阻むものはすべて
ロインは路地を抜けて大通りに戻り、
絶叫がこだまする道を駆け抜ける。
もはやロインには道端で起こる
惨劇は目に入ってはいなかった。
助けを求める女の声も
うわごとをつぶやくながらさまよう男も
倒れた女を掻き抱いてむせび泣く子供の姿も
一瞥もせずにひたすらロインは
駆け抜けていく。
今目の前の惨劇に救いの手を伸ばせば姉の身が危ない。
ミザリーなら救う手を差し伸べただろうが、
今その姉に危機が迫っている以上
ほかに差し伸べる手をロインは持たない。
自分は勇者などではないのだ。
だからこそ、救いたい人を。
救える人だけを助けに走る。
「姉ちゃん……ッ!!」
──やがて走るロインの行く先に
立ちはだかる人影が見えた。
ロインは足を止めることなく
その人影に向かって突進する。
「退きやがれェェェーーッ!!」
「そういうわけにはいかないんですよぉ」
そう聞こえたかと思うと、
ロインは体に巨石を乗せられたような
重さを感じた。
そしてロインの目の前に小石が転がる。
「……ッッ!!」
ロインはすべてを察した。
この男もそうなのだと。
「おっとぉ。
その顔は全部わかってるって顔ですねぇ。
どこかであたしみたいな異能持ちとでも
会いましたかぁ?」
その人影──自警団員のヨセフは
こちらを嗤うように見下ろしてくる。
「それならこう言った方が早いですかねぇ。
あたしは〝教会〟の神父ヨセフぅ。
あなた方のような異世界の方を
うちにスカウトするのが仕事ですよぉ。
それとは別にぃ……」
ロインは体がさらに重くなるのを感じ、
口の中に血の味が混じる。
「こんな感じで〝試練〟を課すことも
してますねぇ♪」
「ぐ、ゥ……ッ!!」
こんなところでくたばっている場合ではないと
ロインが力の限り抵抗しようとすると、
ふっと体が軽くなる。
力の限り起き上がろうとしていたことで
勢いのあまりのけぞったロインは、
ゆるりと前を向いて
ヨセフをにらみつけた。
「おやぁ、
せっかくあたしの〝重力操作〟を
解除してあげたのに
黙りこくったままですかぁ?
何か言ってくれないと
こちらも張り合いがないですよぉ」
余裕綽々といった風でヨセフは手で
「こいこい」と挑発している。
ロインは何も言わずに鞘を手に取ると、
体を深く落としてヨセフに向かって
駆けだした。
「ははぁ~、
自暴自棄になって特攻ですかぁ?
あなたはもっと賢い方だと
思っていたんですがねぇ?」
ロインは鞘を頭上高く振り上げると、
鞘は勢いが付きすぎたのか手からすっぽ抜けて
空へと舞った。
「なけなしの武器までなくしてぇ、
お姉さんも救えずにここで果てるだなんてぇ、
随分とみみっちい最期でしたねぇ」
ロインは再び体が重しのように地面に
押さえつけられるような感覚に陥る。
──いや、ロインの想像している通りなら
〝ここら一帯が全体的に重くなっている〟のだろう。
先ほど視界の端で小石が転がった際に、
目の前で砕けたのを見た、
まるで何かに押しつぶされたかのように。
「……俺もあんたは賢いと思ッてたぜ」
「はいぃ?」
怪訝な顔をしたヨセフの頭上に、
ロインがすっ飛ばしたはずの鞘が
すさまじい速度で迫り──
「っ、ぇぁ?──」
ヨセフの脳天から腹までを
まっすぐに貫いた。
自由の身になったロインは立ち上がり、
立ったまま逝ったヨセフの横を通り過ぎる。
「神様とやらに仕えてるのに、
天罰が下るとはな」
ロインの皮肉は町の誰に届くこともなく、
空を飛ぶ小鳥たちだけがその声を聞いていた。
目的の蒸気供給所と思わしき
建物の前までやってきたロインは、
しかし入口に鍵が掛けられており
どうすればいいかわからず、
扉に拳を叩きつけた。
「チクショウッ!!
ここまで来てなんで──!!」
ダニエルの言うことに嘘があったのか、
本当にここなのだろうか。
ロインは扉をくまなく探し回り
鍵穴を見つけたものの、
そんなものなど持っているはずもなく
歯がゆくなった。
「そんなもん持ッてるわけが
ねェだろうがッ!!」
そう言いながら服のあちこちをまさぐり──
ズボンのポケットの中に、
何か固いものが入っていることに気が付いた。
そこに入っているものを思い出し、
ありえないと思いながらも手を突っ込む。
そして手に握られて出てきたものは──
「……鍵、だ……」
それはほのかに青くきらめく鍵だった。
ここに入れた物は確か、
魔王城でとっさに突っ込んだ
サファイアだったはず。
それなのになぜ鍵が出てくるのか
ロインは疑問に思うものの、
まさかと思い鍵穴に差し込む。
がちゃり、と重い音を立てて
扉は間違いなく開いた。
「マジかよ……」
なんにせよ道は開かれた。
ロインはその鍵を手放す気にはなれず、
再び懐の中にしまうと
重い扉を押して中へと入る。
中は金属の太い柱のようなものが
張り巡らされており、
蒸し暑い空気で満ちている。
そしてその部屋の中央に、
ミザリーが両の手をそれぞれ鎖で縛られて
吊り下げられていた。
「姉ちゃんッ!!!」
ロインが駆けよろうとすると
床から白い蒸気が吹き出し、
その行く手を遮った。
「熱ッ!?」
思わずのけぞったロインは
この程度と突破しようとするが、
その熱さにどうしても通り抜けることができず
断念して回り込むことにする。
「くそッ!!
姉ちゃんがすぐそこにいるのにッ!!」
反対側まで回り込むものの、
どこにも蒸気の切れ目は存在せず
ロインはやはり突破するしかないかと考えるが、
その時入り口側の蒸気が
途切れていることに気が付いた。
「……ッ、
さッきは吹き出してて通れなかッたよな?
でも今はあそこからしか行けそうにねェ!!」
ロインが再び回り込むと
確かに蒸気が途切れており、
中心へと行けるようになっている。
そしてその間に、
ひとつの影が横たわっていることにも
気が付く。
「えッ、あッ!?ロインさん!?
なんでここにいるんですか!?」
それは縄でぐるぐる巻きにされたピントだった。
芋虫のようにもぞもぞしながら
ピントは助けを求めるように
ロインに目を向ける。
「どうしてここにいるのかわかりませんが、
とにかく助かりました!!
例のローブの人たちにさらわれて
ここに運ばれてきたんです!!
どうか助けてくだ──」
「三文芝居はもう十分だろうがよ。
さッさとかかッてきやがれ」
ロインが吐き捨てるように言うと、
ピントは困惑した表情を浮かべる。
「えッ……?
何言ッてるんです?
自分はここに連れてこられて……」
「てめェの仲間のダニエルが
全部はいたぜ。
〝教会〟の幹部さんよォ」
──ピントはそれを聞くと、
するすると縄をほどき
手に長い筒状の物を持って立ち上がった。
「はァ……
敵にほだされるとか
何やッてんですかねェ~あの人は。
腹に穴開けてなおも生きてるとか
ゴキブリかッてんですよ」
ピントはそう言いながら下卑た笑いを浮かべ、
ロインに対峙した。
「ようこそおいでくださいました、
異世界の来訪者さん。
アーヴ・ラーゲィの中心部、
蒸気供給所こと〝異空間接続炉〟で
楽しんでいッてくださいね?」
ロイン「熱ッちィな……」
ピント「それがいいんじャないですか」