やってきた町の名は
『いせかいぃ??』
ミザリーとロインは顔を見合わせた。
いせかいとは…なんだ?
記憶の中をひっかきまわしてみるが、
何も思い浮かばない。
いせかい……胃瀬貝?
「すまないが、
聞いたことがないのだが…
いせかいとは何だろうか?」
「貝の仲間かな、
ということは水辺から来た奴ってこと?」
「おおう…そこからですか。
いや、考えてみれば一生で聞くことないほうが普通ですよね!」
ピントは咳払いをすると、
かいつまんでですが、と
前置きをして説明をしてくれた。
「〝異世界〟とは、
すなわち今いる世界と常識や定義、
物を構成する物質とかが
全く違う世界のことをいいます。
次元が違ったり、
時間の流れが違ったりと他にも
色々あるようですが……」
『……』
「……わかります?」
『わからん』
聞くだけで頭から煙を吹きだしそうな
言葉の羅列に2人が目を回しそうになっていると、
ピントは「そーですよねェ」と苦笑した。
「まァーわかッた風な言い方をしてますが、
自分も受け売りを話してるだけなんです!
だからよくわかッてません!
とにかく、
〝自分たちのいるところからめッちャ遠い場所〟
ッて思ッてもらえれば大丈夫です!」
「あぁ、それならなんとなくわかる……」
「俺もわかッたと思う。
じャあ、先を続けてくれませんか?」
ミザリーはようやく理解できる言葉が
出てきたことに安心し頷いた。
ロインも首を縦に振り
続きを促す。
「ハイ!
とにかく遠いところに、
その人は来ちゃったと言うんです。
びっくりしちゃって色々と
話を聞きたかったんですが
何かやることがあるからッて言ッて
どこかに行ッちャッて─」
「おいあんた、話が脱線しそうなんですがね?」
ロインの指摘におおッと、と
ピントは頭を振って話を戻した。
「ともかく!
お2人はその人と全く同じ状況に
置かれていると思ってもらえれば!!」
しばしの間沈黙が流れる。
異世界というとてつもない遠いところに自分たちはいる。
その言葉を自分の中で噛みほぐし、
飲み込んだミザリーは─
「では、余らは……
もう帰ることはできないのか……?」
ぼそり、と
心の言葉が口から漏れ出していた。
ともすれば涙がにじみそうになる。
心細さが全身を
支配していくような感覚に、
体が小さく震える。
思わず隣のロインにすがりたくなるほど、
ミザリーは生まれて初めて恐怖していた。
「姉ちゃん……」
「うん、そのことなんですが…
その人……」
ピントはためらうように言い淀むと、
ほんの僅かの間沈黙し─
カッと目を見開いた。
「帰ッちャッたんですゥ!!!」
『帰った!?』
ピントは体を大きく震わせる。
「しかも2日でッ!!」
『2日で!?』
大粒の涙を流しながらさらにピントは叫んだ。
「自分の目の前でェッッ!!!!」
『目の前で!!』
ベッドに突っ伏しながら
おいおいと泣き始めたピントに、
ミザリーはただおろおろとするしかない。
とにかく泣き止んでもらおうと背中をさすったり、
元気づけようと声をかけた。
「よーしよし、よーしよし……」
「あんた元気出してくれよ、な?
その、俺たちにできることならやるから、な?」
その声にピントはぴくりと動き、
首だけを回してミザリーとロインを見る。
「……できること、
やッてくれるんです?」
「ああ、
頑張ってみよう」
ミザリーが頷くと、
ピントはさらに言葉を重ねる。
「……なんでも?」
「何でもはだめだ」
ズバリと言い切ったロインに
「おいっ!」とミザリーが咎める声を飛ばすと、
ピントは鼻をすすりながらエヘヘと笑った。
「冗談です……
大丈夫です!
してほしいことは1つだけなんで……」
鼻の下をこすりながら立ち上がると
目を服の袖でこすり、
ピントはニカリと笑った。
「やりたいことは1つ!
〝異世界〟から来たお2人を、
取材させてくださいッ!!!」
聞きなれないシュザイなる言葉に
頷くべきかミザリーは少し迷ったが、
言い方からして悪いことでも、
難しいことでもないのだろうと判断し
頷くことにした。
「んむっ……よし、わかった!
任せておけ!」
「姉ちゃんが言うなら俺も!」
「わァーッ!!ありがとうございますッ!!!」
両手を上げて喜んだピントは、
でもと困った顔をする。
「これから取材した鉱山の記事を
書かなきャなりませんから、
ひとまず置いといて……
あ、そうです!
何か聞きたいことはありませんか?
記事書く片手間でよければお答えしますよッ!
こちらとしても、
そこから何か得られる情報があるかもしれませんし!!」
部屋の中央にある机に向かいながら
ピントは言った。
確かに色々と知りたいことはある。
情報をもらえるのならどんなことでもありがたかった。
「助かる、ではそうだな……
よし、貴様も何か考えておけよ」
「俺? わかった!
姉ちゃんの期待にこたえられる質問考えてみるよッ!!」
隣のロインも悩み始める。
さて、何から聞いてみたものか。
「あッ、よければベッド座っててください!
すいません座るとこ少なくて!」
「ああ、すまない。
こちらこそ気を遣わせてしまった。
では失礼しよう……」
断りを入れてベッドに腰掛ける。
ロインもその隣に座ったのだが……
近い。
気を抜くと肩が触れそうなほどに近い──。
「おい」
「何? 姉ちゃん」
「近い」
「え?……
汗臭い?」
「そうではないが近い」
「うん、わかった!」
よいしょっと言いながら間隔をあけるロインに
少し言い方がきつかったかなとミザリーは思ったが、
ロインは気にしていないようなのでそのままにしておくことにした。
「……よし、
やはりまずはここがどこか尋ねておきたい。
場所の名前次第では、
もしやということもあるからな」
「おッ決まりましたね!
いやー答えるの2度目ですけど、
なんかこうワクワクしますねッ!」
机に向かい何かを書き綴っているらしいピントは、
ちらりとこちらを見て笑った。
「では改めまして。
ここは〝鉱山と蒸気の町、アーヴ・ラーゲィ〟といいます。
人口約3500人、
良質な石炭 (せきたん)が採れる、
ここらでもちょっとは有名な採掘場を持つ町です!」
ミザリー「近い……」
ロイン「近いかな……?」




