〝運命の神は盲目である〟
張り切って目標を定めたはいいものの、
今いる所がどこなのかすらわからない。
まずは現状把握から始めるべきかと
周りを見回せば、
ここは何かの建物の屋上に位置しているらしく
下を覗き込めば屋根が連なっている。
「どこかの屋上らしいな、
まずはここから下りるべきだが……」
「それなら、
そこにある扉から下りられるんじャないかな?」
ロインが指さす方に目をやれば、
そこには小さな小屋のような場所に
古めかしい扉が備え付けられている。
おそらく階下に通じる扉ではあるのだろうが……
「うぅむ……
家主の許可もなく開けていいものだろうか?
既に無断で屋上に忍び込んでいるようなものだが、
これ以上の狼藉を働くのはな……」
「その文句はこんな場所に放り出した
あの連中に言うしかないけれどねェ」
違いないと頷きながら
ミザリーが扉の取っ手に手をかけてみるが
押しても引いてもビクともしない、
どうやら鍵がかかっているらしい。
「鍵掛かッてるの?
じャあぶち破──」
「はいはい、
暴力的解決は無しでな。
余の目が黒いうちは
そういうことは必要時以外は許さないぞ」
子供に言い含めるような言葉にも
「ごめんなさい!」としょぼくれたロインは、
縮こまってミザリーを見上げてきた。
「でも、そうしたらどうやッて
ここから降りるの?」
「むぅ……」
しかしそう言われると返す言葉が出てこない。
ここから降りるためにはこの扉を通るのが
一番確実なのだろう、
だがそのためには鍵をどうにかするしかない。
鍵や扉そのものを壊すのは憚られるし、
もしも大声を上げて家主か誰かを呼んだとして
ミザリーたちがここにいる理由をなんと説明したものか。
〝空から降ってきた〟と説明して信じて
貰えるだろうか、
他ならぬ自分自身が空から落ちて
助かっているということを
奇跡としか思えていないのに……
「むぅぅぅん……
そこはこう、何とかできないか?
ロイン、お前の持っているその道具袋の中に
縄だのなんだのが都合よく入っていたりは……」
「入ッてるよ?」
「そうか、そう都合よくは──
入っているのか!?」
ならなぜロインは持っていながら
それを言い出さないようないじわるを
してくるのか、
ミザリーが少し悲しげな顔をすると
ロインは慌てながら訳を話し始めた。
「ああッごめん姉ちゃん!!
別にわざと困らせようとしてるわけじャないよ!?
確かに縄を垂らして降りることはできるんだけど……」
ロインはそう言って建物の下を指さす。
ミザリーがその先を覗き込むと、
建物の側に路地裏らしき道が見える。
では反対側はと建物の向かいを見下ろすと、
そこまで人通りは多くないものの
広い道になっている。
「ここから縄で下りているところを
誰かに見られたりしたら、
まず間違いなく『なんだアイツら』ッてなるよね。
下手したら俺たち泥棒扱いされやしないかなッて」
「ふむ、それは確かにそうか。
間違いなく大通り側から降りるのは不可能だな、
だがそうなるといよいよどうやって降りるか……」
「だよねェ、
というわけで──」
そう言うと、
ロインは道具袋から縄を取り出して
扉の取っ手に結わえ付け、
路地裏側に垂らした。
「なぜ縄を垂らす?
見られたらまずいとお前が──」
「そう、このままじャすぐに見つかッちャうよね。
だからこいつを使えば何とかなるかなッ!!」
ロインは大きく振りかぶって、
大通りの上空に向かって何かを放り投げた。
それは球体をした何かであり、
どこかで見覚えのある──
……あれは宿の亭主が渡すと言っていた、
持ち運びができるという調理台の入った
玉ではなかったか?
空高く放られた玉は
空中で大きな調理台へと変化すると、
その大きさ通りの重さであろう速さで落ちていき
そのまま視界から消え──
重い金属の衝突する音と激しく水が噴き出す音が
辺り一帯に響き渡った。
にわかに下が騒がしくなり、
悲鳴や人が駆けてくる音が
いくつも聞こえてくる。
「ロ、ロイン!!
お前、お前何をしたか……!!」
「ごめん姉ちゃん!!
ほかに大きな音出せそうなもの無かッたから!!
でもほら、
あれだけド派手な音が響いたら
誰だろうが見に行くんじャないかな!?
その隙に裏から縄で下りちャえば見られる可能性も
かなり少なく済むと思うんだ!!」
「だからといって、
だからといってだなぁ!!」
もう手に入るかもわからない便利なものを
只の陽動のために使い潰してしまうとは。
いやそれだけではない、
あんな大きな調理台が落ちてきて
下に人がいたとしたら……
ミザリーはがなり散らしたい怒りと、
陽動としては完璧な手法かもという感心の
正反対の思いに頭がぐちゃぐちゃになった。
しかし既に下は大混乱になっているようだし
まごまごしていれば道に下りる機会が完全に無くなる。
そうなる前に行動するしかないと、
縄に飛びつくことしかできなかった。
「うぅ……
貴重そうな調理台はオシャカにする、
大騒動は引き起こす、
それに乗じてこそこそと逃げる……
行動が小悪党じみてきた、
余はもうダメな所まで堕ちたかもしれん……」
「ああ、俺たち正に〝おちてきた〟わけだしね!
大丈夫だよ姉ちゃん!!
よく言うじャない、『終わり良ければ総て良し』ッて!!」
「『始め半分』とも言うだろうが!
幸先悪いなんてものじゃ済まないぞ……」
「う……
ごめんなさい姉ちゃん、
俺がこういう事態を予測して
爆薬でも持ッていれば……」
「持っていたら使うつもりだったのか!?」
「なんでか知らないけど
行く先々どこに行ッても手に入らなかッたんだよね。
あの時はツキに見放されたかなッて神様を呪いかけたよ」
「余は今、心から神に感謝したぞ……」
2人は口論?をしながら下へ、下へと降りていき
ようやく石畳の道に足をつけた。
「さて、長居は無用だよね!
大通りの騒ぎにつられて
この路地裏にも人がやッてきたら
せッかくの隠密行動がパァになッちャうよ!」
「お前は隠密の意味を調べ直せ。
……ああでも、癪に障るが
上手くいっているようだ。
誰も余らに気付いていないらしい……」
実際誰に見咎められることもなく
石畳の道に降り立つことができたことが
安堵したやら腹立たしいやらだったが、
ここで発見されては元も子もないと
2人はそそくさとその場を後にすることにした。
ロイン「〝大胆にやり遂げる方が成功する〟ッて意味の
ことわざがあるけど、
今回はまさにそれがはまッたね!!」
ミザリー「あれは大胆というよりは
凶行と言うのじゃないか!?」