伝わった言葉
「お2人も、もう遭遇したかもしれやせんが……
〝教会〟と呼ばれる組織は途轍もなく大きく、
そして力を持っていやす……
〝教会〟と呼ばれてはいやすが、
既存の神を信仰しているわけではありやせん……
独自の〝神〟を頂点に掲げる
秘密結社のような組織なんでやす……」
「そんなことはどうでもいいんだよ!!
対策ッてのは一体なんだ!?」
ロインが叫び再び胸ぐらを締め上げると
ダニエルは笑いながら話を続けた。
「ははは……
そこに付け入るスキがあるんでさぁ……
わたしらは〝神〟の話をすれば耳を傾けずには
いられやせん……
それは〝神〟を信じているからとか、
そんな次元の話じゃあなく……
そういう〝習性〟として体を、魂を
いじくられちまってるんでさぁ……」
「は……?
なんだそりャ……
まるで人間じャなくなッちまッてるみてぇな……」
ロインの一言に、
ダニエルは皮肉気に口元をゆがめた。
「まさにそうでさぁ……
わたしらはもう、
人ではなくなっちまってるんでさぁ……
その証拠に人とは違う能力、
わたしらは〝異能〟とか〝チート〟だとか
呼ばれるものを会得させられてやす……」
そう言いながらダニエルが拳をふるうと、
まるで空気が塊のように飛んでいき
ぶつかった棚が粉々に吹き飛んだ。
「マジか……
なんだそりャ……!」
「ははは……
これを見た人は
実はお兄サンが初めてでさぁ……
わたしはどうしてもこの異能ってやつに
頼る気にはなれやせんで……」
「キカンシャで姉ちゃんが戦ッたやつも、
変な力を持ッてやがッた……
全部その力ッてやつか……」
ミザリーがブルゴーニュ・アレゲニーの中で戦った
キヅクの兄貴、そいつを殴るとダメージが帰ってくるという
得体のしれない出来事に
ロインはようやく合点がいった。
「姉ちゃんをさらッたやつも
似たような変な力持ッてるッてわけか」
「残念ながら違いやす……
似た能力を持っているやつもいやすが、
基本的には全く別物の
異能を持っていると思った方がいいですぜ……」
「じャあ何の能力持ッてるかは……」
ロインの言葉にダニエルは首を横に振る。
「それぞれが何の異能を持っているかは
知っている者は少ないんでさぁ……
不干渉を保っているというか……」
「じャあ俺をここに引き留めてる理由は一体──」
いきり立って叫び声をあげたロインは、
1つの可能性にたどり着く。
こいつは〝教会〟の関係者、
そしてミザリーをさらった相手の話をしようと
ロインをここにくぎ付けにしている。
それはつまり──
「お兄サン……
わたしが時間を稼ぐために
お兄サンをここに足止めしてると
思っていやすか……?」
ダニエルは不気味に笑って
ロインの服をガシリと掴む。
「だとしたらさッさとぶッコロして
姉ちゃんを探しに行く」
ロインは鞘を振り上げて
ダニエルの頭に狙いを定めた。
ほんの一瞬沈黙が流れ、
ダニエルの頬がふっと緩むと
掴んでいた手を離した。
「もしそうなら、
当の昔にお兄サンをのしてやすぜ……
話が長くなっちまいやした……
どうしても、
死ぬ前に伝えておきたかったんでさぁ……」
「じャあくたばる前に早く話せ!!」
ロインが先を急かすと、
ダニエルは苦笑いをしながら
話を続けた。
「ははは……
奴さんがどんな能力を使ってくるかは
わたしにはわかりやせんが、
誰がさらったかはお伝えしなきゃあ
なりやせん。
そしてどんな武器を使うかも……」
「早く言えよ!!」
「お嬢サンをさらったのは、
お兄サンもよく知っている相手でさぁ。
その相手は──」
ダニエルの告げた犯人の名前に、
ロインは耳を疑った。
あいつがなぜミザリーをさらうのか?
理由を考えてもさっぱりわからない。
いや、ここまでの話を聞けば
そいつもまた〝教会〟の関係者なのだろうが、
どうしても頭の中でつながらない。
「よく考えてみればわかるはずでやす……
お2人しか知らないはずの会話を
その人が知っていたことはありやせんか……
お2人をこの町の誰よりも早く見つけられたのは
なぜか、考えたことはありやすかい……
そしてお2人に『ここは異世界だ』と言ったのは誰か……」
「……マジかよ」
そうなればミザリーの信頼を
そいつは初めから踏みにじっていたということだ。
ロインは体の奥底から
黒い感情が沸き上がるのを感じた。
「俺はそいつをコロすしかないな。
姉ちゃんの思いを今まで
踏みにじりやがって」
「ははは……
恨まれるには十二分の理由がありやすねぇ……
ただ、相手もそこは覚悟しているでしょうから
ただじゃあ殺されやせんぜ……」
そんなことは覚悟の上と
ロインがダニエルをにらみつけると、
ダニエルは「不要な心配でやしたね」と
力なく笑った。
「ああ……
だんだん寒くなってきやしたね……
相手が使う武器として考えられるのは、
銃という武器になりやす……」
「〝じゅう〟……?」
聞き覚えのない言葉にロインが聞き返すと
ダニエルは頷いた。
「お兄サンの世界で言えば
弓に当たる武器でやす……
剣や槍の間合いの外から
一方的に攻撃できる、
飛び道具でさぁ……
ですが研究に研究を重ねられて
とてつもない早さで次の矢を
つがえられる弓と思って下さいや……」
「弓が相手か……
確かにそれじゃ鞘一本じゃ
相手になるかもわからねェ……」
ロインは旅に出る前は狩りの道具として
弓を使っていた。
戦いに使ったことはないが
それでも弓の強さは十分に理解している。
だからこそ、
それを相手取ることの危険さはすぐに理解できた。
「おまけに強い光で目にも
とてつもないダメージが入りやす……
決して攻撃してくる銃を直接見ちゃいけやせん……
そして大きな音で耳さえ
奪われることすらありやす、
絶対に近くで音を聞いちゃいけやせん……」
「なんだそりャ……
まるでおとぎ話に出てくるような
怪物みてェな特徴だ……」
ロインは背筋が寒くなった。
化け物のような相手に対して
ひるんだわけではない。
そんなことにいちいちひるんでいたら
ミザリーを守ることなど到底できないと考えている。
問題はそんな相手と戦闘になった時に、
ミザリーがそれらに巻き込まれるのではないかという
危険性だった。
耳をつんざくような音がするのなら
ミザリーのそばでは戦えない。
目をつぶすような光が出るのなら
ミザリーの前に立つことは許されない。
しかしそれでも、
もしも巻き込んでしまったら──
ロインはそれを考えて
恐ろしくなった。
「はぁ……はぁ……
そうでさぁ、
まさに銃は技術によって生み出された怪物……
ですが、どんな怪物にも弱点があるように……
銃にだって弱点はありやす……
たとえ話で弓と言いやしたが、
弱点も弓と全く同じなんでさぁ……」
「弓と同じ……?」
ロインは今の説明を聞いて
弓と同じ弱点があるようには
思えなかった。
しかしそれでも弱点があるというのなら──
「……つがえるものが無くなったら
おしまいってことか?」
「ああ……
いい点に目をつけやした……
そうでさぁ、弓も銃も飛び道具、
飛ばすものが無くなれば一巻の終わり……
さらに言えば弓と違って
即席で矢を作ることもできやせん……
打ち尽くせば完全に無用の長物になりやす……
そして弓と同じく、
次の矢をつがえる間は無防備になりやす……
攻撃を加えるならその時でやしょう……」
「だが別の問題がある、そこをなんとかしねぇと──」
ロインが感じた問題点を上げようとすると、
ダニエルはだんだんと弱くなってきた
息を上げて答えた。
「確かに……近くにいればお嬢サンは……
巻き込まれちまいやす……
そのためにも……
相手をお嬢サンから……
引きはがすことを念頭に……
置いて動いて下さいや……
幸い……銃は固いものは貫通しやせん……
それを……考えて──」
ダニエルはその言葉を最期にして
こと切れた。
敵であるはずのロインに対して、
最後の命の火を燃やして仔細を伝えた理由は
わからなかったが、
ロインはそれらを余すことなく受け取った。
ロインはダニエルの見開かれたままの目を閉じてやると、
決戦の地、蒸気供給所へと急いだ。
ロイン「最期までおしャべりな奴だッた。
もらッたもんは生かさねェとな!」




