もうすぐ帰る、その時に
走り続けていた機関車は、
煉瓦で作られた建物の中へと
入っていき、停まった。
自警団員たちがトルションを運び出すのを見届けた
ミザリーたちも貨車から飛び降り、
何時かぶりの地面を踏みしめた。
「うむ……
しっかりした地面は良いな、
揺れるキカンシャはどうにも
慣れるのに時間がかかった……」
「俺もそんな感じかなー。
やッぱり固い地面は良いよね!」
「老人のようなこと言いますねお2人は……」
ミザリーたちの会話に
ゼクルヴィッスはやや困惑した笑いを浮かべる。
そうは言われても初めて乗った機関車は
やはり慣れないものであったし、
後ろから別の機関車に追いかけられて
それに飛び移り、
その中で戦闘に巻き込まれれば
そんな感想も出てくるように思えた。
「それにしてもお2人とも
すごい姿になりましたね……
特にミザリーさんはこのまま病院まで
お連れするべきだと思うんですが」
全身が痣だらけになったミザリーを見て
ゼクルヴィッスが聞くと、
ミザリーはそれならと服をめくって見せた。
「それなのだが、
キヅク殿と話していたら
なぜか痛みが引いてきていてな。
もしかしたら治癒魔法を
キヅク殿が掛けてくれたのかもしれない」
「治癒魔法?
そんなものまであるんですか」
「知らねェのか?
……ッて、知らなくても当然か。
お前は姉ちゃん生き返らす以外は
多分目にも入ッてなかッたろうからな」
ロインの一言にミザリーが脇腹をつつくが、
ゼクルヴィッスは頭を掻いて笑った。
「はは……ごもっともです。
これからはそのあたりも
調べてみる必要が
あるかもしれないですね」
「それは無──」
ロインが言葉を続けようと
したところをミザリーが制する。
その先は言うなとロインに暗に伝えたが、
どうやら意図を汲んでくれたようで
ロインは笑った。
「……ああ、そうだな。
まあがんばれ!!」
ゼクルヴィッスは「はい!」と頷くと、
ミザリーへと再び目を向ける。
「それはそれとして、
やはり病院には行った方がいいのでは?」
「あ、あぁー……
やはりそうなるか?
病院なぁ……
あの消毒液の香りがどうにも苦手でなぁ……」
ミザリーは渋い顔をしながらも
隣のロインが心配そうな顔を
隠そうともしないため、
観念して向かうことにした。
〝ブールダル―記念病院〟、
アーヴ・ラーゲィの町の中でも
特別大きな病院とのことで、
何と町の部外者であっても
問題なく診てもらえるという。
そういう面はもっと薄暗い者たちが
すると思っていたミザリーは
少し驚いていた。
「ここの院長は寛容なのだな。
身分のはっきりしない相手でも
分け隔てなく診てくれるとは」
「お2人は知らないでしょうからお話しすると、
この町は結構移民が多いそうなんです。
だから素性を知らない相手は
結構いるらしくて。
それでもここ最近は
出入りがなかったんで、
ローブの連中やお2人のことは
珍しがられてるみたいですね」
「けれど、
今珍しい目で見られてるのは
おそらくそれが理由じャねェよな」
ロインの言葉にはミザリーも、
おそらくゼクルヴィッスも同意する。
1人は全身血まみれ、
もう1人は全身痣だらけなど
好奇の目で見ずにいられる者がいたら
お目にかかりたいほどである。
「うう……
ここまで注目を集めると恥ずかしさが……」
「すみません、
俺もそこまでは考えていませんでした……」
「大丈夫だよ姉ちゃん!!
俺の方がはるかに目立ッてるから──
結果的に姉ちゃんも目立ッちャうんだッけ……」
3人が小さくなって診察を待ち続けていると、
「ミザリーさ~ん、
ミザリーさんいらっしゃいますか~?」
診察室から声がかかり
隠れるようにして飛び込んだミザリーは──
「はい、こんにち──」
「む?いったいどうしたのだ?」
自分の姿を見下ろして、
血まみれのロインに背負われたことで
自身の服も真っ赤になっていることを
思い出した。
恥ずかしさから隠すように
体を丸めていたので、
おそらく周りからは見えていなかったろう。
「き、急患!!急患だ!!
なぜみんな彼女がこんな様なのに
平気でいたのだぁ!?」
「い、いやこれはだな!?
というかそれならなぜ
あやつも騒がれない!?」
待合室のロインの姿を思いながら
ミザリーは医者に必死に状況を説明した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「お、そうだッた。
お前から借りてた槍、
返しとかないとな」
「回収してくれてたんですか?
ありがとうございます!」
背負っていた〝神殺しの槍〟を返しつつ、
ロインは先ほどアーヴ・ラーゲィの
見晴らしの良いところから見えた景色、
そして機関車が走っていた線路の
景色を照らし合わせて
とある推論を導き出していた。
「なァ、ゼクルヴィッスさんよ」
「なんですか?」
ロインの問いかけに顔を向けたゼクルヴィッスは、
改まった態度を見て姿勢を正した。
「ど……どうしました?」
「今俺たちがいるこの町、
というかここッてさ……」
一度言葉を切ったロインに
ゼクルヴィッスは固唾を飲んで
続きを待った。
「もしかして……ここは〝島〟なのか?」
ゼクルヴィッスは肩透かしを食らったように
ガクリと姿勢を崩した。
「そ、そんなことでいいんですか答えるの!?
確かにここは島ですが……」
「ふーん……
その割には海を知らなかッたなお前?
普通島ッつッたら周りは海か湖だろ?」
ロインはその質問にどんな答えが返ってくるのか
特に注意した。
答え如何によってはこの島は──
「そう、なんですか?
〝ウミ〟なんてものが周りを囲んでいるのが
普通だなんて、
ちょっと背筋が凍りますね……」
明らかに、何かがおかしかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ミザリーは医者に説明を終えて
納得してもらうまでに
それなりの時間を要し、
ようやく診察が始まる頃には
もうそろそろ昼時に
差し掛かるだろうというころまで
かかっていた。
「いやぁ、失礼いたしました。
返り血を浴びた方に
背負っていただいたとは……」
「あはは……
普通はその点にも驚くと思うのだが……」
ミザリーが引きつった笑いをしながら服を脱ぐと、
医者は不思議そうな顔をした。
「ふーむ?
あなた、この程度の痣で病院に
連れてこられたのですか?
その方は随分と心配性な方ですなぁ」
「む?」
反応が思っていたものと違い
ミザリーが体を見下ろすと、
体中にできていた痣はほぼなくなり
残っているのはお腹と肩の一部に
小さなものが残っているだけだった。
「これは……」
「まぁですが、
打撲というものは存外
骨折していたりもしますから、
しっかり調べておけということかも
しれませんなぁ。
そちらの看護婦さんが触診しますんで、
痛いところがあったら教えてください」
その後全身をくまなく調べてもらったが
骨折と思われる場所もなく、
簡単な処置だけしてもらいそのまま
帰って構わないと診断された。
「少々大げさだったかもしれませんが、
それだけ大事にされているということですなぁ。
もしも痛みなどがあったら
すぐにお知らせください、
お大事にどうぞ」
「うむ、感謝する」
診察室から出てくると
ロインが何やら考えている様子だったが、
ミザリーに気付くとすぐにこちらに
駆け寄ってきた。
「姉ちゃん大丈夫!?
なんともなかった!?
医者のやつに変なことされなかッた!?」
「最後の心配はおかしいだろう!?
……ともかく、
なぜか傷がほぼ治っていてな。
このまま戻って構わないそうだ」
「すッげェや……
さすがは姉ちゃんだねッ!!」
「本当になんともないんですか?
あれだけの怪我をしていたのに、
不思議なものですね……」
安心した2人の姿を見たミザリーも
何やら気が抜けたのか、
急に眠気が襲ってきた。
「ふぁ……
無事とわかったからか、
急に眠気が来たな……」
「疲れがたまっているでしょうし、
一度宿に帰られてはいかがですか?
俺も姉さんに無事な姿を見せたくて」
「そうしとけ!
お前の姉ちゃん心配してたから
無事な姿と罪の償いかたッてやつが
わかッたッて伝えておけよ!
姉ちゃん、ピントのやつが来るまで
宿で待つのがいいんじャないかな。
昨日のこともあることだし!!」
ロインの提案に2人も頷いて、
ひとまずそれぞれの拠点へと
帰ることにした。
今後何か起こるとしても、
ゼクルヴィッスがこの調子ならば
もう大丈夫だろうと
ミザリーも安心した。
ミザリー「キヅク殿にも挨拶をしたかったが……」
ロイン「まずは姉ちゃんの体を休めなきャ!」