情報収集と“カメラ”なるもの
ありがとうと答えて
ミザリーは隣に腰かけるロインに聞いてみる。
「あーぶ・らーげい。
聞いたことはあるか?」
「全然。始めて聞く名前だよ」
ではやはりピントの言う通り、
ここは“異世界”と呼ばれる場所なのだろうか。
するとロインが次の質問を投げかける。
「じゃあオウ・E・ドゥって
街の名前を聞いたことはないですかね?
でかい街なんですが」
なるほどその名前にはミザリーも聞き覚えがあった。
オウ・E・ドゥ、
魔王城までその名を轟かせる一大都市である。
大きな流通の中心点であり
様々な黒いうわさも囁かれるが、
今はこの街の名をピントが知っているか、
という点が鍵である。
「おういーどう?
聞いたことない街ですね……
あッ!! もしかしなくても
ロインさんたちのいる世界の街ッてことですね!?
むほほーッいいですねェ!!
色々聞きがいがありますね!!
さァ、さッさとこれを書いて取り掛からなきャですよ!!」
ピントが何かを書く手をさらに早めた。
何をしているのかは全くわからないが、
とにかくすさまじい速さであることだけはわかる…
だがそれは置いておいて、
オウ・E・ドゥの名を知らないのであれば
もうここは異世界とやらで確定だろう。
…この町がとてつもない辺境にあるのなら話は別だが、
そこまでいけばもう異世界と大した違いはないだろう。
「うーむ、そうか…
ありがとうピント、
大変参考になった」
「どういたしまして!
ほかにも聞きたいことが浮かんだら、
いつでもどうぞ!」
さてどうするか、と
ミザリーは思い悩む。
わからないことだらけで何を聞けばいいのか
まるで思い至らない。
するとロインが「ちょっといいかな」と手を挙げた。
「思いだしたよ聞きたいこと。
ここにやってきたときに初めて出会った
とんでもない化け物なんだけど、
あれってこの変じゃ普通にいるもんなんですかね」
「……とんでもない化け物ッ!?」
ピントはそれを聞くと、
手を動かすことをやめてこちらにゆっくりと顔を向けた。
ロインの言葉にミザリーも頷く。
「うむ、そういえばいたな。
余はそれなりには鍛錬を積んでいたつもりだったが、
あやつには手も足も出なかった……
文字通り一蹴されてしまったな……」
「俺も言っちゃあなんだけど、
結構戦れるんだよね。
けどあいつにはまるで歯が立たなかった」
思い出すだけで気分が重くなる敗北に
ミザリーがうつむいていると、
ピントが席を立ってこちらに歩み寄って来る。
「そ……そ……それはどんな奴だったんですか!?
狂暴でしたか!?
すごかッたですか!?
ああなんで取材に行ッておきながら
自分はそいつの姿を見てないんでしョうッ!!
写真1枚撮れなかッたなんて記者の名が泣きますよォ……ッ!!」
興奮のあまり妙に昂った様子で聞いてくるピントに、
ロインは渋い顔をした。
「さッきから思ッてたけどコイツ少しうッとうしいな」
「貴様も大概だぞ」
その一言にえっという顔をしたロインがこちらを向くが、
気付かなかった体でミザリーは話を進める。
「それでどうだろうかピント。
その話しぶりから察するに、
そうはいない雰囲気はするが…」
その問いかけに、
ピントは相変わらず大興奮しながら答えてくれた。
「いないもいないどころか、
大スクープですよッ!!
そんなんすッぱ抜いた記者は表彰もんですよ!?
だからこそ決定的な証拠が必要なんですッ!!
でないと三文雑誌と同じくくりにされちャう……
ああ、カメラが泣いています。
『なんでワタシを持っていながら撮らなかった』ッて……」
今度はめそめそと泣きながら
胸元の何かを撫でまわしている。
ミザリーは何とはなしにそれが
何か気になった。
「ところで、
その胸のものは一体……
なんなのか聞いてもいいか?」
「ずび…これですか?
これは〝カメラ〟と言いまして、
一瞬で目の前の景色を映してくれる
代物なんです……」
そこまで言いかけたピントは、
そうだと言って目をこすると
今度は無邪気な子供のように笑った。
「ちョうど色々いい機会です!
一度体験してみませんか?
一枚欲しかッたところですし!」
「ふむ、いいのか? 大事なものなのでは……」
「使わなかッたらそれこそ記者の名折れですよ!!
ささ、こちらを向いてください!!」
「む? ……こう、か?」
「俺もか?」
ピントに促され、
同じ方向を向いたミザリーとロインに、
「じャあ笑うか、微笑むかしてくださいねー」
とさらに注文が入り、
ともかく軽く笑ってみる。
「それじャあ撮りますね!
ハイ、チーズ!」
というピントの言葉が耳に入った瞬間─
視界が白一色に染まった。
「あびゃっ!?」
「うべェァッ!?」
「──あ、すごく眩しいんで
ちョッとびッくりするかもしれません」
ピントの遅すぎた忠告が、
むなしく室内に響いた。
「─てめェッ攻撃か!?
姉ちゃんを不意打ちするとはいい度胸だ、
ぶちコロされてェみたいだなッ!!」
「目が、目がぁ……」
「ああッ姉ちゃん大丈夫!?覚悟できたかてめェ……」
地獄から響くようなロインの威圧に、
ピントは完全にすくみ上っているようだった。
「あひえェェェ……すいません、
そんなことになるのは正直予測できましたが
抑えられず……」
「確信持ッた故意じャねェか!!!」
それを皮切りに狭い部屋の中で追いかけっこが、
今まさに始まろうとしていた─
「やめないか貴様っ!」
だがミザリーがロインに抱き着くことにより、
それはまさに寸前で回避された。
走りだそうとした体勢で器用に固まっているロインは、
驚愕の顔でミザリーを見る。
「いいの!?
姉ちゃんの目にコイツなにかして─ッ!!」
「まだ……目がしぱしぱするが……、
何か理由があってのことだと、余は信じる。
止まれ!」
断固としたミザリーの指示に、ロインは─
「な、なんて心が広くて純真なんだッ……!
さすが姉ちゃんだ!」
感激したようにつぶやくと、
泣きじゃくりながらその場にしゃがみこんだ。
──そこまで反応されるようなことは言っていないのだが?と、
ミザリーは少し気味悪く思い、
体を引いた。
ミザリー「あの化け物は一体何なのだろうか?」
ロイン「情報集めなきゃ、もう一度たたかうにはね……」