異変
ゼクルヴィッスと別れて
宿への道を歩いていると、
やはり好奇の目を向けられる。
早く宿に戻ろうと
ミザリーが足を速めていると、
ロインが声をかけてきた。
「ねえ姉ちゃん、
大したことじゃないかもだけど
話しておきたいことがあってさ」
「今この状況でか?
……まぁ、聞くだけ聞いておこう」
「この町ッていうか場所さ、
島になッてるらしいんだ」
「島なのか?
ふむ……しかし、それがどうしたのだ?」
ロインの言うことに
ミザリーは疑問を投げかける。
確かに島だということは初めて知ったが
それが何か問題なのだろうか?
「それで思い出してみたんだけど……
あの〝観光ぱんふれっと〟にはさ、
なぜか港がどこにもないんだよね」
「む?港が……?」
ロインから預かったままの
パンフレットを広げると、
確かに町のどこにも港の表記がない。
「ふーむ……
しかし、〝たるたるふぃっしゅ〟で
働いた時にはサバが大量にあったからな。
どこかで水揚げはしているはずだ」
「確かにそうだね。
もしかしたら〝たんこう〟だッけ?
そこの向こうから運んでる
可能性もあるよね」
「うむ。
……しかし魚の扱いに明らかに
慣れていない雰囲気はあったな。
それに海を知らないというのも
何というか、
不思議な感じはするな」
「姉ちゃんもそう思う?
俺もなんか変な感じがするんだよね」
2人でうんうんとうなっていると
ミザリーははたと周りを見回し、
さらに注目を集めていることに
気が付いた。
「こ、この話の続きは
宿に戻ってからにしよう!
ここにいつまでも居座っては
町の人々の迷惑にもなるしな!?」
「えッ?
う、うん!そうしようか!」
なぜミザリーが焦っているのかに
ロインも気づいたようで、
宿屋への道を急いだ。
宿屋に到着したミザリーたちは扉を開き、
いつものように亭主へとあいさつをする。
「ただいま戻ったぞ!
……む?」
しかし受付に亭主の姿はなく、
宿屋の中には誰の気配も感じなかった。
「あれ、誰もいないね?」
「うむ、珍しいな」
その時ミザリーのお腹がぐぅと鳴り、
思わず顔を赤らめる。
「全くよォ、姉ちゃんが腹減らしてるのに
飯の準備も──」
ロインが文句を口にしようと食堂を見回すと、
食卓の上に2人分の食事が用意されている。
「作り置きとか珍しいな。
いつも出来立てを持ッてくるのに……」
「亭主殿も疲れていたのだろうか?
何はともあれいただくとしよう」
ロインと共に席について
食事を口に運ぶと、
それなりに時間が経ってしまっているのか
食事は完全に冷めてしまっていた。
「すっかり冷たくなってしまっている……
随分と待たせてしまったようだな」
「温めなおそうにも
俺たちじャどうすればいいかも
わかんないしね……」
仕方なくそのまま食事を済ませると、
2人は2階へと上がりそれぞれの
部屋へと入る。
昨日と何も変わらない部屋の中、
変わっていることがあるとすれば
机の上に置かれていた水差しの
水がぬるくなっていたことくらいだった。
「ふぅ……
しゃわあを浴びて、
ゆっくりしようか……」
服を脱いでしゃわあ室に入り
熱い湯で体を洗い流すと、
血の汚れと共に体の疲れも
溶けて流れ出ていくような気がする。
「はぁー…………
もう水で沐浴には戻れないな……」
しゃわあの点に関していえば
完全に異世界に染まってしまったなと
思わず笑みをこぼすと、
しゃわあ室の外で
誰かが部屋に入ってくるような
気配を感じた。
「む……?
亭主殿が戻ってきたのか?」
それならば挨拶の一言はしておこうと
湯を止めて〝たおる〟で体をふき、
体に巻いたまま外へと出る。
しかし部屋の中には誰もおらず、
何もかもそのままであった。
「む、気のせいだったか……?」
部屋の中を見回して
誰もいないことを確認すると、
箪笥の中からドレスを取り出して
身に着けようとした。
「おっと……
そういえば1人では
着ることができないのだった。
ここ2日であの服の着やすさにも
すっかり染まってしまったな」
ロインを呼びに行こうと
部屋の入り口に向かうと、
コツコツ、と誰かが扉を叩いた。
「む、ロインのやつか?
だとしたらちょうどいい!
おーい、そこにいるのはお前か?」
扉の向こうに声をかけると、
なぜか相手は何も答えない。
何かあったのだろうかと
ドレスに手をかけて
ずり落ちないようにしながら
慎重に扉を開く。
すると、そこには見知った姿があった。
「おお、そなたか!
何用だ?」
しかしミザリーの質問に、
相手は何も答えないまま微笑んでいる。
「どうしたのだ、何も答えずに……
何やら訳ありか?」
その言葉に、
扉の前に立つ者は背中に回していた
手を前へと回し、
あるものをミザリーに見せる
それはこの宿に無く、
思い返せばフリカッセ家の屋敷でも
なぜか見かけなかったもの──
一枚の鏡だった。
「む?
そなたがなぜ鏡を──」
そして鏡を覗き込んだミザリーの背後に
〝それ〟は映りこんでいた。
──黒い人型のようにも見える〝それ〟は、
しかしなぜかその形は歪に見える。
その理由がなぜなのかを考えて
ミザリーは気が付いてしまった。
その人影は関節が〝絶対に曲がっては
いけない方向に曲がっている〟。
先ほど部屋の中に誰もいなかったことを
確認しているミザリーは、
それが明らかにまともなものではないことを
感じ取った。
「なん、だ…………?」
理性が振り向くなと訴えかける、
しかしその正体を見なければ
何も手が打てないと本能が叫ぶ。
首がきしみを上げて
振り返ろうとするのを止めようとする。
それでも、
ミザリーの〝知りたい〟という
欲望には逆らえない。
「…………っ!!!」
そして振り返った先にいた人影は
同じくミザリーの良く知る人物の
宿の亭主の
変わり果てた姿だった。
ロイン「姉ちゃん疲れてたみたいだから
押しかけるのはやめた方がいいかな……
でもな……」




