐ〟と呼ばれているらしい──
に揃ってやってきて、
ミザリーは床に正座し深々と頭を下げていた。
ロインを探してのことだったとはいえ
勝手に他人の家をあちこち覗き見たことは間違いない、
この世界の常識がどんなものかはわからないが
咎めは受けるしかないと腹を括った。
「余に出来ることならばなんなりと……」
「なんかやけに一人称が
居丈高なのが気になるけどな……」
ぼそりと呟いた男は、
咳ばらいをすると埃を落とすように服を払い
重厚感を含んだ声で告げた。
「ならばマァドモアゼェ~ル、
俺た──おっほん!
私たちを楽しませてもらおうじゃあ~ないかね?」
顔を上げずとも下卑た笑顔を浮かべていることが
想像できるような言葉に、
ミザリーは一瞬体を強張らせる──
「Herr Ryuji……
Es ist besser,
keine Dinge zu sagen,
an die man nicht gewöhnt ist, oder」
「ちょ、おま……!
こんな時でもないと
絶対言えないじゃんか、
頼むよ、ちょっとだけだから!」
会話のほとんどは意味が分からないが、
聞こえてくる男の反応はなんだか
小心者じみている言い方に聞こえる、
……というよりも悪ぶっているだけと
言った方が正しいかもしれない、のだろうか?
「おっほん!
じゃあ早速なんだがねぇ……
私たちに食事でも振舞ってもらおうじゃあないか。
ちょうどキッチンに作りかけの物がある、
それを見て自分で料理してみてくれないかね?
ふふふ……不味いものを出したらどうなるか、
解っているだろうねぇ……?」
「料理を……?
それで良いのか?」
出された課題の内容に顔を上げて首を傾げる。
家探しをするような相手に料理を作らせるのが
この世界での常識なのだろうか。
……しかし一見しただけの場所と食材で美味しいものを
作れというのは無理難題に近い、
その上で「不味いものを出したらどうなるか」と
言われていることもあり、
覚悟はしておいた方がいいだろうと思った。
「……承知した、
精一杯やってみよう」
「ふふふ……期待してますよぉ……?」
男は柔和な老人のような笑みを浮かべている、
……もしかしたら先ほど自分が想像したような
いわゆる〝悪い笑顔〟をしているつもりなのだろうか。
ともかく厨房に向かったミザリーは、
下拵え済みの肉を見る。
見た限りでは衣をつけている点からして
揚げ物だろうと考える。
では揚焼鍋を探そうと周りを見回し──
「……あっ」
根本的な問題に気が付いた。
「火は……加熱はどうすればいいのだ?
こ、焜炉は……」
アーヴ・ラーゲィの屋台で見たような
自分でも使えるものであれば助かるが──
「余の知っているものとは別物だ……
下に大きな扉が付いているが……中は煤だらけだ。
おそらく円形の所が焜炉で合っているとは思うのだが、
しかしどうやって使えば……?」
火がなければ料理の大半はできない、
そして生でも食べられる物は
目の前に転がっているものでは
人参と玉ねぎ、ジャガイモあたり。
だが肉に関しては火を通さなければ
確実にお腹を壊すだろう、
憶測ではあるが異世界だろうと
その点に関しては同じ、だと思われる。
厨房の使い方を聞いてみるのが一番早いが、
果たして答えてくれるものか。
「しかし先ほどのやり取りを思い出すと、ふむ──」
悪者ぶっているがいまいちなりきれていなかったあの男、
聞いてみる余地はあるかもしれない。
「すまない、少しばかり、いいだろうか?」
厨房から顔だけ出して話しかけると、
男はゆったりしていた格好から
慌ててふんぞり返り、椅子に背中を預けた。
「おほぉっ……!?……おっほん!!
な、何かね?
アレかねギブアップというやつかねぇ?」
「ぎふだか何だかは知らないが……
余らはここには初めて来たと言っただろう?
それゆえに厨の勝手がわからないのだ、
その……使い方を教えてはもらえないか?」
男は隣の人物と顔を見合わせ、
『はぁ?』と同時に声を上げた。
「厨房ってかキッチンなんて
どこでも同じようなもんのはずだよな……?
まさか、さっき言ってた〝この世界の者じゃない〟
とか言ってたのも本当のことなのか?」
「あっあっ、
そこについてはその──
あのその、田舎から出てきてな。
都会の厨に慣れていないのだ……」
とっさに出てきた嘘に、
あまりに苦しいか?と
冷や汗が背中を伝う。
男もこちらを訝しげな顔で見てくるので
余計に汗が止まらない、
万事休す──
「Herr Ryuji,
〝Wenn jemand in
Schwierigkeiten ist……〟」
「……〝お力になりますいつでもどうぞ〟か……
2人で考えたうちの標語だもんなぁ……」
隣に座っていた人物と会話を交わした男は
手で顎を触りながら頷いた。
「悪かった──
いや、まったく申し訳ありませんでした!」
「えっ?
いや、なぜそなたが謝っているのだ?
余の方が勝手に家の中を歩き回ったのだし……」
困惑しながらミザリーが理由を尋ねると、
男はこちらに歩み寄ってきた。
「それでも、見ず知らずの場所に
1人で放り出していったのはこっちだからな……
気絶していたからしばらくは目を覚まさないと
勝手に決め込んで置いていったこっちに非はある!」
「そ、そうか?
……むぅ、本当にそうか……?」
悩むミザリーを横目に
厨房に入ってきた男は、
部屋の隅に置かれていた薪を手に取った。
「まぁ、なんだ……
正直別嬪さんが何でもしてくれるって
言ったのにドキがムネムネしちまって……
つい意地悪しちまったんだ!
悪かった、お詫びに何でもするから!!」
「いや、咎められるのはこちらだと何度も──」
いくら言葉を重ねても男は「悪かった!」としか
返事を返さない。
いつまでも続くやり取りに
少々面倒くさくなってきてしまったミザリーは、
一度騙されていたことを心に留めつつ
一息ついた。
「……承知した。
では先ほど言ったとおり、
この厨の使い方を教えて欲しい」
「そ、そんなんでいいのか……?」
男が顔を上げて怪訝な表情を向けてくる、
その鼻先に指を突き付けた。
「それからもう1つ」
ごくりと固唾を呑んだ男に、
ミザリーはいたずらっぽく笑って見せた。
「余の名前はミザリー、
そなたらが介抱してくれた男の名はロインという。
いつまでもそなたらと呼ぶのも気疲れするので、
名前を知りたいのだが教えてはくれまいか?」
呆気にとられた顔をしてから鼻を掻いた男は、
「変わった人だな、お姉ちゃん」と笑った。
「俺はリュウジ、
龍二・粟国。
ソファに座ってんのはとびっきり有能な俺の助手、
カロッテってんだ。
よろしくな!」
ミザリー「それにしてもロインの奴、
派手に吹き飛んでいたが大丈夫だろうか……?」




